17. oktober 2009

THE都市伝説ホテル②

第一夜

休みが取れるOとSは、Kとあたしよりも1日早くソウルに行き、1日遅れて後からあたしたちが同じホテルに入り、同じ便で帰ってこられるように手配した今年の三段腹の会夏旅である。

おかげさまで1時間から有給が取れる仕事のため、ギリギリまで働いて16時に職場を出る。

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今回の荷詰めのコンセプトは「職場に怪しまれない軽装」である。荷物を持って職場を出るので、キャリーバッグなんかはナシだ。といっても、あたしはもともと荷物が多くない。

17:50 Kと池袋で合流し、羽田空港へ向かう。
初めての羽田出国は、成田発のツアーより高いけれど楽ちん。
羽田の国際ターミナルは、那覇空港かってくらい小さい。2010年には新しくなってしまうので、この規模を見るのは今がチャンスである。

使用航空会社は大韓航空。8年前の同じ日に、成田からだったけど、大韓航空でソウルに行ったのを思い出す。2001年9月11日、ニューヨークの同時多発テロの日だ。米系航空会社は全便が欠航で、大韓だけが飛んだのだ。
国際ターミナルにはなーんにもないので、第二ターミナルまでバスで行って夕飯を食べる。
去年、関空からカタール航空でギリシャへ向かった際、羽田からの最終便に乗ったときは、閑散として、お店も全然やっていなかったけれど、今回はおみやげ屋さんまで全部開いていた。
去年は食べられなかった羽田版ねぎとろ丼を食べる。あたしは海鮮丼と、あら汁。

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御当地限定菓子は魅惑のゾーンである。最近は特に、駅や空港に多い。くっだらねえし大しておいしくないのに、ついつい欲しくなってしまう、あれは魔力を秘めている。駄菓子的MPを持っていると思う。

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そんな中、不二家の「生ミルキー」なるものを発見。7粒500円とかいってさあ、えー商売やんけ。
ま、即購入ですけど。まさかの日本土産。

ミルキーといえば。
幼き頃のフヂマリには夢があった。
そのうち、食べものに関係するのが2つ、お年玉ですいかを買って丸ごと全部ひとりで食べたい、というのと、同じくお年玉で七五三の時期に売り出されるミルキーでできた千歳飴を買って丸のまま食べたい、というのがあった。
どちらもあたしの大好物ながら、フヂマリ家では買ってもらえるわけもないものであった。すいかを丸ごとなんて食べきれるわけがないので買ってもらえるわけがない。さらにフヂマリ家はクリスチャンの家庭なので七五三はやらなかったし千歳飴も買ってもらえなかったのだ。千歳飴は宗教的な意味合いから買わないのではなく、あんな、ミルキーでできてるなんて邪道なものは我が父母の美的感覚では許されなかっただけだ。なんたって、この世でいちばんおぞましい食べもの、それはカニカマ、という父である。彼にとっては、かまぼこが食べたいならかまぼこを、蟹が食べたいなら蟹を、食べればよいわけであって、食べられないなら食べなければいいのであって、カニカマなんて貧乏くさいものは金を出して買うものではなかった。一度「千歳飴が食べたい」と言ったところ、買ってこられたのは、本物の、鶴と亀の紅白金太郎飴になっている、美しい千歳飴で、あたしの想定していたミルキーではなかったのである。印刷された紙袋ではなく、きちんと水引がついている千歳飴だったのだ。がっかりしたったらありゃしない。ちなみに雛あられも、彼が買ってくるのは、あけぼのの、清く正しい雛あられで、着色料の味のする、スーパーでプラスチックの袋に入った、色鮮やかなものは有り得なかった。
で、話がだいぶそれたが、お年玉なわけで、小遣いという制度がなく、ほしいものは商品名を伝えて買ってもらう、というシステムが採用されていたフヂマリが自由にできるお金はお年玉くらいだったので、いつかお年玉ですいかと千歳飴を買ってやろうと思っていたのだった。しかしながら悔しいかな、すいかは8月、千歳飴に至っては11月。そこまでお年玉が貯蓄されているわけがないのである。
大人になってからは、いつでも買おうと思えばどちらも買えるのだが、買えるがために、あまり興味が失せてしまい、すいかは1/6のを毎回買ったほうが邪魔じゃないし、千歳飴だったら普通にミルキー買うよ、という感じに、大人になってしまった自分がいる次第である。あたし、これが、自分が大人になったなあ、と思うときだわ。今年あたり、ミルキー千歳飴1本を咥えながら映画でも見ようかなあ。
閑話休題。
で、まあ生ミルキーを見ながらそんなことを思いつつ、手にはしっかりペコポコの紙袋が握られることとなったのでした。

インフルエンザになることを阻止するため、夏旅でも用いた免疫力を高めるビタミンBと、安売りされていた「忍者めし」というグミを薬屋で購入。

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国際ターミナルはちっこいプレハブみたいだけど、一応免税店がある。
20:20 ほぼ定刻で離陸。満席。
大韓航空は、去年ソウルへ行ったときも思ったけど、イメージチェンジしつつある。少なくとも見た目という意味では成功している。
制服の基本色が淡いクリーム色と同系のエメラルドグリーンで、とっても上品。女性は頭に同色のかんざしのようなものやカチューシャをしている。かたい素材のスカーフを首に巻いて、先をピンととがらせているのも面白い。
ファーストクラスの座席も同色。エコノミーは深い茶色のシートで、これも高級感がある色なのだ。巧い。

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ただし機内食はノーチョイスな1種類。飲みものは暗記できるよ、ビール、水、コーラ、オレンジジュース。

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メニューはサーモンの前菜、緑の野菜が入ったごはん、牛肉の煮込みみたいなあんかけみたいな辛いやつがメイン。そしてウイダーインゼリーみたいな容器に入ったチョーヤの梅ゼリー。ゼリーがいちばんおいしかったというオチがつく。メインのあんかけは本気できちんと辛かった。そしてまずい。
スナック菓子はビールを頼まないともらえない、あたしの大好きなハニーローストピーナッツ。
ソウルまで2時間半。前日、相変わらずの遠足前日的興奮のため4時間しか寝ていないもので、それでも眠れず、こんな少ししか寝てなくて免疫力下がるよなあインフルエンザかかりたくねえなあ、と思いながら、うつらうつらしていた。

22:20 定刻でソウル・キンポ空港着。
結構揺れたので風が強いのかなあ、と思っていたら、窓の外は大雨。
先にホテルにいるSにメールを入れると「えー?さっきまで雨なんて降ってなかったよ」とのこと。夕立のようなものなんだろうか。
送迎のお姉さんは、今日が初めてのお仕事、という25歳。教育係のおばさんがついている。日本語検定1級を持っている、というが、全然そんなレベルには思えないお姉さんだった。思うように瞬時には日本語が出てこないのだろう、そのためワンテンポ常に遅れるし、説明が不十分だし、ホテルまでの1時間をうまくつなげないのだ。日本語学校の先生のように話しかけてあげれば、考え考え答えられるのだが、述語を抜いたり早口になったりすると、とたんにダメだった。そんなもんだよね、机上と現実はまったく違うのだ。努力!
あたしたち2人と、他のホテルに泊まる男性2名との4人で車に乗る。外はゲリラ豪雨のような、もんのすごい雨。前なんてほとんど見えないその中を、車はすんげえスピードでかっとばしていく。今スピンしたら終わりだな、と思って、おなかがキュンとなりながら進む。
今夜が初夜の送迎姉さんは、日本の製菓学校に留学したいのだそうだ。とてもきれいなバタークリームのケーキをつくった、その画像を携帯で見せてもらう。そして「雅」という日本人歌手のファンなんだそうで、音楽まで携帯で聴かせてもらうも、4人の日本人、誰もわからず……。なんとなく申し訳ない気分になる車内。

ホテルに着いたのは00:00過ぎ。
チェックインも教育係のおばさんがやって、お姉さんは見ているだけ。
おばさんにOとSの部屋を教えてもらって、押しかける。

このホテルが、まあ第一夜で題名出オチみたいになっています、THE都市伝説ホテルなのでしたとさ。
「ソウルナビ」というサイトで、「シティパレスホテル」のクチコミを調べてみていただきたい。相当な数、そして相当なクオリティの高さ、ある意味五つ星なクチコミが出てくるでしょう。
外観は廃墟、ホーンテッドマンション、風呂に髪の毛がつきっぱなし、しみだらけのシーツ、裸足では絶対に歩けない床、下水のにおいのするエレベーター、ダニがいる、前泊者の体液がついたベッド、などなど、あたしも最初それを読んだときは正直ビビった。でも、10件を超えたあたりから、なんだか妙に楽しくなってきてしまって、ここまで書かれるホテル、でも未だに営業していて日本のツアー会社が使ってるホテルってどんなんよ? と思えてきたのでした。同行者Oによって「ある意味都市伝説」と言われ、Kには「今回の旅行の最大の目的は、ホテルだ」と期待されるホテル、それはどんなもんかというと。
フヂマリの想定内でした。今まで5回訪れたソウルの中では最低のホテル、ボロい、中心から遠い、ホテルでしたが、いやなにおいがしないし、ダニいなかったし、大丈夫でした。
ただし、あたしより長く滞在しているOの部屋のほうが、狭くて、少し暗くて、窓が開かない感じで、それに比べるとあたしとKの部屋は、オンボロだけど、オンドル床で、広くて、窓が開いて少し明るかった。

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写真で見るとそう悪くなく見えるのだが、実物はそんなことはない。ちなみにこの写真はマシなほうの部屋。
とにかくボロいのはボロい。ベッドも壁紙も窓もドアもトイレも風呂もボロい。民宿みたい。だから、もしこれが初めての海外、初めてのソウルで、女子短大生が卒業旅行かなにかで来たのだとしたら、ショックを受けるかもしれない。そういえば、ロビーあたりにいた、若い女の子たちの日本人グループは、なんとなくどんよりと疲れた顔をしていた。あれは旅疲れか、ホテルへの失望か。

00:30 着いたらごはんを食べに行こうと思っていたのだけど、4人ともそれほどおなかが減っていなかった。そこで、カジノへ行ってみよう、ということになった。
雨の中、ホテルでボロ傘を借りてタクシーをつかまえるも、行き先が通じず。ホテルへ戻り、フロントで「ウォーカーヒルカジノへ行ってください」とハングル文字で書いてもらったメモを持ち、再び挑戦。ようやく通じた。

01:30 迷路のような道路を走り、小高い丘の上にあるシェラトンに到着。隣接してカジノがある。
きれいなネオン輝く建物の中へ。
荷物チェックもパスポートチェックもされず、持ち込んではいけないと言われたカメラも「バッグの中に入れておいてください」と日本語で言われただけ。あたしたちは『ラスベガスをぶっつぶせ!』みたいに警戒されることのない素人さんなのがバレバレなのであった。
店内は真夜中だというのに賑わっていた。金曜の夜だからかもしれないけど、こんなにお客さんがいるとは思わなかった。絵に描いたような、カイジ出てきそうな、スカンピンになって身ぐるみはがれてイチゴ柄のトランクス一丁になった銀さんが歩いていそうな、カジノ的空間が広がっていた。そういやマカオもこんな感じだったよな。
掛け金は一口8円から300万円以上まで、貧乏人もお金持ちも楽しめるようになっている。一口300万円ってアンタ。そういう世界であたしが真っ先に想像するのは、バカラ賭博の隣の部屋で、さるぐつわ咬まされたマッパ美少年が2億円くらいでオークション取引される、ああそれって『お金がないっ』な方向性である。頭おかしいかなあたし。そういう絵ヅラがフラッシュバックのように脳裏をよぎるのだ。
あたしたちは、それこそ1000円ほどを握りしめ、ルーレットやスロットをいじる程度だったけど、それでも10円買った負けたで、こんなに楽しいとは思わなかった。博打ってすごい。これ、まずいなあ、朝までいられるよ、と思いながら機械の前に座っていた。
ソフトドリンクは無料だよ、とSが言うとおりで、スロットについているボタンを押すとホットパンツをはいたお姉さんが注文を取りにきて、「コーラください」と言えばすぐに持ってきてくれるのだった。すんませんねえ、1000円しか落としていかない客に呼びつけられたりして。

02:30 入口で記念撮影をし、静まり返ったシェラトンのロビーを「ここの床で寝たいなあ、シェラトンの床のほうがあたしたちの部屋より何倍もきれいだよな」と言いながら通り過ぎ、入口でタクシーに乗ってホテルへ。

O、Sと別れ、部屋に戻るも、なんとなくおなかがすく。ということで、Kと恒例の、深夜ごはんを食べに外へ出る。外は雨が降ったからか、とても涼しい。
近くに24時間開いている食べもの屋を見つけたので、そこに入ってみた。木の床に座るタイプの店。わりと広い。
メニューはハングルなのでまったく読めないのだが、中心部にあるわけじゃない、こんな食べもの屋でも日本語で書かれているものもあり、その中から2つ、「牛肉スープ」と「酔いざましスープ」を選ぶ。
客はあたしたちともう1組、すんげえ熱く語りあっている男性2人組だけで、店のお姉さんは床を磨いていた。
床を磨いているお姉さんに、壁のメニューを指さして「これとこれ」と言うと、お姉さんは「んー」と少し渋い顔をして「これとこれ?」と、指でさしなおしてきいてきた。
うむ、とうなずくと、おもむろに「日本人?」ときかれた。Kが「うん」と答えると、お姉さんはまた壁のメニューのところへ戻り、あたしが指さしたのとは別の、もうひとつ下に書かれていた「酔いざましスープ」を指さして、それと、「牛肉のスープ」にしろ、と言った。
まあ別に中身がわかっていて注文しているわけではなかったので、「はーい」と答えると、お姉さんはニコリとして厨房に入ったのだった。

緊急会議。Kと今の事項について話し合いながら、料理が出てくるのを待つ。
なぜ、いちばん上のメニューは、薦められなかったのか。売り切れ、とも思ったのだが「日本人?」ときかれたのが気になる。
おそらく日本人にはあまり馴染みがない食材が使用されているため、口に合わないのではないかとの配慮から変更を求められたのではないか、という結論に至った。こういう会議自体がもう楽しくて仕方ない。深夜ごはんの醍醐味である。
この、1こめの「酔いざましスープ」は、もしかして、去年の夜中に食べた、牛の血を固めたゼリーみたいなのが入ったスープだったのではないか、というのが、あたしたち両者の暫定見解である。あれもそういえば、拙い日本語メニューに「二日酔いに効く」と書いてあった。きっとそうだ。
あたしたちはその血ゼリーが別に嫌いではなかったのだが、確かに嫌いな人もいるだろう。だからお姉さんは、そういうゲテモノっぽいものじゃない、普通のものにしてくれようとしたのではないだろうか。

S021 まずボトルに入った、冷えた水とコップが出てくるのは韓国の食べもの屋ならどこでも同じようなものだ。ヨーロッパでは、水は言わないと出てこない。アジアの気配りは素晴らしいなあ、といつも思う。
で、次に、青唐辛子とか、コチュジャンとか、玉ねぎのスライス、そしてペチュキムチ(白菜キムチ)とカクテキ(大根キムチ)も出てくる。これらおかずはお替わり自由。
スープは、ぶつ切りにされた牛のあばら骨?背骨?がゴロゴロ入った味噌汁と、牛スジ肉みたいな繊維質の肉が入った辛口スープだった。それぞれに白いごはんがついてくる。
韓国ではごはんをスープに入れるのが一般的である。あたしはゲロみたいなおじやみたいな食べものが大好きなので、これはありがたい食習慣である。日本の店で、出てきた味噌汁にいきなりごはんブチこんだら、ちょっと奇異な目で見られる。
グッチャグチャにかき混ぜて、アツアツを2人、黙々とすする。
もやしや何かの葉っぱ、野菜も入っている。

満腹で、コンビニに寄ってとうもろこし茶を買い、ホテルへ戻る。
04:00 フヂマリ就寝。K、ゴソゴソしている。


第二夜

07:00 おとといから4時間くらいずつしか寝ていないはずなのに、旅先だからでしょうか、目が覚める。Kが風呂入ったりしているのを意識の片隅で感じながら、うとうとし続ける。

S078

とうもろこし茶はうまい! 韓国のコンビニならどこでもペットボトルが売っている。昔は韓国も中国と同様、甘いお茶ばっかり売っていたけど、最近は無糖のものが多くなっているのはいいことだ。中でもとうもろこし茶は、麦茶より香ばしくて、ほんのりと甘い香りがして、大好物である。韓国にはもともと茶葉による喫茶の習慣がなく、柚子の砂糖漬けやらとうもろこしなど穀物やらでお茶をつくっていたのだが、とうもろこしで充分。韓国で飲むなら、緑茶よりずっとおいしい。

09:30 ロビーで待ち合わせて、朝ごはんを食べに行く。
タクシーの運転手さんに「ここで止まってください」と、韓国語会話集そのまんまのカタカナで伝えると、非常に滑らかに伝わり、車内で4人「おおー」と歓声をあげる。
韓国語は世界の言語の中でもかなり日本語の発音に似ていると思う。だからカタカナ表記そのまんま発音すれば伝わる気がする。
中心地ミョンドン(明洞)で、シンソンソルロンタンという店のソルロンタン(牛あばら骨でとった白いダシのスープ)を食べる。
お店は日本人6割、韓国人4割、という感じでほぼ満席だった。

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ソルロンタンには昨夜のスープ同様ごはんがついてきて、そいつを入れて、なおかつカクテキとかペチュキムチも入れ、足りなければ塩こしょうを振って食べる、というグチャグチャものである。具は長ねぎ、そうめん、そして薄切り肉が浮いている程度。でもうまい。さっぱりとしていて、でも旨味が強くて、毎朝食べたくなるおいしさだ。明日の朝は格安ツアーの運命で早朝出発だけど、ホテル近くの食べもの屋で絶対ソルロンタン食べようね、と約束する。

今回の旅には去年のようにスウォン(水原)に行きたいとか、ミュージカルテニスの王子様をおっかけて見るとか、そういう目的がなかった。それじゃあつまんないので「ハノクでキムチづくり体験」をすることにした。
ハノク(韓屋)とは、韓国の昔ながらの伝統家屋のこと。チャンドックン(昌徳宮)とキョンボックン(景福宮)という2つの宮殿にはさまれている、ソウル中心北部のプッチョン(北村)という地区には李氏朝鮮時代、ヤンバン(両班・貴族のこと)や女官が住む屋敷が多くあった。この屋敷がハノクである。これが今でも残っている。NHKの番組で見て以来、この地区を歩いてみたいと思っていた。
プッチョンには、このハノクを改装した宿や、チマチョゴリを着たり韓式儀礼を教えたりする文化体験をさせてくれる場所が、いくつもある。今日はそのうちの1つ、「イガ(李家)」というところに予約をいれておいた。

ミョンドンからタクシーを拾い、10分ほど。このあたり、というところで降ろしてもらったものの、似たようなハノクがたくさんあり、どれだかわからない。地図は持っているけれど住所を控えてくるのを忘れたあたしが悪い。
これかな、という家のドアチャイムを鳴らしてみたけれど誰も出てこない。仕方なく電話をかけると、大変流暢な日本語で「今、何が見えますか? 後ろを見てください。ここですよ」と誘導された。振り返ると、現代風のチマチョゴリを着た女性が手を振っていた。なーんだ、全然違う家のチャイムを押していたよ。

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S035 整えられた屋内は、母屋と、戸を全部開けられる離れのような建物、それから小さな東屋に竹林と、広くはないけれど雰囲気があった。
まずは母屋に通され、伝統茶をいただく。種類は梅・柚子・朝鮮人参・韓方・オミジャ(五味子)とあり、あたたかいものと冷たいものとが選べたりもする。
素朴な陶器でお茶が供され、餅菓子も2種類、きれいに出てきた。「もっとほしかったらおっしゃってくださいね」っていうのもいい感じ。
板床も磨かれているし、座布団やテーブルクロスは韓式のパッチワークで、派手じゃないけれど趣味がいい。室内も螺鈿や韓紙の障子など、外国人観光客が好みそうな、でも品の悪くないもので飾られている。
働いているのは女性4名。彼女達の雰囲気がいいのだ。セカセカしていないし、笑顔だし、あたしたちはキムチづくりだけのプランで申し込んでいたのだが、韓国のこと、きっとチマチョゴリ撮影プランとかも勧められるんだろうな、と思っていたのに、そんなことはまったくなく、「はいお茶飲んではいキムチつくって!」というようなせせこましさがなかった。それはまあ、同じ時刻からチマチョゴリ着て礼式習ってキムチもつくるプランの人たちと一緒にキムチづくりをするのに合わせて待っているからでもあったのだけど、それでも、お菓子をもっと勧めるとか、たとえポーズだけだったとしてもね、偉いなあ、いい気持にさせてくれるなあ、と思いながら見ていた。
ゆーったりお茶を飲みながら、チマチョゴリを着て写真を撮ったり礼式を習ったりしている他の日本人観光客を見ていた。

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おばちゃん2人×2組、彼女達はチャングムを完璧に見ていた人たちらしく、ナントカ女官様みたいよアナタ、とか、キャッキャと言い合い、礼式も「あたしたちはもうこの国にお嫁に来ることはないけどね~」とか言いながら、いちばん熱心に真似していた。それから、母娘組、そしておそらく新婚夫婦+両家の母、という4人組がいた。
彼らがチマチョゴリを着て一堂に会しているのは、なかなか圧巻で、顔も白人じゃなくてアジア顔だから、結構サマになっていた。
思わず「みんな並んでいるところを写真撮ってもいいですか?」と、なぜかチマチョゴリ着てないあたしたちが言い、それぞれのカメラも預かって撮影大会をさせてもらった。
サウナでよく、チマチョゴリを着せてくれるプランがあるけれど、そういうところのチマチョゴリよりもずっと素敵な、ちょっと着てもいいかな、と思うような、生地のしっかりとしたやつだった。裾もふんわりとしている。色や種類もいっろいろあるみたいで、刺繍が入ったのやらチマ(上着)が織物のやつやら、みーんな違うのを着ていた。素敵。

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離れではキムチづくりの支度が着々とすすめられていた。あたしの予想どおり塩漬けまで終わっている4つ切りの白菜でつくっていくようだった。
本で見たことのある、洗濯桶みたいなタライも出てきた。
皆様チマチョゴリを脱いで、ようやくキムチづくり。離れに移動。離れは戸が全部開け放たれ、明るくていい感じ。
2人1組で作業をする。

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あたしたちを迎えに出てくれた女性の、なめらかな日本語の説明を受けながら、大根、梨、オキアミ、唐辛子などなどでヤンニョム(薬味)をまずつくり、それを白菜にすりこんでいく。彼女の家では昔、8人家族で100球のペチュ(白菜)キムチを漬けていたそうだ。ええええ大変だあ!

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この手の文化体験では、自分でつくったキムチの持ち帰りが有料のところもあったりして、ええー持ち帰らなかったらそのキムチ誰が食べるのー、と思ったりもしたのだが、ここではもちろん持ち帰ることができる。真空パックに詰めてくれるのだ。

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パック詰めを待っている間、我々は母屋に戻り、チヂミを二種、キムチ入りのものと海鮮だけのものとをいただき、とうもろこし茶を飲む。これもプランに入っている。他の方々はもっと高いプランなので、韓式定食、宮廷食ではなくて家庭料理のごはんを食べていた。これがまた、「客が食べきれないくらい出すのが礼儀」という韓式で、チヂミはもちろん、焼き魚、プルコギ、いろんな前菜などなど、山盛りに供されていた。どれもおいしそうだった。チャングムおばちゃんたちは、何が出てくるのかじいっと見ているあたしたちに「食べきれないから食べて食べて!」と言ってくれたが、あたしたちはチヂミ2枚で結構おなかいっぱいだった。

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母屋にはちっこい家庭用台所みたいなのがあり、ここでごはんの用意をしていた。
チヂミも「もっと焼きますか?」と言われたり、何時までに出なきゃいけない、というのが決まっていなかったり、おおらかで、商売商売していなくて、とても気持ちが良い。
帰るときも、「またソウルに来て、このあたりを訪れたら、ぜひ寄ってください。お茶をお出ししますから」とか、たとえ口だけだったとしてもね、上手だなあ、いやな気分にさせないなあ、と感心しながら出てきたのでした。戸の外までお見送りに出るし。外観の写真を撮ろうとしたら撮ってくれるし。

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外は快晴! 昨晩の雨が嘘のよう。気温も高くなってきた。
プッチョンは小高い丘にある。どうして世界的に、丘の上、山の手というのは高級住宅地になるのだろう、と話しながら歩く。やっぱり庶民を見下ろす感じがいいのかなあ。物理的なこともあるよな。車とか馬車とか牛車とか輿とか、そういうものを持っていないと、丘の上には住めない。徒歩で生活しなくてもいい人たちの住宅地=山の手、なんだと思う。

冬ソナに出てきたナントカ中学校?も丘の上にあった。あたしはこのドラマを見ていないので特に感慨はないのだが、それよりも、校門の近くには駄菓子も売ってるボロい文房具屋があって、ああ、これってアジアならどこでも一緒なんだなあ、文化なんだなあ、と思っていた。中国も、ベトナムも、台湾も、シンガポールでさえ、そうだった。学校指定の名札売ってたりするような、軒先にビニールの縄跳びぶらさがってるような、あの文具屋があるのだ。

1本太い通りに出ると、ちょっとおしゃれ通りだった。大使館があったり、デザイン系の事務所や画廊が立ち並んでいたりした。さすが山の手。もう一回、歩きに来てみたい。

S068

ミョンドンに戻ると、地下鉄の駅は人がごったがえしていた。あれえ、土曜日だからかなあ、と思いつつ地上に出ると、なんとついさっきまで快晴だったのに、どしゃぶり! この混雑は雨宿りのためか。
仕方なく、駅から直結しているファッションビル・ミリオレの中で、お茶を飲みつつ雨が上がるのを待つ。ここの店員さんも、注文をとるくらいなら日本語ができる。すっげえなあソウル! 日本語通じ度は今やハワイを抜いて世界一位だろう。第二外国語人気ナンバー1が日本語なだけある。

雨は30分ほどで上がった。あっという間に再び快晴。昨日、送迎姉さんが「天気予報は最近難しいですね」と言っていたのは、このゲリラ豪雨みたいな夕立のせいなのだろう。

ドクターフィッシュ(角質を食べる魚)を体験しに行こうと思っていたのだが、Sたちが送迎姉さんにきいたところによると、ドクターフィッシュの衛生面の悪さによって感染症が広まっているというニュースがテレビで放映されて以来、韓国人には大変不人気なのだそうだ。そりゃあそうだよな。
というわけで、お買いもの大会。
生理用ナプキンのように使う「よもぎ蒸し(婦人病などに効く温熱サウナのようなもの・まんこさんに熱を当てる)」があるとOたちが言うので、それを買いに行く。たぶんホッカイロみたいなんじゃないかと予測。

韓国は本当に化粧品が充実している。IKKOさんの影響もあるけど、どんどん新しいお店ができている。でもあたしは、化粧をまったくしないからBBクリームは必要ないし、大好きだった激安シートパックも、25歳で肌質が変わってからというもの、頬が炎症を起こしてしまうので使えなくなってしまった。アルコール系の添加物が一切入っていない、オーガニックコットンのシートパックなら大丈夫なんだけど、いいにおいのするかわいいやつは全部だめで、せっかくのコスメ天国・韓国なのに、ちょっとつまらない。マニキュアくらいしか買えるものがないのだ。

15:30 ミョンドンから地下鉄を乗り継ぎ、ホテルの先の方にある、24時間やってるでっかいスーパーマーケットへ来てみた。ミョンドンからタクシーで行こうと思ったのに、運転手さんに伝えても、通じていないからか、「そのへんにそのスーパーマーケットはない」と言われてしまったのだ。あるよねー、と言い合いながら怖々、地上に出てみると、ちゃんと目の前にどーんとあった。ほらー。

S072

スーパーマーケットでフヂマリが買うもの、それは駄菓子である。クレヨンしんちゃんの海苔だとか大好きなFRUTISというイギリスのグミとか、そんなもんばっかで終わるのである。
しかし。あたしのこの旅でのショッピング目的の1つだったリンスインシャンプー、夏にあれだけ買ったのにまだ買うのかよ、というそのリンスインシャンプーは、なかったのである!
さすが韓国美容の国。サラサラヘアを好むアジアの習性に基づいているだけある。合理性など求めず、ひたすらにシャンプーの後はコンディショナー。黒髪の美しきツヤを求めて手間を惜しまないのだ。あたしとは大違いだな。
というわけで、1本たりともリンスインシャンプーを見かけることはなかった。残念! 液体は機内持ち込みできないから段ボール箱でも持ってきて、帰りに山ほど詰めて帰ろうかと思っていたのだけど、実行しなくてよかった。
スーパーマーケットの袋を4人とも抱え、タクシーでホテルに戻る。昼に改めて見上げるホテルの外観はマジでホーンテッドマンション。ボッロいの。

18:30 夕飯を食べに外へ出る。
惨憺たるホテル口コミが山のようにインターネットでひっかかってくるような状態の中、そんなホテル評とは真逆の、たいそうおいしいと評判の焼肉屋が近所にあるらしいことを発見したのだ。そこが今夜の夕食会場である。
ホテルからほんの1分ほどの場所は、すぐに見つかった。日本語のメニューもあるけど、日本人客は我々の他にもう一組、かわいい女の子4人組だけで、あとは地元客だった。席はほぼ埋まっていた。我々の後からも、どんどん客が入ってくる。
牛肉の焼肉は、焼肉の本場韓国でも大層なごちそうで、日本人が牛肉焼肉を食べる頻度よりずっと少ない、と、去年のガイド姉さんが言っていたとおり、普段は豚肉がメインである。あたしは牛肉のにおいがあまり得意ではないので、どちらかといえば豚肉のほうが好きだ。
この店でも、一応牛肉もおいてあるけれど、みんなが食べているのは「サムギョプサル」と呼ばれる豚の三枚肉。あたしたちも、これを注文。値段は牛カルビの1/4くらい。
庶民店なので店員さんは焼いてくれないし切ってくれない。でっかい肉片をジュージューやりながらキッチンバサミで切っていく。隣の席にいた、つっかけサンダル&ジャージ、という兄さんは異常に良い姿勢でハサミを握り、簡単そうにバチバチ切っていくのだが、あたしたちはスジにひっかかったり肉がくいこんじゃったりして、なかなか思うようにならなかった。うーん、何にでも熟練というのはあるものだ。師匠と呼ばせていただきたい。

S082

韓国焼肉のいいところは、とにかく葉っぱを好きなだけくれるところだ。サンチュはみずみずしくてでっかいし、日本ではなかなか出てこないエゴマの葉もある。日本の焼肉屋のサンチュはちょっとしか出てこないしわりと高いので「ああまだ肉はこれだけあるのに葉っぱがない」とか計算しながら食べなきゃいけないのが腹立つ。あたしはサンチュよりエゴマの葉が好き。モソモソするけど香りがとても良いのだ。
この焼肉屋の評価を見て、「ホテルがあまりにひどいから相対的に評価が上がっちゃってるだけで、本当は大したことないんじゃねえの」と疑っていたのだが、確かにおいしかった。なにしろ安いし。お客さんがいっぱいいるし。

タクシーをつかまえて、挨拶がてら明け方5時までやっているファッション地区・トンデムン(東大門)に行ってみる。
あたしの目的は靴を買うこと……だったのだが、物との出会いっつうのは運命だわね、今回はめぐりあえず。
土曜日ということもあり、若い兄ちゃん姉ちゃんがわんさかいた。

22:30 コンビニ寄ってカップラーメンだとかとうもろこし茶だとか、あたしの大好きな「イヴ」という、ロッテの、昔、日本でも売っていた、香水味のガムを大量買いしたりしながらホテルに戻ってきた。
S088 あたしの買ったカップラーメンは、ナポリタンスパゲティ、らしいのだが、うーん、40点。もう少しトマト味効かせて、しかも味を濃くしないとだめ。日本のカップラーメン業界なら企画段階で落ちる商品。改めて、日本のカップラーメン技術の高さを感じる。世界でいちばん日本のカップラーメンがおいしいってのは、100人にきいたら100人とも「そのとおりだ」と言うと思う。
布団にもぐりこんで、ヲタクたちがチーム対抗でゲームをするのを実況するっつうロクでもない番組を見つつcassという韓国大手のビールを呑むKは、その薄ら笑いの表情といい、まさしくカスっぽい感じが素敵だった。
23:30 風呂入って就寝。


第三夜は来ないのだ

05:15 起床。荷物詰めて、ホテルの前の通りの、24時間やってる定食屋みたいな食べもの屋でソルロンタンを食べる。ソルロンタン、本当にうめえ。

S098

この店はおばちゃん3人くらいで切り盛りしていて、目玉商品はどうやら入口近くで量産しているキンパブ(海苔巻き)のようだった。朝5時だっつうのにガンガン海苔巻きの山を積み上げていて、おいおい平日なら通勤の人が買うかもしんないけど今日は日曜だぜ、と思いながら見ていると、意外なことにどんどん売れていくのだった。どんだけうまいんだ、そのキンパブ。ちょっと買ってみればよかった。

S099

韓国の、こういう、1日中やってるちっこい食べもの屋でごはん食べるのは、おいしいし面白いから大好き。
帰国日は今まで、空港で高いくせにまずい朝ごはんを食べることが多かったので、今回、ホテルのそばにこういう店があって、ソルロンタンがあって、本当に幸せだった。
06:10 行きのときと同じ送迎姉さんがホテルのロビーに迎えに来ていた。外から帰ってきたあたしたちを見て、少し訝しげだったので「朝ごはん食べてきたんですよ」というと、うなずいていた。
このお姉さん、2日前が初仕事だったあのお姉さん、今日も、今度はおじさんのガイドさんが教育係として同行していた。
お姉さんは2日前からまったく進歩せず、自分からは何か発言しようとしないし、説明もおじさんに促されてようやくするような感じだし、「こちらへどうぞ」とか「荷物を載せてください」とかも言えない。それが若干気になり始めていた。言われないと何もできず、言ったことも言ったことの範囲でしかできない、応用がきかないタイプ。あたしが一緒に仕事したくないタイプ。それは仕事が初心者だからではなく、日頃からこの人こういう感じなんじゃないかなあ、と思われる人柄なのだった。
例えば、車から降りるときに、ドアは開けられない、後ろに座ってる客が降りやすいように自分が座っていた座席を前に倒したりしてあげられない、おじさんに言われてようやくできるんだけど、たぶん、この人、憶測だけど、今度左から降りるようなことがあったとき、応用できないと思う。そういうタイプ。
かわいいんだけど、一応学校出て、結婚までしてるんだからなあ、と思ってしまった。18歳なら許されるが25歳では許されない。

途中、もちろん物産店に立ち寄り、キムチの試食ととうもろこし茶試飲。しかしながら、なぜ、こんなに物産店で食べさせられるキムチはおいしくないんだろう。不思議でしょうがない。確かに初めてソウル来たときはボッサム(王様)キムチとかいって買いましたけど、何回か来てみて、普通の食べもの屋で無尽蔵に出されるキムチ食べてると、よっぽどそっちのほうが味が奥深くておいしいってことがわかってしまうのだ。日本人は浅く漬かっているキムチを好むのだが、それ用になっているからかなあ。味が染みていなくて、乳酸発酵していなくて、おいしくない。
ひととおりキムチやらチャンジャ〈塩辛〉やらを食べさせられ、「ハイでは店内もどうぞご覧ください」と言われた瞬間に席を立ち、店の外へ出る4名。すばやい! だって市内の何倍もの値段で海苔やらひまわりの種チョコレートやらが売っているんですもの。
店から出ると目の前に車。運転手のお兄ちゃんはあたしたちに気づいて、すぐに乗せてくれたものの、添乗員2名はまだおらず。添乗員より早く戻ってくる客ってどうよ。
5分後くらいに添乗員2名登場。少し照れ笑いする日本人4名。ここからキンポ(金浦)空港まで10分くらい。
07:30 空港着。チェックイン。出国審査へ入らず、添乗員さんたちが帰っていくのをあたしたちが見送ってから、セブンイレブンのぞいてみたり、ロッテリアで、昨日テレビのCMでやっていたという「プルコギライスバーガー」を買ってみたりする。
キンポはインチョン(仁川)空港に比べてずっと小さいので免税店もたいしたことがない。羽田空港の国際ターミナルと同じ。

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プルコギライスバーガーは、普通のプルコギバーガーのほうがおいしかった。ごはんが冷凍のミックスベジタブル味。冷凍庫の味。
09:40 離陸。快晴。
機内食はもちろん一種類。エビのあんかけみたいなのとごはんと、そして個包装のパック入りひややっこ。

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豆腐!? 斬新じゃねえのやるじゃねえの。行きのチョーヤ梅ゼリーといい面白いことやってんなあ。ちなみに味は醤油ではなく和風ドレッシング的なものだった。機内食全体としてはまったくもっておいしくないけど、独自路線開拓しようっていうその心意気はいいと思う。
西域から東域への飛行機は往々にして追い風により速い。今回も1時間半ほどで羽田に帰還。


後日の話、漬けたキムチの味はというと。

おいしかった。物産店で無理矢理食べさせられるキムチの何倍もおいしかった。塩のカドが少し立っていて、しょっぱく感じたのは改善点だけど、ちゃんと乳酸菌発酵していて、ピリピリしていて、好ましい味だった。もっとたくさんほしくなる。日本でもつくれるだろうか。挑戦してみようか。

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17. september 2009

厭世家と岬⑪

8月10日から11日

雨。昨日と同じ。空は明るいので、きっと昼には晴れるだろう。

07:30 朝食。豪華ごはん。
08:00 通学途中のTさんがまた会いに来てくれた。このホテルは朝食の管理が甘いので、ひょろりと入ってきて宿泊客じゃなくてもごはんが食べられてしまう。日本人ならなおさら。Tさんは「朝食はこっちですか?」ときいたら、「はいどうぞ」と言われたらしい。どうぞって言われたんだから、いいんだよ、と言いながら、一緒に食事。
09:00 昨日、荷物をつめてみて、あとどのくらい買いものをしてもいいのか把握しといた。すきまを埋める分、スーパーに最後の買い出し。

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Sさんからご依頼の、インスタントカップ入りマッシュドポテト。お湯を入れてかき混ぜて、5分でできあがり。
これ、持って帰るのすんげーかさばるけど、確かにおいしい。

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フヂマリが好きなおみやげ第2位は「ホテルの石鹸」ですよろしくみなさん。

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これが泊まっていたグランドホテル。ノーベル平和賞受賞者はここの正面バルコニーで受賞スピーチをします。

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そしてこれが、ホテルより小さいノルウェーの国会議事堂です。まるっこくてかわいいです。目の前に空港行きのバス停があります。

10:01の空港行きバスに乗る。さよならオスロ。また来ます。

免税店でこんなにおみやげ買ったことない、ってくらい、チョコレートやサーモンを買い漁る。

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あたしの大好きなデンマークはアントンバーグのミニチュアリキュールチョコレートを嬉々としてレジにのせる。

12:05 アムステルダム行きのKLM、離陸。時間どおり。
アムステルダムからオスロまでの1時間半の間に、KLMは、飲みもの→軽食と飲みもの→食後の飲みもの→お菓子、と、4回もサーブをする。プラス免税品販売で5回。偉い。

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軽食のサンドイッチも、手描きの、やわらかいタッチのデルフト焼き風絵柄のパッケージ。三角形が2つ並んだ、ちゃんと自立するデザインのプラスチック容器。底辺が細すぎるようにみえるけど安定性の高いプラスチックコップ、KLMカラーの水色に、オランダの国旗色であるオレンジの水玉を散らした紙コップ。

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赤いチェックの紙ナプキンに鮮やかなシュガーアンドミルク、ごく細い、美しいティースプーンまで、すべて、なんでもないことなのだが、洗練されている。感心して眺める。
サービスも非常に良い。笑顔、きちんとした言葉遣い、ヨーロッパ内線の、1時間半のフライトなのに手を抜かない。
飲みものの注文を取るのも、たとえば「コーヒーを」と頼むと、「はいわかりました」と返事をし、かつ、コーヒーを渡しながら「他にはよろしいですか?」ときく、これにはびっくりした。水を、と言えば「スパークリングとガスなしとどちらがいいですか?」と、単語ではなくて文章で尋ねる、リキュールも勧める、とかさ。感じがまったく悪くない。ちゃんと客の目を見る。

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お菓子は、大好きなストループワッフル(間にキャラメルシロップがはさまっているクッキー)。KLM、ますます好きになっちゃう。

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Tさんにもらった、このチョコレート、フヂマリのノルウェー一押しチョコレートです。

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ビターチョコレートの間に、マジパンとイチゴゼリーがはさまっています。

13:45 定刻で着陸。
ここでもまたおみやげを買いまくる。ストループワッフル、巨大チュッパチャップス、ショコラーデヘーゲル(トーストの上にかける、チョコレートふりかけ)。なんだ、全部食べものじゃないか。

シェンゲン条約国外に出るためのパスポートチェックに並ぶ
うしろにいた日本人の、おばあちゃん・おじいちゃん・息子・母、という家族の、母と思われる女のしゃべりかたがなんともイヤなやつで、顔が見たくてウズウズする。なんというか、身内に対してもつっけんどんっつうか、ムダに鋭いしゃべりかたっつうか、正論で諭すと逆ギレしそうっつうか、関わりたくない保護者タイプっつうか。
「顔が見たい」ってしゃべりかたする人、たまにいるんですが、後でマジマジと顔を見たら、予想どおり、あたしのきらいなイヤなやつの顔をしていた。うっわー予想どおり。こういう親いるよなー、学校に対する無駄な不信感出しそう、連絡帳の書きかた知らなそうとか、なんでこうなのかな、っていう、攻撃的な感じのやつ。あー、あたしも気をつけよう。やわらかくしゃべるように心がけよう。

15:20 ほぼ定刻で離陸。帰りもボロい機体。そしてあたしの好きなA側の席を取ることができなかった。
後ろの席の日本人女3人の、特に窓側の女が、とにかくうるせえ! しゃべる声がでかくて、しかも無駄に躁状態というか、自己啓発セミナー的というか、明るくて楽天的なのあたし、みたいな、「ああ素晴らしいですね、そういう考えかたをされるっていうのは、心がおやさしいからなのね」みたいな相づちのうちかたが、シラフでできるやつ。誰に何に対しても理解あるの、みたいなしゃべりかたで、ひえー新興宗教っぽいなーと思ってたら、思ったとおり、エホバの信者集団だった。
あの人たち面白いのね。二人称も三人称も「姉妹」「兄弟」なのね。「姉妹はなにを買ったんですか?」「ローマの姉妹たちにも・・・」とかね。世界大会とかあるらしいぜ。今年はローマだったらしいぜ。エホバって、もっと、禁忌がいっぱいあって、質朴なんだと思ってたんだけど、酒のんで酔っ払ってさらに声がでかくなるわ、延々と買いものの話をし続けるわ、結構ハデだった。
「わー、そういう考えかたができるのって、素晴らしいなあ、と思います」とか「姉妹が楽しかったなら、私もとってもうれしいです」みたいなのが、なんていうんだろうなあ、嘘臭いんだよな。そう自分に言い聞かせてるんじゃないかしら、って思えるような、白々しい明るさなわけですよ。それが本当に気持ち悪い。一緒に会話してるわけじゃないのに吐き気を催させるなんて、なんつー攻撃力持ってるんだよ。
これも顔見てやろう、と思ってトイレに行くときまじまじと見たら、あー、うん、宗教とかハマりそうっつうか、うん、ね、みたいな、30過ぎの美人じゃない女だった。こわいこわい。宗教団体のネームプレートを堂々と、身内の会場以外でも、機内でも、どーんとつけていられる、その美的センスのなさこそ宗教マジックだわ、と思った。

ワインはエコノミークラスでも、チリか南アフリカの2種類から選べる。さっきチリを呑んだので今回はアフリカにしてみましたが、今いちおいしくありませんでした。
食事は、チキン=日本食とベジタブル=パスタ。
日本食は、ゆかりごはん、チキン・ウナギ・塩もみきゅうりの前菜、筑前煮、果物の寒天寄せ。パスタは、ほうれん草とチーズのパスタ、トマト味のライスサラダ、バニラチョコムース。
隣の白人兄さんとオランダ人のパーサー姉さんが「ちく……ぜん……これってチキンなのかなあ」「さあ、私もチキンは日本食、ってきいただけだから中身はなんとも……」と話をしてたので、「筑前煮は確かにチキンといえばチキンですよ。野菜とチキンのソテーみたいな感じですよ」と口をはさむ。
どれもまずくはない。機内食の日本食というのはいっつも日本食ではない味つけなので、少し苦手。あたしはいつもだいたい、洋食を選ぶ。
パーサーは、やっぱり親切。

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行きは食べられなかった間食も食べる。

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A席でなくても、夜明けは美しい。

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朝食は、ヨーグルトムース、フルーツサラダ、シナモンアップルパイ、オムレツ入りフォカッチャ。
できればヨーグルトムースじゃなくてしょっぱいものだと嬉しかったが、どれもおいしい。

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パッケージの色使いやフォントまで素敵。

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11日09:30 成田着。
フヂマリは、職質にこそ遭ったことがないのだが、検札とか、手荷物検査とかに引っかかりやすい。見ためが怪しいのかなあ。
短い滞在しかしない都市でも、だいたい検札に遭う。空港でも税関でよく荷物を開けさせられる。今まで旅先で一度も会わなかったことがないと思う。今回も、リスボンでも、ポルトでも、5時間も滞在していないパリですら! 「はい切符見せてください」というのに出会った。
荷物検査はムカっとくるので、あたしはいっさい手伝わず、ブラジャーが出てこようがパンツが出てこようが「あーそれパンツですね」と答えるだけで、係官にちゃんとチャックが閉まるまでしまわせる。だってシャクなんだもん。
今回も、成田でニアミスだった。今回は開けられるとまずいものが、植物系とか食肉系とか、いくつかあったので、アチャー、と思っていたのだが、係官の兄さんは手荷物の、大量のクッキーと、巨大チュッパチャップスにごまかされ、役人根性を突き破ってちゃんと「あー本当に巨大ですね」と、チュッパチャップスにコメントをくれて、それでごまかされてくれた。危なかった。

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行きとまったく同じねぎとろ丼を食べてから帰宅。

ポルトガル、今まで行った国の中で、かなり上位だ。旅の興奮のまま答えるなら、ノルウェーの次に好きかもしれない。
田舎具合、食べもの、酒、物価、言葉、歴史、建物、どれもが好きだった。ベルサイユ宮殿とかペトラ遺跡とか、とびきりすんげえ見どころがあるわけじゃないけど、街の雰囲気が、あたしの好みだった。
もう一度、いつか冬に、ゆっくりと、絶対行くぞ。

絶対行くぞ。

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12. september 2009

厭世家と岬⑩

8月9日

雨!
08:00 起床。
豪華朝食を食べずに、TさんとOさんと待ち合わせているおしゃれカフェ・通称丸見えカフェに、朝ごはんを食べにいく。6年ぶりに全員がオスロに集合するのだ。
大雨の中、ビチョビチョになりながら約束のカフェへ。

昨日下見に来たときは、こんなに晴れていたのに。
ガラス張りの、素敵なパン屋併設カフェで、地下鉄の駅から少し離れた、閑静な住宅街にあるのだが、それが今日はアダになった。着くまでにびしょびしょだわこれ。

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チャイラテと、シナモンロール、チーズサンド、パストラミサンドを食べる。
パンもチャイも、ぜーんぶおいしい! オシャレ度に惑わされることなく、きちんとつくってる。はさまっている野菜もきれい。
Oさんは今日ノルウェーについて、またすぐに今日の午後、オーレスンという町へ飛行機で行ってしまうので、11:30ごろ解散し、あたしはビグドイという高級住宅地を歩くため、船に乗る。

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野外民俗博物館やバイキング船博物館など、オスロの観光の目玉はここにしかないので、そして今日は日曜日、街中のお店はぜーんぶ閉まっているので、たっくさんの観光客やツアーバスが集まっていた。

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地区自体は、閑静な高級住宅地。

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野外民俗博物館では、昔の服を着ている人や、民族舞踊を見ることができる。

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これがバイキング船博物館。屋内に、ドーンと、2隻のバイキング船が納まっている、男らしくて美しい、静かな博物館。しかしこの日は入場制限まで!
こんなに混んでるの、初めて見た。

バスで戻ってきて、中央駅のキオスクでプルセ(ソーセージ)を食べる。ルンペというじゃがいもでできたクレープにくるんで食べる。これもノルウェー料理だ。他の国で見たことがない。
今では若い人たちは、マクドナルドや、昨日あたしも利用したようなコンビニの食べものを好むようになり、昔ながらの「ノルウェー風ホットドッグ」は食べなくなってきているのだけど、あたしはこれがだーいすき!
日曜はどの店もやっていない。やってるのは駅にある小さなスーパーとレストランくらいだ。正しい安息日のありかた。
ホテルに戻って昼寝でもしようと地下鉄に乗ったら、オスロのサッカーチーム・ボルレンガのユニフォームを着た人がたっくさん! こ、これはもしや試合があるのか。ついていってみる。

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予想通りのスタジアムだった。せっかくなので、Yのためにホンモノの!ユニフォームと、マフラー買う。

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オスロのチームは強くないのだが、日本人の男性2人が試合を見に来ていた。なんという名前のチームかも知らないで見に来たらしい。でもちゃんとオスロのマフラー買って、スタジアムに入っていった。あたしと同じように、ユニフォーム着てる人たちについてきてみたんだろうか。有名チームじゃぜんぜんないけど、旅先で地元民にまじって見るサッカーは、きっと面白いよな。サッカー好きにはつい好意をよせてしまう。
試合をテレビで見ようとホテルに戻ったのに、どのチャンネルでも放映せず。ちぇっ。
暇なので、荷物が持って帰れるかどうか、試しに詰めてみた。すると外から大歓声。なんだ? と思い、ベランダから下を見ると、ホテルの隣のスポーツパブに、溢れんばかりの人。サッカーだ!
何度も歓声がきこえ、最後に拍手がおきたところをきくに、どうやら勝ったらしい。

19:30 夕飯を食べに、港のレストランへ。アーケルブリッゲというこの地区は、海沿いにおしゃレストランが並ぶ。テラス席もたくさんある。
有名なシーフードレストランのテラス席に座り、ビールとムール貝のワイン蒸し、茹で海老を注文。
注文を取りにきた店員、あたしに対しては別にそうでもなかった、ただのクール兄さんなんだと思ってたら、英語を拙く話す外国人客に、なんか冷たい。態度が悪い。言葉が通じないと、「そこで待ってろっつっただろ」みたいな態度をとる。やーな感じ!
こんなところにある店、観光客たっくさん来るだろうに、そんな態度とってたらだめでしょうが。
観光客がムール貝の英語「mussel」を読めないで、「ムール」と注文すると、「それ、マッスルって英語でいうんですけど(読めないんですかプッ)」みたいに訂正しやがるし! きみ、相手、客だからね!
かと思うと、だんだんご機嫌がなおったのか、優しくなる兄さん。謎だ……。寝起きか?鬱病か?

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そーんな様子を見ながら、黙々とムール、海老を食べる。海老が子持ちのおかげで、手が卵だらけ。すると兄さんが、お手拭きやナプキンをたくさんくれ、「あなただけじゃなくて、みんなそうなるから、あっちのご婦人もおんなじだから」と慰めてくれた。いい奴……なのか? フリーダムでいいなあ、その客商売。

夕方というのは、南欧では、とてもじゃないけど外を歩く気候ではない。夕日のうだるような暑さで、ホテルで寝て、日がほとんど暮れて暗くなってから出かける、というくらいなのだが、ノルウェーの場合はそれが違う。日がまだ暮れてなくても、うだるような暑さ、というのはまったくなくて、穏やかな夕方になる。
小ぶりのムールとエビだったけど、うまみがしっかりあって、おいしかった。
ふと、この天気ならきれいかも、と思い、エーケバルグという丘にトラムでのぼる。
素敵な高級レストランがテラスを出しているのを知っていたので、そこでワインでも呑もうかと思ってたのだけど、日曜日は早くに閉店だそうで、かなわず。

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オスロの景色だけ堪能して戻ってくる。

22:30 就寝。
あーあ、もう帰らなくてはならない。

明日は最終日

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10. september 2009

厭世家と岬⑨

8月8日

あたしにとってノルウェーのにおいとは、ガーデモエン空港の税関を出てきてすぐの、キオスクで売っているプルセ(ソーセージ)の焼けるにおいである。こいつに同じくキオスクで売っているコーヒーと新聞とにおいがまじったやつをかぐと、涙が出てくる。条件反射である。

8:30 起床。
旅の間、あたしは眠りが浅く、短くなる。興奮状態にあるからだろうか。ずうっと遠足の前日状態なんだろうか。

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グランドホテルでの朝食は、歴史のある「グランドカフェ」で食べられる。っていってもノルウェーの歴史なんて大したことないんだが、まあ、一応、イプセンが贔屓の客だったカフェです。

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なんでもある。ノルウェーの食べものは、ここにあるもので全部かもしれない。

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パンは10種類、クネッケブロー(クラッカーのようなパン)も、シリアルもたくさん。チーズ、ハムは各5種類以上、他にフルーツ、卵料理、肉料理、フィスケカーケ、ポテトも、イングリッシュブレックファストのようなビーンズも、ミルクが3種類、ジュースが4種類、コーヒー紅茶は10種類以上。サラダに生野菜にピクルス、カヴィアール(たらこペースト)にマリネのニシン、そしてもちろん山盛りのスモークサーモン。

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好きな食べものがありすぎて、主食を食べる余裕がない。とりあえず、ニシンと、カヴィアールと、ヤイテオスト(茶色くてあましょっぱいやぎのチーズ)、少し甘いピクルスをガッツリ食べる。TINE(ノルウェーの乳製品大手)のオレンジジュースと牛乳も飲む。トワイニングのアールグレイにノルウェー産蜂蜜をたらして飲む。

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うわあああんノルウェー!

10:30 ゆっくりと外出。港のほうへ歩いてみる。

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2年ぶりのオスロは、変わったものと変わってないものがある。確認しながら歩く。

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南欧ポルトガルで一度も飲まなかったのに、スラッシュ(グラニート=かき氷)を飲む。まさかオスロで飲むことになろうとは。そのくらい暑い。朝は小雨がぱらついていたのが、もうすっかり上がって快晴になった。
トリック(トラム)で(ノルウェーなりの)お買い物地区・マヨルストゥアへ。

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「農民市場」がひらかれていた。
チーズや蜂蜜、ジャムなど、有機の手づくりのものが売られる市場。
もんのすごく大きなさくらんぼを売っていたので、1カップ購入。
甘くておいしい!

大学へも行ってみる。
まだ誰もいない。始まりの雰囲気が全然ない。

中央駅まで戻ってきて、ペペスピザで昼食。

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ふっくらしたパンピザにルンメドレッシングという、サワークリームと生クリームの中間みたいなニンニク風味のクリームをたっぷりつけて食べるのがノルウェー風。これは、他の国では見たことがないので、ノルウェー料理といってさしつかえないと思われる。

Tさんから電話があり、街に出てくるというので会うことになる。Tさんに呼び出されたDさんも来る。

21:00 昨日と同じコンビニで焼きそばや春巻を買い、冷やしておいた免税店ビールを持ち、洗濯物入れ袋を裂いてつくったビニールシートとホテルのグラスを抱えて、前に住んでいたソグンスバンという湖へ。

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雲が少し多かったのだが、明日が雨だったらやだなあ、と思い、今夜、「湖畔で夕飯」を決行する。
学校が始まる前の土曜日だし、(ノルウェーなりに)混んでたりうるさかったりしたらいやだな、と思っていたのだが、そんなことはなかった。相変わらず美しい。何の音もしない。
ベンチで夕飯を広げる。

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日没後の紺空を満喫し、さっむいのに泳いでいるバカを愛でる。やっぱりいいところだ。

00:00 ホテルに帰宅。寝ようと思ったのにリトルダンサーやっててつい見ちゃう。
これはやっぱり、監督が本当に良いんだなあ。
亡き母との思い出、一人親として気負う父、いろんな、人生の苦い部分がちりばめられていて、単なる天才少年が貧乏に打ち勝ちロイヤルバレエスクールに入りましたやったー受かったぜみんな大喜び、という話ではないってのがいい。
合格をきいた田舎教師も、父も兄も、喜びではなく別離や今後への不安をあわせ持った苦い顔をしているのが素晴らしい。
見始めて3分で号泣。反射神経で泣く。
いちばん泣けるシーン、という言いかたが大嫌いなのだが、仕方ない、そう言うしかないのだが、そいつは、「いちばん大切なものをもってこい」と言われた少年が、母からの手紙を持ってきて、しかも遠い目で、感情を表さずに、そらんじてみせるところと、最後に兄ちゃんが「おまえがいなくてさみしいよ」と、バスの中にいて、もうきこえていない少年に言うシーン。今こうやって文章にしてるだけで涙が出てきた。
01:30 就寝。

明日へ続く

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9. september 2009

THE都市伝説ホテル

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6. september 2009

厭世家と岬⑧

8月7日

08:20の飛行機でパリを経由してオスロへ向かう。
ポルトはポルトガル第二の都市、そしてオスロは一国の首都ながら、どちらもヨーロッパ全体から見れば田舎。田舎から田舎への移動は、大変なのである。
日本国内に無理矢理例えるとすれば、山形から鳥取へ行くようなものか。この場合、飛行機で行くならば、おそらく直行便はなく、あったとしても高いので、羽田か大阪で乗り換えなくてはならないだろう。
ポルトからオスロへ行くのも同じだ。直行便はあるにはあるのだが、正規運賃で、とても手が出なかった。
寝台でマドリードに出、そこからオスロへ飛行機で行こうかとも思ったのだが、それにはリスボンまで一度戻らなくてはならないのが面倒だ。
そこへ登場したのが「格安航空会社」と呼ばれるところが飛ばしている飛行機だった。
ヨーロッパは低サービス・低運賃をうたった航空会社がたくさんある。有名なのはアイルランド資本のライアンエアーやEasyJet、国営だったサベナベルギー航空を潰したとも言われるオランダのトランサヴィア航空などである。これら航空会社は、機内サービスをすべて有料化し、客室乗務員の数を減らし、首都空港ではない小さな空港を使用することで空港使用料をおさえ、コストダウンをはかっている。
乗り継ぎはロンドン・アムステルダム・フランクフルトなどがあったが、もっとも安かったパリ・オルリー空港にした。
オルリーはパリの主空港であるシャルルドゴール空港よりも都心に近く、乗り継ぎの時間を利用して、パリでランチができるのだ。その日一日がまるまる飛行機移動でつぶれてしまうよりも、5時間でも、外の空気が吸えるほうがうれしい。

パリでやりたいことの1つが、ノートルダム寺院を訪れることである。
なんせあたしはあの寺院の中に入ったことがないのだ。有名な薔薇窓も、屋根の上も、見たことがない。
以前、入ろうと、入口まで行ったことはあった。しかし、その人混みのすごさと、入口にかかった「よこうそ」と書かれた垂れ幕にゲンナリし、入らずに帰ってきてしまったのだった。
観光客が宗教施設を訪れたいと感じることを、あたしは嫌悪しないが、宗教施設が観光客を呼び込もうとするのは大嫌い。しかしそろそろ見に行かねばなるまい。

頭ではわかっていたのに、なぜかポーンと抜けていて、06:30になってもパンツいっちょで余裕でテレビなんぞを見ていた。
気がついたときの衝撃といったら! まだなーんも荷造りしてなくて、着替えてもいなかったのだ。
大慌てで準備してチェックアウト。タクシーを呼んでもらって空港へ。
ホテルの外はすんげー霧!
「これは普通の天気? ポルトってこんな感じなんですか?」ときいてみると「だいたいこんな感じですね」とのこと。
タクシーで走ると、川のそばだけが濃霧だということがわかった。ドウロ川のせいなんだろうか。
おそらく昨日までと同じように、昼過ぎには快晴になるのだろうが、霧は飛行機が苦手。心配していたものの、空港に着く頃には快晴になった。
オランダのトランサヴィア航空という格安航空会社の飛行機で、パリのオルリー空港へ飛ぶ。

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サンドイッチと水を購入して搭乗ゲートへ。

しかし、まったく時間通りにいっていない。

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搭乗手続きしてからも、なんと、外で待たされる。つまり飛行機のタラップまで歩いていくらしい。空港職員に誘導されながらゾロゾロと歩く客の姿は、まるで退避勧告が出たイラクから自衛隊機で脱出するかのようでおかしい。

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予定を1時間遅れて、09:20 離陸。
トランサヴィア航空は黄緑のきれいな飛行機を所有している。お兄さんお姉さんの制服もカジュアルでおしゃれ。緑を基調としたストライプのシャツと、女の子は若草色のスカートとカーディガン。素敵。

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格安航空会社の中では、ライアンエアなどと比べると高級路線の大手だ。機内に広告が貼られていることもなく、座席も、掃除のしやすい合皮ではなく、ちゃんと起毛の、コーポレートカラーのおしゃれ風だった。
機内言語はフランス語がメイン。フランスへ向かうからなのか?
機内食はもちろん出ない。メニューが配られ、購入することができる。

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ここでサラダにひっかかる。人参ときゅうりのスティックサラダ、ギリシャのツァジキ(ヨーグルトと香草のドロドロ)風ディップつき、というこいつが食べたくて買ってしまった。ポルトガルではほとんど野菜を食べていない。生野菜に飢えていたのかもしれない。
パーサーがみんな優しい。ピリピリしていなくていい感じ。

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ポルトガルの海岸線は北から南まで、ずーっと海水浴場である。断崖絶壁がないのだ。地図を見ていて「マジかよ」と疑っていたのだが、上から見ると、それがわかる。砂浜がずうっと広がっている。
ピレネー山脈を越えてパリに入るのかと楽しみにしていたのだが、海の上を通ってフランスへ入った。ピレネー越えは、あたしの旅の憧れの1つだ。いつか、フランスのリヨンあたりから、スペインのビルバオあたりまで、バスか列車で行ってみたい。

12:00 パリ・オルリー空港に30分遅れで到着。
ポルトの空港はわりと大きくて、新しい、きれいな空港だった。オルリーは正反対。ちっこくてボロい。フランスの空港って、わりとこういう感じのところが多い。パリ最大のCDGの第2は新しいけどさ、もうひとつのほうはオルリーと同様ボロい。1970年代を思わせるボロさだ。昔の羽田空港に似ている。
ここからオスロへは今夜の便、そして「ノルウェイジャン」という違う格安航空会社を利用するため、荷物を一度受け取って、再度チェックインしなくてはならない。しかしそのチェックインは予想通りまだ始まっていない。
ということを想定し、荷物預かり所を調べておいたのだが、カウンターには誰もいない。もしや、昼休み?
他にも待っている人のだが、誰も来ない。
13:00を10分ほど過ぎて、ようやく兄さんが来た。が、あたしの前に並んでいた黒人の急いでる風の姉さんとどこかへ行ったっきり、帰ってこない。
荷物1こ15ユーロとかいってるし、イラッとして、もう街に行かなくてもいいかな、と思うくらいだったのだが、同行者が「電車でどのくらいかな、駅にコインロッカーないかな」とつぶやいている、いうことで、おっしゃ、街まで荷物ごと行っちゃって、北駅あたりでコインロッカーを探そう、ということになった。
このクロークで預けても、帰りにまた、いなかったり閉まっていたりするのではないかと、信用がおけないのだ。

この空港からは、アルジェなどアフリカ北部へ行く格安航空会社が多い。
これらの飛行機にチェックインしようと、ものすごい数の人が並んでいるのだが、彼らは見るからにアフリカンかアラブ系の貧民層で、物売りに行くのか、夢破れて国へ帰るのか、というくらい荷物が膨大で、しかもその誰もが、目が死んでいるというか、飛行機に乗るのが楽しそうじゃないというか、なんとも貧しく険しい表情をしているのだった。

RER(近郊列車)でパリ北駅へ向かう。空港からは30分ほどで着く。
駅の奥のほうに、ちゃんとコインロッカーがあった。コインロッカーはまるで刑務所みたいな柵に囲まれていて、預ける荷物はすべてX線チェックを受けなくてはならない。そりゃそうだよな、爆破テロとか、コインロッカー使ったら簡単だもんな。そう考えると、日本のコインロッカーって超無防備だ。

ここまでに2時間もの時間と多量のMP(精神力)を消耗したことに対する怒りをぶつけるならば。
空港にコインロッカーがないのとか、自動券売機ができたのはつい最近とか、しかもいまだにわりと機械を使い慣れないとか、そういうのっていかにもフランス的だわ、と感じる。オールドタイプというか、頑固そうっていうか、便利なのに逆ギレして無駄に文化や歴史を語りそうっていうか、フランス人、って感じがする……というのは単なるあたしの思い込みなんでしょうがね。

北駅のあたりにはインド人街があり、おいしいカレーを出すレストランがたくさんあるのだが、腹がすきすぎて、それを探すのもめんどくさく、手近な店を探す。
中華料理がいいなあ、とも思っていたのだが、それがなかなかない。China Expressというような名前で最近ヨーロッパ中に増殖しつつある、つくりおきの中華屋ばっかりある。
あたしはこのテの中華屋が嫌いだ。ヌードルボックスに入っている中華料理は一見便利でおしゃれだけど、何にもないときには食べたらおいしいけど、でも、中華料理のおいしさじゃないんだもの。
そんなん食べるくらいなら、と、フランスのハンバーガーチェーン・クイックで、ベーコンバーガーを食べる。

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北駅のまわりは乞食が大勢いる。よくわかんないけど昼間っからフラフラしてる兄さん、そしてジプシーの女たちや子どもも多い。なんともガラの悪い地区である。
タクシーが停車して客が出てくるのをめざとく見つけては、客よりも先にドアをあけ、「あけてやった。金をくれ」と手を出す、なんてのは朝飯前だ。
あたし、この、ジプシーという人々を見るたびに、イラッとする。『ショコラ』という映画に出てくる、ジョニーデップ演ずるジプシーはすっごくかっこよかったけど、ホンモノはきらい。インドやベトナムで見かける乞食やストリートチルドレンを見るときに感じる、やるせなさやふがいなさとは別の感情がわき起こってくる。それは、なんで体売ってでも能動的に金を稼ごうとしないのか、普通の乞食は肩を落とし、うなだれているかのような顔を、演技だけでもするものなのに、なんでジプシーは、歩きかたも、表情も、金をせびる手の出しかたも、ふてぶてしいのだ、という思いからくる、怒りのような感情だ。イラッとするんだよな。
そんな地区にある、同じくガラの悪いやつらばっかいるクイックだったけど、お姉さんはすげえいい人だった。美人の黒人姉さん。声も表情もやわらかくて、フランス語わかってないあたしをめんどくさがらずに扱ってくれた。

バッグ騒ぎのせいで、だいぶ滞在時間が短くなってしまった。本当はノートルダムに行きたかったのに、ちょっと無理。やはりあたしとノートルダムは出会わない運命なのか。
諦めて、絶景ポイント・プランタンのメゾン館屋上へ行く。

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プランタンの屋上は開放されていて、タダでパリの市街を360度見渡すことができる。カフェもあるけど、全部がカフェになっているわけじゃなくて、何も注文しなくても、ベンチに座っていることができる、お薦めの場所である。偉いなあプランタン、といつも思う。いつか手紙を書こうと思っている。モンパルナスタワーやエッフェル塔に金出して登らなくても、ここから一望できるのだ。ありがたいことです。

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Oさんに頼まれていた「ラデュレ」のマカロンを購入。いまやラデュレは日本にもあるのだが、歯ざわりは、日本で食べるのとはまったく違う、と、あたしは思う。絶対、湿気の点で違う。

パリはさすが、日本人がいっぱいいる! ポルトガルで、あまりにも出会わなすぎたのだ。しかし、それにも増して、中国人いっぱーい!!
なんたって、プランタンで中国語の放送が入るんだからな。日本人はそんなに金を落とさないけど、中国人の購買力っていったら、無視できないくらいなんだろう。
でも、この中国人観光客、2つに分類できる。
最近の日本人観光客はそうでもないのだが、まだまだ「新米」観光客の中国人、品の良さそうな人と、悪そうな人と、くっきり分かれる。一目見ればすぐわかる。もともと裕福で、何度でもパリになんて来られる、ってタイプの人と、小金稼いだので一生に一回くらいパリに来なきゃ!というタイプの人とがいるのである。
前者は、いかにも、中国の「徳人」って感じで、ガツガツしてないし、身なりもシックな良いものを着ているし、話す中国語もあたしの好きな、上品でゆったりとしている北京語であることが多いのだが、後者は、もう見るからに「ガッツリ買いまショー」みたいで、10分間の自由時間でも買い物!みたいな雰囲気漂わせて、安っぽい派手な服を着、帽子をかぶり、ダサい靴をはき、目つきするどいのだ。手入れしてない(と、あたしにいわれたらおしまいだ)肌に無理矢理、厚化粧をのせたおばさんたちとか。ワーワー大声で早口でしゃべるし。連れてるガキもブサイクでかわいげのない、成金の子どもの目してるし。
ちらりとのぞいたシャネルにも、そういう、品の悪そうな中国人の買い物客がいた。ソファにふんぞりかえって、店員が持ってくるものを「これはいや」「これは買う」と、すごい早さで選り分けていた。すげー。

ポルトガルのトイレタリーメーカー・Renovaのショップがプランタンに入っていた。ここではあたしがポルトガルで使っていたような安トイレットペーパーではなく、3こで10ユーロする真っ黒トイレットペーパーなんかが売っていたのだが、奥に、Renovaプロデュースの有料トイレもあった。1ユーロのトイレ! 期待して入ったのに、中は黒いトイレットペーパーじゃなかった。なーんだよ。

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オペラ座の裏にはユニクロがオープンしかけていた。すばらしい立地!

屋上に長居しすぎた。急いで北駅へ戻る。
駅のはじっこにあるコインロッカーが遠い。マジで焦る。
飛行機チェックインの締め切りは45分前、こりゃあ間に合わねえかもな、だめだったらどうしようか、いっそのことオスロをやめて、パリ3泊にしちゃおうか、そのほうがアムステルダムに向かう飛行機も安いしな、などど考えながらRERに揺られ、空港に着いたのはチェックイン締め切りキッカリだった。
ダッシュでカウンター行くと、余裕の顔でお兄さんが手続きをしてくれた。なーんだよ!
しかしながら、26kgと3kgの預け入れ荷物なのに、「26kgは重すぎるから3kgのほうにうつせ」と言われる。なんで? どうせ両方預けるんだから、おんなじじゃん。
日本語でブツブツと文句言いながらちょろっと詰め替えると、兄さんは、ちょっとはおまけしてくれた。だったら最初っからやらせんなよ。
ゼエゼエしながら「ナメちゃいかんな」と反省する。もっとちゃんと余裕を持って行動しなくては。5分前行動!

19:20 時間どおり離陸。
ノルウェイジャンはトランサヴィアほど安くないのに、機内はとっても安っぽい。
機内販売のビールの高さにビビる。ポルトガルの物価に慣らされてきましたが、そう、これから向かうのは北欧ノルウェー。税金の高さは世界一、人件費の高さも世界一の、あのド田舎なのだ。気持ちも財布の紐も引き締まるってもんだ。
機内は、いきなりノルウェー語に溢れていた。放送もノルウェー語。免税品販売もノルウェー語。

21:40 オスロ着。
天気が悪いときいてたけど、薄曇りの美しい夕日だった。
オスロ空港は、バッゲージレーンのところにも、でっかい免税店がある。入国してるはずなのに免税店。仕組みがよくわかんないのだが、ノルウェー人はとにかくよく買う。もちろんタバコと酒が一番人気。税金の高いノルウェーでは、免税店は大活躍である。あたしも、Tさんにビール半ダース、自分にも滞在中に呑む分を半ダース購入。市価の1/3くらいなのだから、買わずにはいられない。ましてやお店で呑むなんて、人件費もかかり、1杯だいたい800円くらいするのだ。やってられん!
バスでグランドホテルへ。今回の滞在は、いつものオヤジの家ではなく、奮発して、オスロでいちばんのホテル・グランドホテルを取った。
ヨーロッパはどこも夏の日が長いが、特に北欧・ノルウェーは、日没してから真っ暗になるまでが長い。ずうっと空が紺碧で、それがまた美しい。何度でも見惚れる。

23:00 チェックイン。人の感じが、とてもよろしい。お高くとまっていなくて丁寧。びっくりしたのは最初っからノルウェー語で話しかけられたことだ。
ノルウェー人は英語がかなり話せるので、白人ではないあたしには、たいてい、最初、英語で話しかけてくる。ホテルなんか特にそうだ。留学中でもそうだったのだが、今夜はしょっぱなっからノルウェー語だった。そういえば空港バスのおっちゃんもそうだった。ノルウェー語を話すアジア人が増えてきたからだろうか。
部屋は、こざっぱりと、広々とした部屋、最上階、ベランダつき。王宮も、市庁舎も、海も見える。いい部屋。
さっそく外に出て、目抜き通りであるカールヨハン通りのテラスカフェでビールとサイダーを呑む。たっかいけど、今夜は特別だ。さっき買った免税店のビールもまだ冷えていないし。
テラスにつくられたステージでは、ヘタなやつらがライブをしていた。おっかけみたいなチャラ子たちがギャーギャー騒いでたけど、他の客は若干ヒき気味。
食事はできないと言われていたので、一杯だけひっかけて、ホテルの隣のコンビニエンスストアであたたかい食べものを買う。
コンビニエンスストア、なんてオスロにはなかったのだ。セブンイレブンだってその名のとおりセブンから始まりイレブンには終わるような国だったのに、この新しいチェーン「デリ・デ・ルーカ」は24時間やってて、出来合いのピザやパスタも売ってる。そしてそのかわり、ノルウェーの国民的ジャンクフードだったプルセ(ソーセージ)は売っていない、という、オシャレショップなのだ。
まさかのデリデルーカで夕飯買い食いとなる。

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鶏肉と豚肉の、二種類の焼きそば、小さなピザ、「タイ風味」のポテトチップスを購入してホテルへ戻る。

長い一日であった。
01:00 就寝。

明日へ続く

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2. september 2009

厭世家と岬⑦

8月6日

野田秀樹に「本当に芝居やめちゃうの?いいの?」と言われる、という夢を見た。その言いかたはまるで「僕の芝居に出ずにやめていいの?」と言ってるようで、でも「じゃあ出してくれるんですか」と言うのもおこがましいなあ、と悶々としながら演劇論を話している、という夢だった。なんなんだ。ああ緊張した。
曇り。少しの雨。午前中は曇天、お昼過ぎに快晴、という流れがポルトの日常なのかしら。

前置きでは「文庫本は持ちものに入らない」とか書いておきながら、実は、

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こんなんを買ってしまったんですねー。空港の本屋で。
これを機内や夜、読んでいたら、今日も起きるのが遅くなってしまった。

08:30 朝食。
奈良ホテルやふじやホテルみたいな、赤い絨毯とちょっと暗い洋灯の明かり、みたいな食堂だった。
リスボンのホテルより、もちろん種類が増えた。オレンジやスイカといったフルーツは出てきたけど、それでも野菜はない。リスボンのホテルにはあった、淹れたてのコーヒーもない。卵はあり。
09:30 出発。肌寒い。あたしには半袖でちょうどいい。

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市場は2階建て。だけど1階にも2階にも出口があって外の道につながっている。周囲がいかに急な坂道になっているかということがおわかりいただけると思います。

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市場で、昨日の結婚式用小物みたいなものを少しだけ購入。
イケメン兄さん2人組なんだけど昔ながらの店構えの菓子屋で金平糖を買う。
金米糖の語源はポルトガル語の糖菓をあらわすconfeito(コンフェイト) だ。日本の金平糖よりも無骨だが、おんなじようなトゲのはえている菓子である。色はピンクと白のみ。のちに見かけた店でも、黄色と抹茶色みたいなのがある程度で、日本のように色鮮やか、というものではなかった。
何より違うのが、味。
タイムのような、クミンシードのような、独特の味がするのだ。さっぱりとした香りがする。おいしい。
主な南蛮菓子としては他にも、有平糖や福岡の鶏卵素麺、文旦漬などの砂糖菓子がある。
これとおんなじものも、菓子屋でよく見る。有平糖は、ぶどうの絵が描かれた袋に入っている、ポルトの銘菓の飴にそっくりだし、鶏卵素麺は、そのままでは食べないけど、ケーキの上にモッサリと乗ってたりする。文旦漬のような、果物を砂糖漬け(crystallize)したものは、キウイとかパイナップルとか、レモンピールとか、どこのお菓子屋でも売っている。
これらが、日本でごく普通に根付いているということにも、ポルトガルで今なお普通に食べられているということにも、感激する。

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やっと見つけた小さなスーパーマーケットで、料理雑誌なんかを買い込む。
あたしがおみやげでもらっていちばんうれしいのは、こういう、キオスクで売っているような、あるいはスーパーマーケットのレジ近くで売ってる、いちばん安いペラペラの料理雑誌ですみなさんよろしく。
こういうのは、本屋には売っていません。外国では本屋に雑誌は売っていないからです。本屋にあるハードカバーの「料理本」も、もらってうれしいけど、それより安っぽい料理雑誌のほうが好き。

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ポルトガルの郵便局のマーク。ラッパ的なもの、というのは、どうやらヨーロッパ全体の郵便イメージらしい。
王国の場合はホルンと王冠まーくだったり、よくするのだが、ポルトガルは共和制なので王冠はなし。
半人半馬に運ばせるっつうのは、いいアイディアだよな。飛脚より速そうだもんな。

一度荷物を置いて、ボルサ宮目指して坂を下る。

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と、やっぱり昨日の警察行進は予行練習だったんだ。本番が行われていた。警察総出で偉い人を迎えていた。偉い人の話が長くてつまんなさそうなのは普遍的真実。

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正面の人たちはかわいそうに、直立不動だが、少し離れたところにいる白バイ隊なんかはダレていて、子どもをバイクにのせて写真撮らせてたりする。フリーダムでいい!

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ポルトは街ごと世界遺産なので、無人になっても廃墟になっても、建物を壊すことができない。
リフォーム工事待ち。
廃墟のような建物はよく見かけた。

素敵な陶器を扱うおみやげ屋さんを発見する。ポルトガルの陶器は絵柄が、よく言えば味がある、悪くいえば粗雑で拙い、ものが多いのだが、拙いながらも鮮やかでかわいらしいものを、この店ではたくさん売っていた。が、しかし、陶器は重いので、ちょっとしか買えない。
お店のお姉さんもいい雰囲気。穏やかで優しそう。こういう目をする、こういう話しかたをする、人間になりたいなあ、と思うような人に国の内外を問わずたまに会う。そして我が身を振り返ると、その粗雑さ、乱暴さにがっかりする。

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いかにもおみやげっぽいオリーブ入れを選んで買う。

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このオリーブ入れ、左は実を入れ、分かれている右には食べ終わった種を入れる。飲み屋で出されたのを見て、ほしくなった。

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ボルサ宮の前にはエンリケ王子の像が立っている。すぐそばには彼の生家も現存する。

対岸のノヴァ・デ・ガイアにあるポートワインのセラーに行こうと思っっていたのだがめんどくさくなり、ポルト市側にあるポートワイン協会で試飲させてもらうことにする。
「試飲ができるときいたのですが」とお姉さんにきくと、「はい、どうぞ、好きなものを選んで」と10種ほどのボトルの説明を受ける。
ポートワインは大きくわけて4つに分けられる。
白ぶどうを用いた白、若いルビー、年数の経ったタウニー、そして良質のものができた年にのみつくられるビンテージである。
そこで、お姉さんの説明に従い、白、ルビーのビンテージ、そして20年もののタウニーのビンテージにしてみた。

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あたしはこのポートワインの白、スペインのシェリーのように、キリッと辛口なのだと思い込んでいたのだが、想像とまったく違った。
「いちばん辛口なのはやはり白ですか?」とたずねたときにお姉さんは「いいえ、ポートワインに辛口というものは存在しません。どれも甘いのです」と言われたとおり、甘くて、渋みも辛みもなくてシロップのようでおいしかった。
20年もののタウニーがいちばん甘く、まったく渋みがない。コニャックのようだ。
好きなのは白と若さの残るルビーだった。
ここでする試飲の良いところは、ワイン会社の見学ツアーでするのと違い、いろんな会社のものを呑める、というところと、説明だけするとお姉さんはほっといてくれる、というところだ。試飲室に置き去りにしてくれて、買わされたり売りこまれたりはしない。
すきっ腹に充分堪能した後「ごちそうさまでした」とお姉さんに声をかけると、「お金を……」と、申し訳なさそうに言われた。わかってます!
お姉さんによると、お金払わずに行っちゃうお客がいるのだそうだ。よっぽど気持ちよくなっちゃうのだろう。

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ポルトガル、デザイン王国だな、と、またしても思う。
メトロのMのかわいさ、このしかくばった地下鉄駅、そしてガソリンスタンドを模した「地下鉄に乗ろう」の看板。
ガソリンの値段を指す部分には、二酸化炭素排出量など、車より地下鉄が環境に配慮していることが箇条書きになっている。
紺という渋い色を使ってるのにまとまりすぎてなくて、うまい。

いい気持ちで、昨日の昼と同じ定食屋へ。
「あらまた!」と笑う奥さんに案内され、店内へ。
14:00くらいと時間がずれていても、まだまだ客がよく入っている。
今日もちゃんと「今日の一皿」が変わっている。パエリアはもうないの、と言われる
ほかはたぶん魚と思われるのと、豚肉のソテーと、もういっこ、何かあった
今日はこれらでなく、この店のレシートにも絵が入っている、フランゴ(鶏肉)の丸焼きと、ビファーノ(豚肉焼き)にする。
どっちも大盛りではなくて小盛り。緑ワインのいちばん安いハーフボトルも注文。

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昨日いた娘さんはいなくて、かわりに若い男の子が働いていた。この店のみんなが、よく働く。昨日の夜の店と、ついつい比べてしまう。

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今日のつけ合わせは、鶏肉が、野菜の酢漬け・フライドポテト・味付きごはん、豚肉が、オリーブ・フライドポテト・味つきごはんだった。このごはんがまたおいしいんだな。味がちょうどよくついていて、でも控えめで、肉と一緒に食べると絶妙だ。
フライドポテトもカリッカリに揚げたてでおいしいんだな。鶏も豚もやわらかくて身はがれがいい。見ためはドギャーって感じで雑に見えるけど、味は別物。
豚はまるでしょうが焼き定食のよう。少しピリッと辛いのはなんだろう。

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鶏は、ほのかに燻された味がするのが面白い。店頭で焼いてるだけじゃないのかなあ。スモークターキーのようだ。
なんでもねえ肉料理なのに、凝ったソースがかかってるわけじゃないのに、なんでこんなにうまいんだ!
腹一杯で、デザートは今日はあきらめる。コーヒーだけ。

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ポルトガルを牛耳るコーヒーメーカー・デルタ。

レストランの会計は普通、大きいお金を出しても、なにも言わない店が多い。これは、お釣りをチップにしてもらおうとするからだと思っているのだが、ここの奥さんは「こまかいのある?」と、きき、そうきかれるとフヂマリは財布の中身をすべててのひらにジャラリと広げて相手に差し出し、取ってもらうのだが、その中からぴったりの額を拾って持っていった。チップで稼ぐ気がないのだ。かっけえ!

地下鉄で橋を渡ってみる。

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地下鉄のカードはリスボンと同じくICチップ式。日本の切符は、どうしてSUICA化と一緒にICチップにしなかったんだろう。再利用できて、みんなが大好きな「エコ」じゃないですか。なんらかの利権が絡んでるんだろうか。

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こんな絶景を見られる地下鉄は世界にないんじゃないだろうか。っつうか地下鉄が橋の「上」を通る、という表現がなんだか気持ち悪いのだが、事実なのだから仕方ない。ポルトの地下鉄はトラムのようなライトレールで、地下も地上も走るのだ。橋の上を行くときは、ゆっくりゆっくりになる。
乗っているうちに少し天気が良くなる。
ノヴァ・デ・ガイア側の終点まで乗ってみる。すると途中の駅でスペインのデパート・エル・コンテ・イングレスを発見。これはおそらく地下に巨大スーパーマーケットがあるはず、と思い、下車。
すげーでっかいスーパーマーケットを堪能。キティちゃんは大人気で、お菓子やらリップクリームやらバッグやら、たくさん売っていた。
肉売場と魚売場の間に、バカリャウ売場が確立されている。
駄菓子とシャンプーを買い込んで帰ってくる。

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フヂマリにはコスメティック関係の流行があり、それは世間一般の流行とはあまり関連していない。高校時代は全身アムウェイ→全身ファンケル、大学に入って全身LUSH、そこから化粧品はヘチマコロン→無添加もの→手づくり→ドクターシーラボ、ときた。顔と体の洗浄は無添加石鹸→ファンケル→いいにおいの市販品ときてこの6月くらいから、いいにおいの石鹸がブームになっている。
髪の毛は「金田一みたいなゴワゴワの髪がいい」という謎のフヂマリクール基準があり、ずっと石鹸で洗うのがブームだったのだが、最近リンスインシャンプーが大流行である。あくまでもあたしの脳内での流行だが。
で、そのリンスインシャンプー。日本では昔、朝シャンという流行があったときに数種類売り出されたのだが、今では下火となり、たいして種類がないのが悩みである。そもそも日本のシャンプーにありがちな、お花っぽいにおいが苦手で、買いたくないのも悩み。
合理的なものが大好きなアメリケでは、かなりの種類がある。ロレアルもパンテーンもダヴも出している。子ども用ロレアルスイカフレーバー、なんてのもあり、本当はこの夏アメリケに行けるのがシャンプー的な意味で楽しみだったのだが、その夢叶わず。
しかしながらヨーロッパもアメリカほどではないにしろ、結構ある。英語では2in1というので、パッケージにもよく1+1とか2→1とか書かれている。こいつらをどーんとまとめ買いするのが、この旅のフヂマリお買い物計画の中枢を成している。
日本では発売していないGarnierというメーカーのフルクティスシリーズのにおいが好きなので、そいつをどーんと買って、残りは使ったことのないパンテーンとニベアにしてみた。
スーパーでシャンプーをまとめ買いするっつうのは、おまえどんだけ1日にシャンプーするんだよ、って感じでおかしいが、満足。これで10ヶ月くらいの我がシャンプー生活は平和である。

Yへのおみやげはいつも、その国の、あるいはその土地のクラブのサッカーユニフォームと決まっている。ホンモノは高いので、ペラペラのニセモノがいい。ポルトガルといえばフィーゴ、クリスティアーノロナウド、カカ、デコ……と有名選手が目白押しの国だ。

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ちなみにあたしの好きなのはデコ。彼はブラジルからポルトガルに帰化した選手。とっても実力のある人なのだが、どうしても「JA山形の鈴木さん」という、百姓顔に見えて、妙な親近感がある。彼には東北弁が似合う。まゆげのあたりかな。タイプの男性の一人である。

しかもここはチャンピオンズリーグでもおなじみのFCポルトの地元でもある。意気込んで探しに行くが、ポルトガル代表の、しかもクリスティアーノロナウドのものしかなかった。しかも宝くじ屋で発見! ロナウドかあ。メジャーすぎていやなんだよな。
そもそも彼の、日本での「クリ様」および「クリちゃん」という呼び名に、なぜ誰もクレームをつけないのか。そんな卑猥なあだなをニュースのテロップとして放映してはいかん、と、なぜ誰も言わないのか。「あたしのクリちゃん」って一文になったら、ちょ、おま、って感じでしょうが。それともそのあだなを女性器と直結させているあたしの頭が沸騰しているのか、いやそんなはずはない。
お姉さんに「FCポルトのが欲しいんですが・・・」ときくも、「ないのよー。ごめんなさいねー」と言われる。
他の店を探し回っても見つからず。

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通りかかった商店にて。
バカリャウの油漬けは種類がめちゃくちゃある。

20:00 地下鉄で再び橋を渡って、ヴィラ・で・ノヴァ・側の川岸を散歩する。

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日暮れが本当に美しい。ポルトガルを去るのが本当に惜しい気分。

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川岸にはポートワイン会社のレストランがいくつか並んでいた。

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川が見えるところがいいと、川岸ギリギリに建てられた、全面ガラス張りのおしゃレストランへ入る。

 

満席でいっそがしいのによく気づくお兄さんが働いていた。
ビールと、「おすすめのおつまみ」の盛り合わせ、そして海老のオムレツとおぼしきものを頼む。
海老のオムレツは、メニューに写真が載っていて、他の席にも来ていたので、これ、と思って注文したのだが、お兄さんは「あなたが頼みたいのはたぶんオムレツじゃないよ、こっちだよ」と、ちゃんと気づくのだ。すごいなー。あたしがキョロキョロして、あ、って思って、注文してるのがわかってるってことだ。
お兄さんの助言に従い、「海の幸のナンタラ」というやつを注文。このときは半信半疑だったのだが、ちゃんと想像どおりのものが出てきた。
ビールを飲み終えると、ちゃんとお兄さんから、「飲みものは?」とききにくるし。満席で超忙しいのにだよ。
後ろの席に陣取っていた地域婦人連合「ちふれ」っぽい総勢10名のご婦人方は、でっかいサーバーいっぱいのサングリアを呑んでいたので、あたしも呑みたくなり、「あたしもサングリアがいいんだけど、でも、あの、たくさんはいらなくて……」と兄さんに言うと、ガラフェに半分の量が出てきた。兄さん仕事できる!

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おつまみの盛り合わせは、レバーペーストのようななめらかさの肉だんごを揚げたコロッケ、チーズとハムをカステラみたいなパンに挟んだ、ちょっとつまめる小さなサンドイッチみたいなやつ、ツナのパテとトーストだった。出しかたがスペインのタパスみたいで、味もかなり濃いめで、酒呑みの味だ。

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海の幸のなんちゃらは、直径20cmくらいのでっかいパイの中をくりぬいて、中身パン生地とトマトソースみたいなのと、海老をパンがゆみたいにぐっちゃらぐっちゃらさせて、上に生卵を落としたもの。フタつき。中に入っているちっちゃな海老の他に、でかいのも顔をのぞかせている。石焼きビビンバみたいに、兄さんが混ぜてくれる。あたし、欧米で生卵を食べるの、フランスのタルタルステーキにのってるのと、今回と、2度目だわ。生卵を食べる食習慣は日本くらいで、あとは韓国のユッケにうずらの卵がのってるか、タルタルステーキにのってるか、ミルクセーキくらいしかないのだ。特に中国は生物をあまり食べないので、ごはんに生卵かけて食べるのとか、すき焼きを溶き卵にくぐらせるのを、気色悪く感じるようである。
海の幸のナンタラも、しょっぱいくておいしい。でも、「ちふれ」10人で2こ食べているものを、2人で1こは無理でした。海老だけを選って食べる。
この店のマネージャーは、それはよく気づく人で、そしてみずから働く人で、取り仕切るのはもちろんのこと、ちょっとしたゴミ拾い、グラスの片づけ、椅子並べなど、ちょちょちょいっとやって、注文もついでにとって、ということができていた。
やっぱなー!! またしても昨日の店と比べちゃうけど、マネージャーというのは、その店の中でもっとも働かないといけないんだよ。トップに立つ、というのはそういうことなんだと思うがなあ。
味は、すんげえおいしい!ってわけじゃなかったけど、景色は寒くなくてきれいだし、感じいいし、最後の夜を飾るディナーでした。

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外に出ると音楽がきこえてきたので、そっちに行ってみると、GAIA FOLKという民族舞踊フェスティバルのようなものをやっていた。

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出演者が地元の素人なのがいい。農民のドレスを着、農作物のカゴやクワを持って踊る。

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農作物のカゴは、まるで神楽のお供えのように、舞台前方にきれいに並べられていた。

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地元の客と、観光客がごっちゃになっていて楽しむ。踊り狂う2歳くらいの女の子は、出演者たちよりも観衆の視線を集めていた。

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特設スタジオの隣には、これまたわりと素人っぽい出店が出ていて、ポルトガルの土産品や手づくりバッグ、フェルト細工などを売っていた。売っている人たちもスレてなくて、「あんまり英語がうまくないの。説明ができなくてごめんなさい」と何度も言うおばさんや若い女の子なんかで、「気にしないで、あなた、全然ヘタじゃないわ。上手よ」と、あたしに褒められたりしていた。
いい感じ!

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あたしは堅い持ち手のバッグ、木だったりプラスチックだったり竹だったりする持ち手のバッグに弱い。つい買ってしまう。Oさんの誕生日プレゼントに馬総柄のを購入。船とイカリの模様のを自分に買うかどうか悩んだものの、結局買わず。タクシーで戻ってくる。
いやあ、最後の夜にいいものを見せてもらった。

00:00 風呂入って気持ちよく就寝。

明日へ続く

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29. august 2009

厭世家と岬⑥

 8月5日

ポルトへ向かう。
ポルトは人口24万人ほどの、ポルトガル第二の都市である。市街地ごと世界遺産に登録されている。リスボンから北へ電車で3時間くらいのところにある。ポルトガルという国名のもとともなった、その名のとおり「ポート=港」である。ローマ帝国時代からの港町ポルトゥス・カレ「カレの港」に起源を持つ。名前からわかるように、あたしの愛するポートワインをつくる街だ。

荷物をまとめて07:00 チェックアウト。このホテルは、安い、清潔、簡素、朝食が豊富、中心地、人の対応がすげえ良い、という、素晴らしいホテルでした。お湯の出もよかったし、バスルームが広くて臭くなかったし。
おとといと同じように地下鉄で駅まで行ってもいいのだが、階段が面倒で、タクシーで鉄道駅・サンタアポローニア駅へ。タクシーの運転手は紫のワンピースにヒールのミュールをはいた、かっこいいおばちゃんだった。シトロエンの新車でビューンと駅に着いた。
簡素だけど、暗い感じのしない、水色のきれいな駅。

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お茶のんで、朝ごはんを買い込んで、08:00発のポルト行き特急アルファに乗る。
街で見かけていた、「Obrigado, Vasco!!(ありがとうヴァスコ!)」という宝くじを駅の売店でも見つける。このくじは、絵柄がエンリケ王子の記念モニュメントの写真なのだ。ほしくなっちゃう! でも一口5ユーロ。決して安くはない。

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アルファ号は、ポルトガルが誇る特急ということで、きちんと時間どおり。きれいで広い車内。

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のんびりと朝ごはんを食べていると、すんげー声のでかい、華僑のばあさんと孫が乗ってきた。乗ってきたときは、外で父ちゃんらしき人が手を振っていて、その人が人の良さそうな優しげな人だったので、あらーおばあちゃんと旅行なのかしら、と思ってほほえましく見ていたのだが、そのうち携帯電話がなって、話しだしたら、すさまじかった。
まわりの乗客がびっくりして見るくらい。
携帯電話も、孫との会話も、とにかく大声で、広東語の平べったくてきたねえ響きで、ビャービャー言いまくる。他の乗客が「しーっ!!」って何度言っても、自分のことだとわかっていない。きこえていないのかもしれない。

言語には、申し訳ないけど、美醜がある。上流階級が話す北京語とか、フランス語とか、確かに美しいな、と思うが、アメリカ英語と庶民の中国語は、あたしの美の観点からはほど遠いのだ。平べったいAの音とか脂っこいRのこもった音とか、最悪。スペイン語も、どちらかというと醜いけど、あの母音の明るさがそれを補って陽気な雰囲気にしている。ポルトガル語やノルウェー語はモソモソしてて、田舎っぽい素朴な響きで、上品ではないけど好ましい。

中国人はこれだから……と言われても仕方ない状況だった。声がでかくてしゃべりかたが下品、そしてゴミをとにかく散らかす。ピーナツのごみとか、ばーばー下に散らかして、ひどかった。
しかも、自分が第一で、空気は読まない。他人に注意されればプライドを傷つけられたと逆ギレする、その感じが、あーあ中国人だよ、って嘲苦笑の感じにつながるんじゃなかろうか。

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列車は峡谷の橋を渡り、ポルトの街へ入っていった。その美しいこと!
10:57 予定どおりポルト・カタルーニャ駅着。
曇り。快晴!地中海性気候! というリスボンとはなんだか違う感じ。緑が碧くて、しっとりとしている。

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ポルトはポルトガル第二の川・ドウロ川の沿岸にある街でもある。川の両側に街が広がっている。両側の街並みはやはり坂の街で、美しい。
タクシーでホテルまで向かう。平日の昼だというのに中心地はすんごい人手で、ホテルは目抜き通りに面していて、ええーこんな歩行者天国の中、車走っていいのかよー、という状態をノロノロと、人ごみをかきわけながらタクシーは進んだ。

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ホテルは、中心地も中心地、絶好の立地。こぢんまりとしてはいるが、歴史の古そうな、しかもちょっと高級そうなホテルだった。タクシーから降りるなりベルボーイが荷物取りに来るようなホテルなんだもの。それでも1泊5000円以内、やっすく泊まっているので部屋は狭いが、天井高いし、お湯はよく出るし冷蔵庫もクーラーもあるし。レセプションも悪くない。
ホテルに着くまでの短い間で、あたしはこの街が好きになっていた。なんて美しい街だろう。まとまりがあって、人の活気もあって、いい雰囲気だ。
さっそく歩きに行く。昼食のレストランを探しながら歩き回る。
ホテルの裏は市場だった。2階建ての市場では、花屋の横で売っている、カゴに山盛りの小物類をよく見かけた。ワインの小瓶とかリボンのかけられた葉巻、おもちゃ、貝の飾り、赤ちゃんの人形などなどが華やかに山盛りになっていた。どうやら結婚式や誕生祝いに配るみたいだ。

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市庁舎前では警察によるパレード……の予行練習の気がするようなものをやっていた。なんとなく全員「これ次どうするんだっけ」「お前、朝、プリント配られただろー」「んなもん見てねえよ、あーあもう昼なのに早くおわんねーかな」というダラダラした感じで行進したりブラバンやったりしていて、警察犬も好き放題吠えてるし、機動隊も盾の持ちかたバラバラだったりしていて面白かった。

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これ、予行練習じゃなかったら、風紀が乱れてるのを見かねた署長の思いつきによる公開朝礼みたいなやつで、みーんな「まーた署長が勝手なことやりだしてるよ……」的ウダウダ感だな。どっちかだな。

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裏通りのボロい食堂にたっくさんの客が入っているのを見かける。カウンターに一人席もあるような、いかにも食堂、という店。店頭ではモツ煮みたいな鍋がグツグツしている。こ、これはおいしそうな予感。
ここに決定! お昼ごはんだ。
入っていっても、しばらく待たされるくらいの盛況ぶり。
忙しいのに感じが悪くないおばちゃんとキビキビ働く娘。常連ぽいおっさん一人客多し。いい店!
食べているものを見ると、魚よりも肉、の店らしい。
ボロいメニューを見ると「本日の一皿」が3つあり、1つはイカだとわかったので、それ以外の2つをわからないまま注文してみた。それから緑ワインのハーフボトルも。ついでに食べてみたかったカルドヴェルデという、ちぢれキャベツのスープも。

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周りの人に運ばれてくる食べものがどれもおいしそうで、期待は高まるばかりだ。茶色っぽい食べものばっかだけど、どれもキラキラしてる。客たちのがっつき具合からも、おいしいってことがわかるのだ。

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スープは、見ためは海藻入りクリームシチュー、なのだが、味はまったく乳製品ではなく、あっさりとしている。うまい!

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次いで運ばれてきたのは、豆と豚足?内蔵?の煮込みと、骨付きの豚もも肉ブツ切りのソテーだった。
どちらにもたっぷりのジャガイモと、コンソメで炊いたような味つきごはんがついてきた。
こいつがうんめー!! フヂマリ、がっつくがっつく。
まさかポルトガルで肉を食べることになろうとは誰が予想しただろうか。あたしの予定では魚料理を片っ端から食べる感じだったのに、肉まみれの昼ごはんを迎えるとは。
肉がどれも柔らかい。ホロリとしていて、見ためハードゲイなのに穿いてるパンツはレースの乙女ピンクズロースだった、みたいな食感。ぶっといもも肉ブツ切りも、フォークで簡単に身がはがれるくらいやわらかい。
ヘドみたいな色した肉と豆の煮込みも、味がしっかりとついていて、でもしつこくなくて、ごはんにかけて食べると絶品だった。
米の味もいい。これ以上でもこれ以下でもない塩味は、ここでも健在。
メニューはすべて大盛りと小盛りが選べるのだが、小盛りでもおなかいっぱいで食べきれない。これで3.3ユーロなんて信じられない。吉野家完敗だ。

ワインもうまい。昨日のやつよりさらに味が濃くておいしかった。
ポルトガルワインは赤が有名だ。日本に初めて伝えられたぶどう酒「珍陀酒(ちんたしゅ)」も調べたところやはりポルトガルの赤ワインで、これはポルトガル語で赤ワインを指すvinho tinto(ヴィーニョ・ティント)からきてる、といわれる。けど、ごめん、正統派の赤や白を試す気にならないほど、緑ワインが安くておいしい。
vinho verde(ヴィーニョ・ヴェルデ=緑のワイン)は、ポルトガルの西北端の大西洋に面するミーニョ地方でつくられるワインだそうだ。微発泡性で酸味がやや強く、フレッシュでさっぱりしている。うまい。
といっても、他のワインも大して高いわけではなく、15ユーロを越えるメニューは高級店でもなかなかない、というぐらいだ。ポルトガル、いい国だなぁ。

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デザートに突入。今日は酒ではなく、正統派のデザートを選んでみた。
ポルトガル名物・プリンと、マサアッサダ(焼きリンゴ)を注文。
プリンはまるで木綿豆腐のように固くて甘いが、カラメルが苦くておいしいので保たれている。
焼きリンゴは文句なしにおいしい! コンポートみたいになっていて、冷たくて、甘すぎなくて、ペロリとたいらげた。丸ごと皿にのっかってるのが、これまたホロリと崩れるやわらかさ。

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注文はテーブルに敷かれた紙のクロスに直書き。「お勘定を」というと、

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その部分がベリっとやぶかれて持っていかれる。合理的。
いやあいい店にめぐりあった。明日も昼はここで食べることを誓う。

満腹をさすりつつ歩く。

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昨日買ったスイカ味のメントス。スイカおよびスイカ味のものに、あたしはめがない。

天気は昼過ぎから快晴になった。リスボンほど暑くないのが救いである

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市庁舎の下のほうでは、警察が「警察展」をやっていた。パトカーとか装備とか、慈善事業の写真とか、いろんなパネルや実物が青空の下、展示されていて、広報の警察官は短パン自転車部隊のイケメン兄さんだった。歯もまっしろ。
さっきのマーチはこれのためか? こういうことしなくちゃならないくらい、警察の評判は悪いんだろうか。
市庁舎の前は、なだらかな坂になっている大通りが中央駅まで続く。両側は古い建物が並んでいて、なんだかプラハの博物館前通りみたいだ。

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「100人の芸術展」みたいなのもやっていて、ヒトガタに色を塗ったものが散らばっていたので記念撮影する。

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中央駅はアズレージョの駅。右も左もタイルの大作が掲げてある。

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ひとつひとつの技術はやはり拙いが、それでも全面に青いタイルがあると圧巻。

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駅の先の道を上っていくと、どーんと大橋に出る。
これがこえー!! 超高いのだ。

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川の向こう側はノヴァ・デ・ガイア市。川べりにはポートワインの会社が建ち並ぶ。

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橋は人と地下鉄の専用で、水面に近い下段を車が走る。エッフェル塔をつくったエッフェルさんの弟子がつくった橋なだけあり、鉄筋が繊細な模様に見える。
途中まで行って、おしっこちびりそうになりながら写真を撮り、戻ってきて、今度はポルト市側の川岸に降りてみる。
ぐぐーんと坂道を降りる。
坂と水のある町は美しい。横浜、神戸、尾道、ベルゲン、リスボン、ポルト、ジェノヴァ。オスロもゆるやかではあるが、仲間に入れてもいい。オペラの舞台装置が、いくつかの書き割りを重ねることで奥行きを出すのと同様に、建物が重なり合って見えることで街に3Dの奥深さが出るからじゃないだろうか。そこに水の青が混じると、水面がきらきらして街が輝くのだ。

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坂を降り行くカテドラルの前にはちゃんとペロリーニョ。これは、名前はかわいい感じですが、吊るし首台のことです。これがまたちょっと凝った装飾されてるんだな。街の中心となる教会の前にある。教会って素敵な趣味してんなー、と感心する。

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アズレージョは室内装飾だけでなく、外側にもふんだんに使われる。

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川岸はカフェのテラスがびっしりと出ていた。下から橋を見ると、さらにすごい。美しい橋。美しい景観。
川の水が真水かどうか知りたくて、ちょろっとなめてみた。しょっぱかった。

坂に負けてタクシーでホテルへ戻る。
18:00 再び出発。

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教会の壁にもびっしりアズレージョ。
スーパーを探すも、スーパーの袋を持って歩いている人がいない! ので逆探知できない!
あきらめて、夕食を食べに行く。
昼に同行者が「ここで夕飯にしたい」と言っていた店へ。
あたしはメニューを見た瞬間に、ここには入りたくなかった。だって「おこさまメニュー」があるんだもん! 却下したかった。だが一緒に食事をする人がここを決めたので、あたしにはどうしようもない。
入ってすぐ、目の前にオシャレ液晶テレビがあって、そこでそのレストランが提供する食べものの映像が流されてるのを見て、またしても「絶対だめだと思うこの店」という予感が走った。
ひっろい店内。
南欧の中でもスペインとポルトガルは特に、夕飯の時刻が遅い。だいたい早くて20時、21時くらいでやっと盛況になる。なので、これらの国で18時や19時にレストランに入っているのは観光客だけ、と言われる。
それにしても、ガラガラの店内だった。もんのすごく広いのに全然客が入っていない。
とりあえず様子を見るために、緑ワインと茹でエビの前菜、タコのグリルをメインに注文。きれいな店内にそぐう、ちょっとお高い店。

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入ってくるのはほとんどが観光客、というのも気に入らない。次から次へと観光客が入ってくる。よほどガイドブックに掲載されているのだろう。そういう商売はうまいんだろう。

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海老は、見た目はとってもきれいで、まるでつくりものみたいだったけど、茹でて盛ってそのまま冷蔵庫に入っていたのだろう。身がかたくてボソボソしておいしくない。それでも塩加減だけは感服する。酒を呑ませる塩加減。

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メインのタコは、つけあわせが、人参サラダ・茹でじゃがいも・そして菜の花のソテー山盛り。タコ自体はやわらかくておいしいけど、それ以外は何の味もしない。
デザートは頼まず、ジンジャにする。
昨日のやつは人工的なまでにサクランボの味がする安物だったのだが、そっちのほうがあたしは好きだった。でも今日のは今日のでおいしかった。梅酒にさらに味が近い。ただ、グラスはキンキンに冷えてるのに酒は常温なので、結局常温になっちゃう、というのがいただけなかった。
ちびちびとジンジャを呑みながら、店の様子をずっと見ていた。
働く店員と働かない店員の差がでかい。客が入ってきたのに、席は山ほどあいているのに、自分の係じゃないと誰も案内せず、客はしばらく待ってたりする店。うーん、やっぱりなあ。
フロアマネージャーから隠れるように立ち、私語をしている店員がいる店のマネージャーは使えないやつだというのは万国共通、普遍的な事実だ。たいしておいしくもないのに愛想すらないのも気にくわない。
さらには、あたしの席から見える、下の階の席のカップルに、40分以上メインがこなかった。これはいったいどうしたことでしょう。もう気になって仕方ないから、この席にごはんが出てくるまでいることにする。
まず、前菜は出てきたのだ。それから20分以上来なくて、おんなじメインの皿が2こきて、うげー、おんなじもん2こ頼んでるよー、と思ったら、どうやらそれは違ったらしく、下げられていった。
その後すぐには、次の皿がこなかった。ということは、さっきのはつくり間違えた、ということなのでしょう。その場合、普通はね、厨房に、緊急情報緊急情報つくり間違えだったからこっちのオーダーから先に通してつくってください、ということになるはずなのではないでしょうか。
しかしながらその後また20分以上出てこなかった。次第に会話がなくなるカップル。そりゃそうだろ。どうやらこれは、取りなおしたオーダーをオーダー順のいちばんラストに入れたようです。つかえない店員。気がきかない店員。これでこの店の評価はあたしの中で決定的になったのでした。あーあ。
よく耐えられるよなー。あたしだったらキャンセルにして、他の店行くなあ。
最終的にメインが出されたのを見届け、よかったよかった、と言いながら帰宅。味もサービスも良くなかったけど、エンターテイメント性はあったな。

22:00 就寝。

明日へ続く


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26. august 2009

厭世家と岬⑤

8月4日

あたしがとるのは、いつもこんなホテル。ぼろっちいけど清潔でいい。

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05:00 起床。
まだ暗いが目が覚める。そりゃそうだ。何時間寝たかってんだ。風呂入る。

07:30 朝食。ついでに昨日かったカステラの原型・パオンデローを食べる。

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味もにおいもカステラ! あの、水あめと蜂蜜の甘さっつうか、重さそのままだった。おいしい。
文化の流入を体感。

09:30 トラムに乗って、ジェロニモス修道院リベンジ。

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どこからどうやって写真を撮っても素敵ってのがすごい。
ここは、あたしの好きな教会のありかただった。ますます惚れる。
つまり、修道院内の礼拝堂へは無料で入れる。礼拝堂っていうのはそういうもんだろ、と思うのだがしかし、日本の有名寺院のほとんどが拝観料を取るのと同じように、入場料を取る教会は多いのだ。

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ジェロニモスの場合、回廊や博物館にはチケットが必要、というふうになっていた。これって正しいよな。当たり前だよな。

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優美な回廊には、どれほどいても飽きない。

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特に回廊にめぐらされている石のベンチがたまらなく好きで、あっちへ座ってみたりこっちに座ってみたりしているだけで幸せだ。

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ヨーロッパ建築の何が好きって、この、建物の一部としてつくられている椅子部分だ。

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マヌエル様式はゴシックに少し似ている。
芸術用語の「バロック」というのは、そういえばポルトガル語だったような気がする。ポルトガル語で「歪んだ真珠」という、ちょっと侮蔑的な意味で、つまり、ゴテゴテと成金趣味すぎてかっこ悪い、というようなニュアンスだった気がする。あたしもあの、ウィーンな感じが苦手だ。あたしが好きなのは、建築様式でいうゴシックで、ミラノのドゥオモとかケルンの大聖堂とかが好ましい。

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ミュージアムショップはグッズが充実。子ども向けのかわいいやつから紋章やテンプル十字、地球儀の意匠の並んだ文房具や羅針盤モチーフのものなど、結構凝ったものが並んでいた。

坂道の多いリスボンの街には、エレベーターがある。観光客の利用が主なのだが、眺めがいいときき、乗ってみた。

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展望台を通ってバイロアルト地区へ抜ける。
ここで昼食。
観光客以外誰も歩いていないような街の中にあった、こぢんまりとしたレストランにする。
出された前菜はパン・オリーブ・白くてふわふわしているフレッシュチーズ。

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注文したのは、バカリャウと卵とジャガイモの炒めものと、白身のフィレのフライとトマトピラフ。
いつもどおりビールで始め、ワイン王国ポルトガルに来て初めてのワイン、ハウスワインの白を注文してみた。
ハウスワインは素焼きのデカンタで出される。辛口!

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いちばんおいしかったのはトマトピラフだった。ポルトガルはヨーロッパでいちばんコメを食べる国だそうだ。細長くてまんなかの溝が深い、パラパラとしたバレンシア米みたいなやつが一般的。これがうまい。

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バカリャウの炒めものもおいしいけど、これ、店で食べるもんじゃねえな、って感じだ。家庭料理。

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街を歩いていると、外壁だけきれいに残して、中はぜーんぶぶっ壊して工事する、という手法を見かける。
こ、こんな荒っぽい感じで壊しても大丈夫なのかね、耐震構造とか考えないのかね、と、地震大国日本から来ると怖くなる。

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バイロアルト地区にあるサンロケ教会は、500年前、天正遣欧少年使節が宿泊した教会である。
天正遣欧少年使節は1582年に九州のキリシタン大名、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の少年を中心とした使節団のこと。2年かかってリスボンに到着、ローマ法王にも会い、1590年に帰国した。使節団によってヨーロッパの人々に日本の存在が知られる様になり、また、彼らの持ち帰ったグーテンベルグ印刷機によって日本語書物の活版印刷が初めて行われた。

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木と紙でできた日本家屋からやってきた少年たちが、このバロックの教会を訪れたときの驚きを思うと、ワクワクする。唐へ、ド田舎大和の国から渡った柿本人麻呂を思うときと同じように、胸がキュンとする。
天井の高さ、ゴテゴテと曲線的な装飾、なにもかもが、日本にはない文化だ。

15:00 暑い!

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スペインやイタリアほどじゃないけど、やっぱり水や紅茶が欲しくなる。持ち歩く必要はないが、ところどころでアイスティを買っては飲む。そしてまた薄めて飲む。

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おしゃれ生理用ナプキンも買う。Renovaは、日本でも有名になった高級真っ黒トイレットペーパーの会社。ポルトガルの普通のトイレタリー企業。大手らしく、どこのホテル、店でもここのトイレットペーパーを使っている。

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トラムでミュージアムショップめぐりに出かける。
市電博物館や国立美術館へ行くも、ジェロニモス修道院ほど魅力的なものには出会わず。くっそー!! やっぱりあのとき買えばよかった!!
毎回、この後悔をするわけで、学習しないんだよなー。欲しいと思ったらすぐ買う。写真撮りたいと思ったらすぐ撮る。そうしないと、旅の中では特に、取り返しがつかないのだ。

19:00になっても日は高く暑いので、部屋で冷房をつけ、うだうだとテレビを見る。
視聴者参加型クイズが昨日も今日もやっている。つまんねえ。しかもルールが今イチわからないのだ。そしてもらえる景品は、4輪バイクとか、本棚とか、別に欲しくないものなのだが、あれは参加者の希望によるものなのか。
司会者の補助的立場にいる2人の美女と、チビデブで下品な司会者のおっさんは絶対寝てるな、とか、そんなことばっかり考えながらテレビを見ていた。
旅に出てテレビを見るいちばんの楽しみはCMなので、とにかくずっとチャンネルをガチャガチャやっている。国内だって面白い。見たことないCMがいろいろある。中京だと結婚式場のCMがやたらと多かったり、九州は銘菓系多かったりする。
ポルトガルは、さすが田舎の小国、自国制作の番組がつまらない。見る気になるのは唯一ニュースだけである。
ドラマも安っぽい。寺内貫太郎一家みたいに、カメラのほうだけが開いている立ち位置とか、「喜怒哀楽」しかない役者の表情とか、埼玉テレビのほうがいい番組つくれんじゃねえの、というレベルで、かわいらしい。といっても、ノルウェーの2倍の人口はいるはずなわけで、ノルウェーの2倍、面白い製作ができるはずなんだけどなあ。
リスボンのホテルのテレビは、そんなにたくさんのチャンネルがうつらないのでわかんないけど、でも、ポルトガル語のチャンネルは2つしかなかった。
国営放送は民営化されているらしく、CMが入る。そういえばポルトガルは、民営化への転換がかなり早い国だったと思う。郵便局や鉄道、市内交通機関なども民営化されているんだったんじゃないか。違ったかな。

20:00 再び出発。
バスでサンジョルジェ城へ向かう。
ここは、リスボンの街中にある7つの丘の1つで、ローマ人によって造られた城塞の跡地。ここからはリスボン市内が見渡せる。
丘の上まで細くて急な坂道をバスが登っていく。
チキュウノアルキカタ的には、その、「通れるのか、っつう細道をバスが行く」ってことに驚愕っつうか感嘆をしていたのだが、あたしにいわせりゃ、このクネクネの細道を、そのスピードで行くのか、ってほうが感嘆だった。市街地で、路上駐車とかフラフラ歩く観光客とか山ほどいるのに、結構出してましたよ、スピード。
楽しみにして登ったのだが、閉門時間を迎えてしまい、入場かなわず。
海のほうを展望する場所はあるのだが、市街地を展望する場所というのはあまりないのだ。だからやってきたのに。ちぇっ。

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星座の装飾がついた夜の大通り。
トラムで広場に戻り、昼に乗ったエレベーターに再び乗る。エレベーターは木製で、エッフェル塔のようだ。下から見ると空軍の管制塔のような、鉄索がレースのように繊細で美しい。
日没が見られなくても、せめて空が明るいうちに、と願っていたのだが、大混雑のため、上へ上がったころにはすでに藍色になってしまっていた。

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丘と低地とのコントラストがたくさんある街。美しい。
この街、ヨーロッパの好きな都市の中で、上位に入る。かなり好き。4日間の滞在で大好きになった。美しい街並み、気取っていなくて少し汚くて、物価が安くて食べものがあって海がある。歴史もある。坂もある。日本との深い関わりが見える。中世ヨーロッパの栄華を経験している。開けっぴろげでない、ちょっとかわいらしい感じの人の雰囲気。音が下品でない言語。好きになるポイントがたくさんあるのだ。魚食べるし。タコやイカ食べるし。菓子は繊細じゃないし。ビールもワインもよく呑むし。

エレベーターで再び下りてきて、朝、目星をつけていたレストランへ。

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レストランというより定食屋。どうやらあたしはおしゃレストラン以上に、この、定食屋、という雰囲気が好きらしい。常連じゃないとちょっと入りにくいような空気もなんのその、ワクワクしながら入っていく。
店内は広いカウンターがあり、働いているのはおっさんとじいさんばっかり。堅実でいい感じの店だった。
こういう「当たり」そうな店をつかむ能力は鍛えれば上達する気がする。
店の持つ雰囲気を嗅ぎわけることができるようになる。ただしこれは人によって好みがあるので、一概にその見つけかたを言葉に表せないのだが、それはなんとなく、インターネットサイトの信頼度をはかる能力と同じ気がする。におい、としかいいようのない感じ。
食べなくても、メニュー見なくてもわかるのだ。門構え、看板、通りと建物の関係性、なんといったらいいのだろう。そういうのが、ある。
インターネットサイトの場合は、統一感という一言に尽きる気がする。色使い、フォント、インデント、jpegの劣化度、などなど。
個人のホームページには、そんなんどうなってても内容が面白いところがあったりもするが、何かを調べたり、インターネットショッピングをしたりする場合には、信頼性というのは絶対に外せないのだ。
それとレストラン探しは似ている。国の内外を問わない。洋の東西を問わない。
もちろん外れだって、いくつもいくつも経験してきているが、それでも、当たりに出会う確率が、高いような気がする。まあ、もともとのあたしの基準が低いのかもしれないが。

あたしの好きな食事の場所は、
①入ってすぐに店員が気づく
②注文を取りにくるタイミングが良い
③飲み物がすぐにでてくる
④値段に見合っている
⑤多すぎず、少なすぎない
⑥盛りかたが丁寧
⑦ビールが冷たい
⑧食べているときをちゃんと見ている

つまり気配りと品、というのが第一条件。そして、
⑨皿の上に無駄なものがない

これは、パセリとか、あまりおいしくもないレタスやリーフ類がない、ということ。
皿にのっているものはすべて、その食に関係していなくてはならない。その食を引き立てていなくてはならない。彩りだけのための物体は、彩りが悪くなろうと、ないほうがマシだ。

⑩調理法はどちらかといえば堅実、古式

そういう諸々の条件に、この店は比較的かなっていた。

まずビールを注文。
「生ビール」はポルトガル語でImperial(インペリアル)という。かっけー!言いやすーい!
そして今までのところ、これを言うと、ハーフパイントくらいの、200から300mlくらいの、ちっこいグラスがでてくる。すてき! 日本の居酒屋でもグラスの生を出すのは流行っている。いい流行だ。ビールは一口目がおいしい、しかし次からは日本酒かワインにいきたいフヂマリとしては、この量は適っているのだ。

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お通しはぶつ切りにしたタコのマリネとパンだった。なんでもないものがうまいのは偉い!
エビのガーリック焼きとバカリャウアッサド(干しダラの焼き物)を注文。
後ろのおばさんが食べていた、ちっこい黄色いものがカタツムリに見えて、おじさんに「あれがほしい」というと、黄色いでっかいとうもろこしみたいな豆と、なぜか落花生もでてきた。

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この豆は……いったい何なんだ? そして注文していない落花生はなぜ出てきたのだ? まあ、出されたものはなんでも食べちゃうのですがね。
黄色い豆は塩味に茹でてある。うまい。
ムシャムシャしていると、おじさんがまた来て、食べかたを見せてくれた。っつうか人の皿からムシャムシャしてみせた。いいねー。そういうの好き。そういうのが許される国に生まれたかった。
どうやらあたしが皮ごと食べていたのがおかしかったらしい。歯でグリッと皮をむいて、押すと、口の中にコロンと入ってくるぜ、ということらしい。あたしが指さしたテーブルのおばさんもにこやかにうなずく。
彼女はあたしのテーブルになにかが来て、あたしがにおいをかぎ、ふむふむとうなずき、写真を撮ってから口に入れ、うむうむとうなずくのを、いちいちニコニコしながら見ていた。そうだよな、面白いよなー。ガイコクジンが我が国のものを食するのを見るというのは。
ビールの次は、飲んでみたかった「ヴィーニョヴェルデ」を頼む。

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ポルトガルには赤ワイン・白ワイン・ロゼだけではなく、「ヴェルデ(緑)ワイン」があるのだ。これはつまり、オーストリアにおけるホイリゲっていうんでしたっけ、あの若ワインと同じ、発酵しきる前の若いワインのことである。発酵が停止していないので微発泡性で、味はあくまでも軽い。ワインを少量のぶどうジュースで割ったような味。
安いものなのだがおいしい。昼に呑んだハウスワインよりおいしい。しかしながら冷たくないと、そして開封してすぐでないと、おいしくない。時間が経つと、香りが変わってくるのだ。あたしの気のせいなんかではないと思う。なんだか酢酸化するっていうか、すっぱくなる。ので、小さいガラフェやハーフボトルで注文するのがいいと思う。

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海老は熱々。たっぷりのにんにくとオリーブオイルでソテーしてある。この油がまたうまいんだな。普段はまったく手をつけないパンだが、どうしても、この油をつけたくて、むしゃむしゃと食べてしまった。
エビは前菜の欄に書いてあって、メインのバカリャウを1こ頼んだだけで即座に「これで全部でしょ?」ときかれたのが、少し不思議だったのだが、メインが出てきて納得。
干しダラ半身丸ごとって感じのバカリャウが皿にどーんとのってて、たっぷりのオリーブの実、新ジャガみたいに小さいポテトがゴロゴロ、茹でた長ーいインゲン、そしてオリーブオイルがたっぷりかかっていた。

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おじさんが、ぐっちゃぐちゃにほぐしてくれる。なるほど、そうやって食べるのか。
バカリャウは塩抜きしてもとてもしょっぱくて、おいしい。でも実は、バカリャウよりも、揚げてあって味のしみたじゃがいものほうがおいしかった。

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バカリャウ、あたしはおいしいと思う。干しダラにして水分が抜けることでうまみが凝縮されるのは、他の乾物と同じだ。
でも、ニューヨークタイムズも書いてたけど、なぜ、ポルトガル人がそこまで干しダラに固執するのか、そのわけがどうしてもわからない。ポルトガルには365のバカリャウ料理があるという。そこまでして食べたいかなあ。
これだけ海に面していて、たっくさん魚介類がとれるのに、バカリャウはポルトガルではとれないんですよ。ハンザ同盟の昔から、ノルウェーから輸入してるわけですよ。そんなもん、どうして食べたいんだろうか。
新鮮なものよりも、なんとなく貧乏な感じのする干物のほうがいい理由が、今ひとつわからない。
おいしいよ? おいしいけどさ、あの臭みより、イワシとか、タコとか、スズキとか、とれたてのを食べたほうがいいじゃん。輸入しなくていいんだしさ。
好きだけど、おいしいけど、もう頼まなくてもいいかな、と思った。それよりも、他のものが食べてみたい。海鮮煮込みとか、タコのリゾットとか。
食べきれずに脱落。
おじさんにごめんと言いつつも、デザートに突入。
ポルトガルっていい国~!! という瞬間は、何度も言うが、デザートだ。
ヨーロッパの食後酒という文化が好き。そしてポルトガルにはあたしの大好きなポートワインがある。だーいすき。クリームや卵のデザートを欲しないあたしが、ごく自然な感じで、しかもちょっとかっこいい感じで、というのは思いこみだが、ナチュラルに「ポートワインにするわ」とか言えるのは、本当にうれしい。
で、今夜はポートワインがけのメロンではなく、もうひとつ、ポルトガルの有名な食後酒、「ジンジャ」というリキュールにしてみた。これはサクランボのお酒。注文するとおじさんはなぜか笑っていた。えー変? さっきっから酒を注文するときばかりハキハキとした発音だから?

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小さなグラスになみなみとつがれたそれは、あたしが想像していた「さくらんぼのお酒」というかわいらしいイメージとちょっと違っていた。
よーく冷えていて、ポートワインよりも赤黒くて、しかも、瓶の中には丸ごとのさくらんぼが、まるで梅酒の梅のようにゴロゴロ入っていた。でもにおいは、外国のお菓子のチェリーと同じ、あの、ちょっと人工的でキッチュでかわいいにおいだった。
アルコール度数はもちろん高い。これ、おいしい!!
おじさんに「うめーっす」と言うと、またニヤリと笑っていた。
買って帰りたい!
良い店だった。

満足して帰宅。

明日はポルトに移動

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22. august 2009

厭世家と岬④

8月3日

本国で生産したものを売る場所を持つために国土を広げることを帝国主義とするならば、スペインとポルトガルは帝国主義ではなかった、というようなことを、司馬遼太郎は『街道をゆく』の中で述べている。オランダやイギリスを帝国主義の見本とするならば、スペインやポルトガルの国土拡大は、単なる略奪でしかなかった、と。インドや南米で両国がおこなったのは金や香辛料といった「金目のもの」を奪い、それを売って大金を稼ぐということだけで、稼いだ金はスペインやポルトガルの国内経済には落ちず、そのまま頭上を通り過ぎて、フランスやイタリアの布や紙、家具、建築、芸術を輸入する金になった。
スペインではもともと「何かをつくる」工業者を低く見る風潮があり、その点で工業化という近代の波に乗ることができず、他国が持つことのできないほどの富を手にしつつも、結局17世紀以降、落ちぶれていったのだ、と司馬はいう。
それでも、国土拡大による爪痕は、21世紀にも残る。今では小国のポルトガルでさえ、モザンビークにおける紛争、東ティモールの内紛など、旧領土における惨事は尽きない。
この、2日間滞在しただけのリスボンの、貧しいが平和な小国具合からは、そういう血のにおいのするようなことは想像できない。なんだか遠い異国のことでしかないように感じる。

今日も快晴。そして涼しい。窓からの眺めが素晴らしい。飛行機が屋根の上を飛んでいく。

09:00 朝ごはんを食べて、出発。
ヨーロッパ最大の都市のひとつだったリスボンが、市街ごと世界遺産になっていないのは、1750年の大地震でマヌエル様式の歴史的景観がなくなってしまったからなのだろうか。
人口の1/4が死んだというこのリスボン大地震は、津波や死者、街の崩壊という被害だけでなく、ヨーロッパ中の神学者や思想家の思想にまで衝撃を与えたといわれる。
ヨーロッパでもっとも敬虔なカトリック国として知られていたポルトガルでさえ、このように大きな自然災害によって神の怒りをかうのだ、なぜ、敬虔なクリスチャンですらあのように悲惨なことになるのか、ということは、当時の神学では説明できなかったのだそうだ。ヴォルテールなどにも思想的な変化がみられるという。
残ってたら、どれほど美しかったか。今でも、ボロいけどこれほど美しいのだから。
EUの最貧国であるが、食べものがおいしいのと歴史の奥深さとで、生活水準としては比較的保たれているように見える。

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トラムには2種類あって、新しいやつと、

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観光の中心地を走る、昔ながらのやつがいる。
こっちは、マスターカードの広告が貼られてることからもわかるように、数年前、日本でもマスターカードのCMのロケ地として使われていた。菅野よう子の曲が素敵だった。

あさって、ポルトへ向かう電車の切符を取りに、サンタアポローニヤ駅へ地下鉄で向かう。

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ヨーロッパの国なのに、地下鉄が左側通行だ! ポルトガルは1928年に右側通行へ変更されたのだというから、地下鉄はそれ以前にできたんだろうか。
TAPポルトガル航空や、国鉄のホームページを見ているときからそう思っていたのだが、ポルトガル、結構デザイン大国かもしれない。ピクトグラムがうまいし、地下鉄の表示も素敵。
リスボンの地下鉄は4路線あるのだが、これらは色分けされ、シンボルも違う。黄色線はひまわり、青線はかもめ、緑線はヨット、そして赤線は羅針盤がシンボルで、それぞれの駅の標識や駅名の看板は、このシンボルと色で彩られている。原色ではない、淡さがある、いいニュアンスの色なんだなそれが。おっしゃれー。
色づかいがうまい。

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地下鉄のICチケットも美しい。
国鉄の窓口のお姉さんは優しかった。旅先で人は仔猫のように繊細になりますので、冷たい態度にとっても傷つき、優しい人にはとことん癒されるのです。

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キティちゃんが今ヨーロッパではかなり熱い!
ここポルトガルでも、アイスクリームにまでなるような人気だ。

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NARUTOだって熱いってばよ!

トラムに乗り換えて、世界遺産・ジェロニモス修道院へ。

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ジェロニモス修道院とはベレン地区にある修道院。大航海時代の富をつぎ込んで建築された、マヌエル様式の最高傑作。ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路開拓とエンリケ航海王子の偉業を称え、1502年にマヌエル1世によって着工され、1511年に回廊など大部分が完成したものの、その後、マヌエル1世の死やスペインとポルトガルの同君連合による中断等もあり、最終的な完成には300年ほどかかっている、という代物だ。

トラムで行くと、テージョ川に平行に、いきなりどーんと見えてくる。トラムの駅のすぐ横が修道院なのである。かっこよすぎ!!!

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真っ青な空に白が映える映える。繊細な白い装飾は、絶対、質素を好み豪奢を嫌うイエズス会にはありえない。
ジェロニモス修道院は、悪いけど昨日のシントラの宮殿の比ではない。格が違うのだ。貴族と成金の血の違いが目に見える。

が、しかし、月曜休館。

明日もう一度来ることにして、モニュメントへ。

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こちらは、ヴァスコ・ダ・ガマの航海500周年を記念してつくられたもの。ポルトガルを代表する人物が彫られている巨大なもので、エレベーターで上までのぼることができる。

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セメント製だがジェロニモスと同じく白が映える。かっけー。
船の形をあらわしたモニュメントの先頭は当然、カラベラ船を手にしたエンリケ航海王子。

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エンリケのかっこよさは、彼の父の時代が、ポルトガルがもっとも繁栄したときであり、母はイギリスからやってきた政略結婚でありながら夫婦仲が良く、生まれた子どももみんな優秀で仲良しだったことと、彼自身、モロッコのセウタには遠征で行ったことがあったにせよ、新大陸発見の航海には一度も出たことがない、という点にあると思う。戦略と指示は出すってのが、えろーい! 生涯独身だったし。
彼はテンプル騎士団の莫大な財力をそのまま引き継いだキリスト騎士団の代表的立場であり、その財力のおかげで大航海時代を築いた、とされる。この像でも着ている質素なローブと特徴的な帽子が騎士団の証拠だ。
ちなみにイギリスとポルトガルの仲良しは、ギネス記録級である。両国の友好同盟は世界でもっとも長く続く同盟として今なおギネス記録を更新中だ。
モニュメントの後ろのほうには、政治を得意とした王太子兄ちゃんと、都市計画を得意とした二番目の兄ちゃんもいるし、息子の無事を祈る母ちゃんもいる。
ザビエルさんもいる。

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モニュメントと修道院の間にある広場には、世界地図のモザイクがある。ここにはポルトガルが世界を旅し、到着した年が刻まれている。
日本の部分には1941年「発見」とされている。
そう、ポルトガルは日本を「発見」したつもりでいるのだ。この件については昔、あたしにポートワインを教えてくれたポルトガル人と「話し合った」ことがある。
あたしは彼に、半ば八つ当たり気味に「日本に漂流して流れ着いたポルトガル人を、日本人が、『発見』した年、なのよ」と言ったら彼は笑っていたが、歴史というのは視点によってまるっきり逆の意味になる、いい例だ。面白い。

この彼が、あたしに最初に話しかけてきたきっかけは「ポルトガル語のありがとうと、日本語のありがとうは、とってもよく似ているんですよ」ということからだった。
ポルトガル語で「ありがとう」はObrigado。オブリガード、女性の場合は語尾変化があってオブリガーダ。まあ確かに似ていなくはないので、そのときは「あら! 本当に似てますね。面白いですね」と言っといたんだけど、これは、この国に来て、改めて感じた。ほんとによく似てる! ふと言われると、日本語で言われたようにきこえるのだ。

ポルトガル語から日本語に根付いた単語はたくさんある。例を挙げればきりがない。
日本史用語ならキリシタン、デウス、バテレン、服飾なら合羽、襦袢、ボタン、食べものはいろいろ、タバコ、パン、バッテラ、カステラ、金平糖、他にもカルタ、トタン、ビードロなどなど。
卵ボーロやそばボーロなどの「ボーロ」というのは、あたしは「ボール(球)」の意だと思ってたのだが、ボーロはポルトガル語で「焼き菓子」のことだった。
1541年(日本史的には43年、とされる)に南蛮人が来てから500年過ぎてもなお、その影響が残る、ってのが、文化交流の面白さだ。

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ベレン地区にはもうひとつ、歴史的建築物がある。ベレンの塔だ。
これはテージョ川を守る要塞の一片なのだが、要塞とは思えない繊細さで、やはり白く美しい。
モニュメントからベレンの塔までは遊歩道として整備されている。

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どのガイドブックにも司馬遼太郎の記した「テージョ川の貴婦人」という表現が紹介されているが、まさしく女性的。

朝はあんなに涼しいのに、日が照れば暑いのだ!

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気温が低いのが幸いである。テラスのテントの下に隠れて休憩。

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司馬も訪れた、伝統菓子屋へ寄ってみる。ここはポルトガルでいちばんパスティス・デ・ナタ(エッグタルト)がおいしいとされる店だ。
ナタはポルトガルの代表菓子。ここからマカオに渡り、マカオから飲茶の仲間に入り、日本でも人気が出た。
あたしはカスタードクリームが苦手なのでエッグタルトもいやなのだが、ものは試しである。食べてみた。一緒にビカ(エスプレッソ)とトーストサンドイッチも注文。

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ナタはあたためなおして出てくる。肌理の非常に細かいカスタードと、口内に刺さるくらいパリッパリのパイ生地がおいしい……のは理解できる。理解できるが好きにはなれない。
粉砂糖とシナモンをたっぷりかけて食べるのがポルトガル流。広東で飲茶食べたときも、そう感じたが、日本のエッグタルトとは別物。湿気の関係のような気がする。

ポルトガルは、英語を話せる確率が非常に高い気がする。イタリアやスペインよりずっと通じる。きれいな英語を話す。観光地ということもあるのだとは思うが、ちょっとした喫茶店やトラムの運転手が、かなりしっかりと、つまり単語ではなく文として話せる。
例えば菓子屋で菓子を買うと「Would you like to eat here or to take it out?」ときかれる、という具合に。

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暑いので、トラムにひたすら乗り続ける。
アルファマという、地震の影響を受けず、古い町並みがよく残っている地区は、もんのすごい坂道。ここをトラムがガンガン登ったり下りたりする。

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観光地!観光客! という感じで、まるでディズニーランドのアトラクションのような混雑のトラムに、少しゲンナリする。
細い道では人も壁にはりついて、トラムが過ぎるのを待たなくてはならない。
街の悪ガキは、トラムのステップのところにつかまってタダ乗りをしたり、後ろの取っ手につかまって自転車こいだりするのが度胸試しの通過儀礼のようである。観光客が見るので、ますます調子に乗る。みんな悪ガキらしい悪い顔をしていてかっこいい。

どこへつれて行かれるのか、どこが終点なのかわからないトラムにぐるぐると乗り続け、シアードという中心地に戻ってきて、昨日わからなかったビアホールを探す。
17:00 発見。

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もとは修道院だという店内は趣があっていい感じ。
ポルトガルのビールうまい! イタリアやスペイン、そしてポルトガルのように暑い国のビールは、軽くて、よく冷えていて、キリッとしててうまい。ドイツやイギリスのビール、寒い国のビールは、重くて、味が濃い。じっくり呑む感じ。冬に呑むとうまい。
隣はドイツ人の家族で、ばあちゃんまでちゃんと1パイントのビールを呑んでいた。軽いビールはいかがでしょう? おいしいよね? 気候にあってると、あたしは思いますが。

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ゆで海老とパン、オリーブペーストをつまみに呑む。
昨日の魚から思っていたが、塩加減がとにかく絶妙。酒呑みの舌をわかっている。これ以上でもこれ以下でもないところを、ちゃんとついてくるのがすごい。
今日のエビもおいしかった。

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カタツムリはポルトガル夏の風物詩だそうだ。食べものとしてね。

ちらりとのぞきに入った、中心地にあるスーパーは、すんごい観光客! バカリャウにちゃんと「ノルウェー産」のタグがついているのを確認して、写真に撮る。

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店舗内の商品を撮るのは基本的にどの国でもだめなのだが、それでもどうしても撮りたいものがあったりして、なかなか難しい。盗撮の気分。

18:30 少しだけ昼寝して、20時過ぎにごはん食べにいこう、と思っていたら、案の定寝過ごし、起きたら01:40だった。
仕方がないのでそのまま寝た。

明日へ続く

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18. august 2009

厭世家と岬③

8月2日

ルイス・フロイスというポルトガル人は、日本史と大変関わりが深い。彼は1564年、日本を訪れ、京都で織田信長と出会う。彼の執筆した『日本史』における織田信長の人物像描写は有名だ。
ルイス・フロイスは信長を「長身、痩躯で髭は少ない。声は甲高く、常に武技を好み、粗野。正義や慈悲の行いを好み、傲慢で名誉を尊ぶ。決断力に富み、戦術に巧みであるが規律を守らず、部下の進言に従うことはほとんど無い。人々からは異常なほどの畏敬を受けている。酒は飲まない。自分をへりくだることはほとんど無く、自分以外の大名のほとんどを軽蔑しており、まるで自分の部下のごとく語る。よき理解力、明晰な判断力に優れ、神仏など偶像を軽視し、占いは一切信じない。名義上法華宗ということになっているが、宇宙の造主、霊魂の不滅、死後の世界などありはしないと明言している。その事業は完全かつ功名を極めている。人と語るときには遠回しな言い方を嫌う」と記している。
織田信長は南蛮品を好み、ビロードのマント、西洋帽を着用したり、南蛮鎧を身に付けていたといわれている。宣教師ヴァリニャーノの使用人であった黒人を譲り受け、彌介と名付けて側近にしたりもしている。また、地球儀・時計・地図などをよく理解したともいわれる。当時、地球が丸いことを知る日本人はおらず、家臣の誰もがその説明を理解できなかったが、信長は「理にかなっている」と言い、理解したらしい。
彼に関するエピソードは南蛮文化に彩られていて、あたしは安土城が焼失したことが残念でならない。その構造よりも、その中にあったであろう、日本人が初めて触れた西洋の食器、書物、ワインボトル、地球儀、甲冑などを、この目で見てみたかった。

ポルトガルやスペインを指す南蛮、とは中国語では侮蔑語である。しかし日本史用語としては侮蔑のにおいはなく、逆にどちらかといえば「舶来品」という言葉が持つような、いい響きがある気がする。
16世紀、ポルトガルとスペインが、交易圏を日本にまで伸ばしてきた。これらの国と日本との南蛮貿易が始まると、貿易によってもたらされた文物を「南蛮」と称するようになった。やがて、本来は人に対する蔑称であった「南蛮」が、侮蔑語というよりは、異国風で物珍しい文物を指す語として使われるようになった。同時に、人に対する呼び名としては南蛮人という言葉が生まれた。ちなみに南欧系の南蛮に対し、北欧系のイギリス人やオランダ人は「紅毛」と呼ばれた。
この頃から500年の時を経て、現在の日本に及んだ南蛮の影響は小さくない。それらは、土着の日本語とは一線を画した響きを今なお持って、埋没することなく我々の母国語や生活の中に「存在」している。
文化の伝達というのは壮大なロマンだなあ、と感動してるうちに朝になった。

そうそう、昨夜は空港でこんなものを配られたのだった。

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9:15 朝食。
快晴の空。涼しくて心地いい。

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朝食は、種類が想像していたよりも多かった。
ポルトガルの朝食は軽めで、通常はパンとバターとチーズまたはジャム程度。飲みものはコーヒーや牛乳である。甘い菓子パンやシリアルも普及している。その程度だと思っていた。
実はこのホテルを探している最中、ネットで評判を見ている中に「パンとコーヒーしかない」という批判があり苦笑したのだった。それ、ロマンス語系の国では普通じゃないか。イタリアやスペインもそうだし、フランスも近い。パンとコーヒーと牛乳。それはホテルのレベルが低いわけではなく、食習慣なのだから。なんでもあるような朝ごはんが食べたいのならアメリカやイギリス系の大手ホテルチェーンを利用すればいい。
実際には、いろいろあった。

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あたしの好きな、派手な色したジャンキー子ども用シリアル、パンは数種類、トースターだってあるし、コーヒーにチョコレート、紅茶も数種類。菓子パンというか菓子は10種類はある。チーズもハムも3種類ずつくらい。

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ただし卵、野菜、果物はなし。充分、充分、大満足である。

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日本でほとんど朝食を食べないフヂマリだが、旅先では食べる。
好きなのは、ヨーグルト、シリアル、チーズとハム。オレンジジュース。しょっぱい甘いのくり返し。

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コーヒーとあたたかいミルクは、後から淹れたてを持ってきてくれる。それぞれ、ちっこい保温ポットに入っている。

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食堂の壁はアズレージョ(水色の彩色がされた装飾タイル)で飾られていた。控えめで品のいい感じ。部屋や廊下の装飾も、控えめで上品で、いやな感じのないホテルだ。

今日は電車で世界遺産の町・シントラへ、そしてシントラからユーラシア大陸の最西端・ロカ岬へ行こう。
ホテルから歩いてすぐのロッシオ駅から近郊列車でシントラへ向かう。

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11:30シントラ着。

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リスボンと同様、海へ向かっての急斜面につくられた町並みは絵のようだった。ただしすんげえ坂道の町。

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この町は貴族や王族の避暑地としてひらかれた、いわば軽井沢。大詩人バイロンは「この世のエデン」と褒めたんだそうだが、バイロンって、詩も顔もなんだか気持ち悪いと思う。ヘナチョコっつうか、ゲイであることを隠してるけどバレバレなゲイっぽいっつうか。

バスで崖の上にあるペーネ宮殿へ行く。トラッキング並みの坂道を歩いている人も大勢いて、バスの窓から敬意を表する。

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19世紀、植民地ブラジルから大量の金が採れたポルトガル王国は、15世紀ほどの大国ぶりを発揮することはできないにしても、大金持ちだった。その権力でつくらせたのがこの宮殿。こいつが笑っちゃうほど下品で、趣味が悪くて、ラブホテル的なのだ。今まで訪れた数少ない城の中でも最悪。

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ドイツのノイシュバンシュタイン城をつくった建築家だかを招いてつくったんだったと思うが、ノイシュバンシュタインはあのホモ王様がホモらしい繊細さと執念による美的センスでつくったからあの美しさなわけで、それを超えることはおろか真似することだってできていない。ポルトガルお得意のマヌエル様式が基礎の、ゴシックやバロックやロマネスクがごちゃまぜになっていて様式も色も統一感ナシの城ですが、写真撮るには面白い。中はつまんね。当時のフランスやイギリスから寄せ集められた家具は、地方の成金がパリのシャネルでとりあえず店ん中にあるもん全部かき集めてきてみました、ってのによく似ていた。いちばん面白かったのは厨房だってくらいだからな。

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チケット切りのおっちゃんが持ってるのは、日本の女子高生が持ってるような、かわいい系穴あけパンチ<ヤシの木>だった。

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「女王のテラス」から、ムーア人が築いた城塞跡と、フヂマリ初めての大西洋を望む。

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リスボンという街は、スペインのトレドのほうから流れてくるテージョ川(スペイン語ではタホ川)の河口にある。海ではなく川に面している街だ……といっても、河口の川幅は5kmにも及ぶ。これは海ではないのか? 川と海の境はどこなのか、あたしにはわからない。真水度と海水度の割合による?
穏やかな快晴だが、風が冷たくて寒いくらいだ。ポルトガルがこんなに涼しいとは思わなかった。イタリアやスペインとはまったく違う。ポルトガルの近海は寒流が流れているため、緯度のわりには温度が低い、とはきいていたけど、ここまでとは。ノルウェーの場合、反対にメキシコ湾流という暖流のため、緯度のわりに温度が高い。海流というのはそんなにまで気候を左右するのだなあ、と改めて感心する。感心しながら寒いけどアイス食べる。

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有名なお菓子屋さんで、名物のケイジャーダ(チーズタルト)とビカ(エスプレッソコーヒー)を注文。
コーヒーがまったくおいしく感じないフヂマリなのだが、イタリアやスペインなど南欧に来ると、エスプレッソが飲めるようになる。おいしいと感じる。これは日本のエスプレッソがまずい、ということではなく、エスプレッソというものの味がその土地の雰囲気や気候に合っているからかと思われる。

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ケイジャーダは、もっとチーズっぽさを期待していたのだけど、どーんと卵な感じで、どこにもチーズの香りのかけらがなかった。あたしの苦手なお菓子の味。
カスタードクリームが苦手なあたしは、卵が大量に使われているお菓子が今ひとつ好きになれない。外側はパリッパリでおいしいのになあ。外側だけ、グラニュー糖をまぶして食べたい。

少しのお菓子を食べたら腹が減り、おいしそうなレストランを探して昼ごはんにする。
小さな戸口、働くのは一族家族、って感じのおっちゃんとおばちゃんと兄さん。兄さんの奥さんは途中、赤ちゃんと一緒にきて、入口からのぞいて、昼のお仕事が終わる夫を待っていた。
石造りの質朴な店内。
ワインの国ではありますが、まずはビールを。Sagres(サグレシュ)という大手メーカーのビールは、キリッと苦くておいしい。
ききしにまさる前菜!

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ポルトガルのレストランは突き出しが出てくる、それは有料で食べたものだけお金を払わなくてはいけないので、いらないときは「いらない」と言ったほうがいい、と、本で読んだのだが、これ、断れないくらいおいしそうだぞ。
この店の場合は、生ハム、パン、まるごとのチーズ、ツナやサーディンのパテ、オリーブ。腹減ってて、でもまだごはんは来なくて、手元にビールがあったらアナタ、これつまんじゃうでしょう。つままずにはいられないでしょうよ。
と、いうわけで、ハムとオリーブだけいただく。他のものは「いらない」って言わなかったけど、後でお会計をしたら、ちゃんとはずしてあった。ちなみに今日以降入った他のお店でも、ちゃんとしていた。
注文したのは、まずはポルトガル料理の筆頭、バカリャウ(干しダラ)のポテトクリームグラタンと、ルーラ(イカ)のグリル。

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ポルトガルの魚料理の筆頭は、魚の中で最も消費量の多いタラの身を塩漬けしたバカリャウである。バカリャウの調理法は1年の365日分あると言われている。その中でもグラタンは一般的な一皿。
どちらも大変おいしい。
バカリャウグラタンは、これ、絶対途中で飽きるよ、ってくらい単調な味のものがどーんと出てくる。すりつぶしたバカリャウとポテト、クリームソース、チーズで、ゲロみたいな感じ、滑らかな離乳食みたいなのですが、途中で気持ち悪くなることなく完食できた。
イカは小ぶりなやつが5ハイ、きれいなグリルになっていて、やわらかくて絶妙な塩加減。つけあわせの人参、さやいんげん、ポテトにも、ちゃんと、コンソメで茹でたような味がつけてある。一緒に出されるオリーブオイルをたっぷりかけるともっとおいしい、というのは、去年のギリシャで学んだことだ。味が、油っこくならずに、しっとりと落ち着くのだ。
なんでもないものがおいしいというのは、いっそう感激する。有名なフレンチ食べるよりおいしく感じる。

おなかいっぱいでも、「デザートはどう?」とメニューを持ってこられちゃうと、つい開いてしまう。
ケーキが苦手なフヂマリが好むフルーツ、これがデザートの一角としてどーんとたくさんの種類が書かれていた。その中から、「メロン&ポートワイン」という、ポルトガル特有のデザートを注文!
これも本で読んでいた。フルーツにアルコール度の高い酒をかけるデザートはポルトガルではわりと一般的なのだそうだ。あたしの想像では、角切りにしたメロンにポートワイン(ポルトガル産の甘い食後ワイン)でつくったシロップをかけた、フルーツポンチみたいなものだろう、と思っていたのだが、席から見えるキッチンでは、兄さんがどーんとでっかいメロンを取り出し、半分に切り、真ん中をくり抜いて、半分はそのまま冷蔵庫に戻し、タネを取ったほうのメロンを皿にのっけた。ま、まさか。
おっさんはその皿とともにポートワインの瓶をにぎり、あたしのテーブルへ歩いてきたのでした。
そして、あたしの前に半分に切られたメロンをドンと置き、新品のポートワインの封を切り、メロンのタネのくぼみにドボドボと注ぎ、さらに、瓶をテーブルに置いていったのでした。

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なんと男らしいデザートなのでしょう。フヂマリにぴったりではないですか。これ、すくって食べてワインなくなったら継ぎ足していいのかな、あたしこれ一瓶、あけちゃうよ?
目を輝かしてメロンをすくうあたしにおっさんは、「ポートワイン知ってるか?好きか?」ときくので、モグモグしながら「だーいすき!」と言うと、おっさんは笑いながらキッチンの兄さんに「こいつ酒、大好きらしいぜ」と報告し、さらにポートワイン用のちっこいグラスを持ってきて、テーブルに置き、満タンに注いだのでした。マジっすか?好きなだけ呑んでいい?
あたしデザートをこんなに楽しんだこと、ないかもしれない。ポルトガル、かなりいい国かもしれない。
イタリアでハム&メロンを注文して、ハムだけ先に食べても、ハムのおかわりは出てこないでしょ。でもこの店では酒&メロンを注文して酒を呑みきらないうちに次の酒が出てくるのよ。

ポートワインは、あたしがノルウェーにいるとき、同じ留学生のポルトガル人が教えてくれた酒である。日本ではポルト酒ともいう。ノルウェーではワインを買うのとたいして変わらない値段でポートワインが売られていて、「こっちのほうがアルコール度数高いから酔えるよ」と、そいつは言って呑ませてくれたのだが、それ以来、その甘い風味と渋みのなさにハマり、何度も買った。日本に帰ってきてもデパートで買ってる。ビンテージものは買えないくらい高いけど、普通の「ルビー(若いポートワイン)」なら1500円ほどだ。ポルトガルではさらに安い。
もしかしてポートワインも前菜と同じく、呑んだぶんだけ加算されるのかと思ったのだが、ぜーんぜん、そんなことなかった。レシートを見つめながら物価の安さを思う。さすがヨーロッパの最貧国。

気持ちよーくなっていたら、ロカ岬へのバスを乗りのがして1時間待つ。

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この、朝顔に似てるけど見たことない色の花が大繁殖している。そこらじゅうにびっしりと咲いている。

アズレージョというタイルが有名なポルトガル。道標もタイル。少し拙い感じ。

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バス停で、同じくロカ岬へ行くという、かわいらしい香港の1人旅女の子と話す。彼女はスペインとポルトガルを周遊しているのだそうだが、とにかくお金の話が好きだった。好き、というか、それが英語で話しやすかったのかもしれないけど、とにかく、あたしの持ってる鉄道1日券がいくらだったか、とか、ホテルやレストランがいくらだったか、スペインはポルトガルより高くつく、などなど、金額の比較をしていた。金銭感覚で土地を判断する=バックパッカーが陥りやすい罠にはまってんのかなあ、と思いながら話していた。
後から、スペインとポルトガルに住んでいたという老齢の日本人夫婦も混じり、一緒に話しながらバスに揺られる。同じバスには韓国3人娘も乗っていた。アジア系は本当に女の子が旅に強い。男の子の旅人をほとんど見かけないが、女の子は、韓国・日本・中国ともに見かける。
香港姉さんは「スペインは全然良くなかった」と話していた。「暑いし、雰囲気悪いし、治安悪いし」と言っていたが、なんかあったのかなあ。あたしはスペイン、かなり好きな国だったけどなあ。

18:00 シントラから1時間ほどでロカ岬到着。
あたしの憧れの地だった場所に立つ。
沢木耕太郎は「深夜特急」で、彼の旅の最終目的地だったロカ岬にたどり着いた際のことを「なんとも気の抜ける、陰鬱な感じ」というような、拍子抜けしたように書いていたが、あたしは、興奮することなく、けれどなんともしんみりとした感慨深さを持って、結構感動した。

フヂマリは極地好きである。
別に南極や北極に行きたいわけではなくて、「ひとの住む場所」としての、大陸のはじっことか国のいちばん先っちょとか、そういうのにたまらなくロマンを感じる。父もそうだった。彼は北アメリカ大陸の最西端・アラスカや沖縄の果てなんかに行っていた。これは遺伝かもしれない。
そのくせノルウェーにある、ユーラシア大陸最北端の地・ノールカップにはまだ行ったことがないのだ。残念なことだ。そのうち絶対行ってやる。

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ここロカ岬は、バス停とインフォメーションとレストラン兼おみやげ屋が一軒あるだけの、荒野だった。バスが最後の村を出発して5分ほどで荒野が始まり、海が見えたときの感じは、北フランスの干潟を進み、モンサンミシェルが見えたときの感じに似ていた。

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岬には記念碑が建っていて、ここに、有名な「ここに地果て、海始まる」という一文が刻まれている。

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天気は薄曇りで、もう少しで夕日の太陽が出そう、という感じで、美しい夕方だった。強風の中、香港姉さんと写真を撮りあう。

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インフォメーションでは「最西端到達証明書」が買える。お姉さんが淡々と手馴れた感じで名前を署名してくれるのだが、その字体が昔風の、きれいな文字だった。しかも裏側の説明文に、涙もろいフヂマリ、思わず泣かされる。字体はカクカクの、観光地翻訳文風だけど、きれいな訳だ。

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大陸のはしっこを満喫して、眺めのいいレストランでコーヒーを飲んで、20:04のバスでカスカイスという町へ。

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レストランのメニューにいた、このカモメに惚れる。
地の果てのロマンなんか微塵も感じてないようなそのクールな目!

海水浴で有名なリゾート地・カスカイスから列車でリスボンへ戻ってくる。
22:00 リスボン到着。香港姉さんと握手して別れる。

夕飯食べようと思っていた、ビール会社サグレシュ経営のビヤホールを探しに行くが見つからず。仕方なく、観光地どまんなかでレストランを探したのだが、観光客相手ばかり。あたしが嫌いな、呼び込みが立っている店ばかりで、どの店も客の食べているものがおいしくなさそうで、あきらめて家路につきかけたとき、ホテルの隣のレストランが開いていた。
レストランというか定食屋なその店は、常連客がビール1杯片手に、サッカー中継を見ていた。いい感じ。入って「まだやってますか?」という顔をすると「どうぞ」と言う。この店も家族営業の店。後から子どもたちが入ってきて、あたしの後ろの席で夕飯を食べ始めた。そ、そのトマトチキンライスみたいなやつ、おいしそう。
まずはビール、そして、いわしのグリル、バカリャウの何かを注文するものの、バカリャウは今日もうないということで、おっさんの言うとおりのものを1つ注文する。

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突き出しはパテとオリーブ、チーズ、もちろんパン。オリーブだけ手をつける。

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出てきたのは鯛みたいな白身魚のグリル。つけあわせはじゃがいもと人参サラダ。いわしも白身魚も、なんでもないグリルなのに、うまい。完璧な塩加減。レモン絞ってオリーブオイルたらすと完璧になる塩加減。焼き魚にうるさい日本人もうなる焼加減。ふっくらとした身。魚の身が加熱されることで、どうしても少しパサつく、それをオリーブオイルがしっとりと補う。

昼の店も、それから今後の店もそうだったのだが、ポルトガルのごはんのいいところは、前菜とかメインとか頼みかたに固執しない、そして、どうやって頼んでも、料理はテーブルのまんなかにおかれ、必ず取り皿が、言わなくても出てくる、というところだ。日本のごはんの食べかたに似ている!
スープの場合は誰かの前におかれるけど、でも、前菜ゼロでメイン1こでも、前菜1ことメイン1こでも、前菜2ことメイン1こでも、誰もなんにも言わないし、ふつうに取り皿が出される。ちょっとお高い店でもそうだった。
そもそも、メインのボリュームが結構あるので、メイン1こでも日本人女は満足する。
サッカー見てたおっさんやおばさんの手元のビールが空になると、何にも言わなくても次のビールが補給される。わんこそば方式?
試合は勝ったらしく、みんないい気分で帰宅していった。
庶民的で、いい店。

テレビの中継や、店の中でとびかうポルトガル語をきいて、スペイン語とはだいぶ違うな、と感じた。
ポルトガル語は世界1億9000万人が話す言葉だ。
スペイン語との最大の違いは、フランス語のRと同じ鼻母音(いびきかいてるみたいな音)かもしれない。これがスペイン語の巻き舌Rにはないやわらかさを与えている。スペイン語ほどアクセントが強くつかない気もする。
書き言葉はスペイン語そっくりなのに、発音はまったく違う。なんとなく東欧系の響きがある。Sの音が「しゅ」というやわらかい音に変わりやすいからかなあ。
書き言葉で面白いのは、多くの単語のLがRへ変化している点だ。例えば「白」を表すスペイン語のblancoは、 brancoになる。日本人がLとRを苦手とするのと同じように、ポルトガル人も間違えちゃったんだな、という感じだ。
ポルトガルの人口は1000万、ブラジルの人口は2億近い。南米スペイン語がヨーロッパスペイン語と異なるように、ブラジルで話されているポルトガル語も訛っているのだろう。ポルトガルは今後6年で綴りをブラジル風のものに変更する法案を可決したのだそうだ。『旧植民地での表記法に旧宗主国が従うという珍しい事態になっているが、これはポルトガル語圏におけるブラジルの圧倒的な経済的・文化的・学術的影響力を反映したものである。』とウィキペディアには書いてあった。実際、日本で発行されているポルトガル語会話集も、そのほとんどが、ヨーロッパポルトガル語ではなく、ブラジルポルトガル語のものである。

00:00 就寝。

明日へ続く

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13. august 2009

厭世家と岬②

8月1日

あたしは日本人で、日本に生まれてよかったと思っている。とりわけ食文化や、高度な言語と文字を我がアイデンティティの根源に持つことを誇りに思っている。日本人の特徴といわれる、どこかの群へ所属していたいという気持ちだって、ないわけではない。けれどもあたしはまた同時に天の邪鬼なので、群に属していると、そこから常に抜け出したい、「うきゃーもうこれで終わりバーカバーカさよならー!」と突如走り出したくなる。毎日、その感情と戦っている。
旅に出たくなるのは、そういう脱走欲を満たすためだ。ヨーロッパが好きで住みたい、という気持ちよりも、何にも属さない、日本にもノルウェーにもフランスにも中国にも属さない、常なる異邦人性、旅人というスタンスに憧れているからだろう、と、自己分析をしている次第である。尊敬する人物はスナフキンだ。ニートのカリスマ。

というわけで、年に何回か、あたしを知っている人のいない、選挙カーや駅のガミガミしたアナウンス、レベルの低い報道アンカー、全体主義、個人行動への恐怖と嫌悪のない、どこかよその土地へ行かないと、あたしは渇え続けることとなる。

当初の予定では、今年の脱走先はニューヨークとサンフランシスコ、だったのだが、某インフルエンザのおかげで上司から文句がつき、ヨーロッパならいいという意味のよくわからない意見のおかげで、半ばヤケクソでポルトガル&ノルウェーということになった。

あたしにとって旅は、計画5割、本番5割だ。どの航空会社を使おうか、どういう旅程にしようか、町のどんな場所に宿を取ろうか、考えているときこそ至福である。他人の旅程を検討するのだって楽しい。旅行代理店とかコーディネーター業を営みたいくらいである。路線バスの時刻表まで調べてあげたい。
今回の航空券は、「同日着が可能ないちばん安いところ」ということで、お馴染みのKLM。ホテルは「1泊5000円以下で冷房・テレビ・浴室つき」という条件によって選ばれている。

ポルトガルは、日本史好きの憧れの国の1つだと思う。ポルトガルと、それからもう1つオランダは、日本史にとって特別な国だ。今となってはどちらもヨーロッパの小国だが、15世紀から18世紀にかけては世界の覇者だった国である。栄枯盛衰とか、盛者必衰の理とか、そういう言葉がこの2つの国にはぴったりだが、しかしながらやはり高校日本史選択者・戦国ヲタク幕末ヲタクなんかにとっては、国名をきくだけでも、「あー南蛮...」「あー蘭学...」と、ちょっと遠い目をさせ物思いに沈ませる力があると思う。少なくともあたしはそうなる。

中でもポルトガルは大航海時代を築いた一等国であり、ヨーロッパから日本へきた初めての国であり、鉄砲伝来、キリスト教伝来、カステラ金平糖卵ボーロ、と、明治初年の文明開化以上の影響力だったのではないか、とあたしは思っている。

南蛮といえば織田信長。 織田信長は最初にワインを呑んだ日本人だといわれている。 大河ドラマではおなじみの、畳の上に南蛮渡来の椅子とテーブルをおき、傍らには地球儀があり、黒人奴隷を連れたルイスフロイスと謁見しながら羅紗の羽織を着た信長がクリスタルカットされたゴブレットで葡萄酒を呑む、あの葡萄酒はどこのものだったのだろう、と、ふと思った。ポルトガル産ではあるまいか。

以前にも書いたが、もしこの世にタイムマシーンがあったら、あたしがいちばん行ってみたいのは、16世紀の堺である。堺港にはヨーロッパ文化が流入し、黒人奴隷が歩き、銀の甲冑が「当世具足」として売られていた。商人による共和制は信長に脅威を感じさせていた。その様はまるでヴェネツィアのようだっただろう。それが見たい!
で、堺をそんなふうにしたのが、ポルトガルなのである。行ってみたい国の中でもかなり上位だったこの国に、今年、ようやく訪れるチャンスがきた。半ばヤケクソ気味に決まったとはいえ、かなり楽しみだった。南蛮である!

ポルトガルは今やヨーロッパの最貧国の1つである。国内総生産はEU平均の7割しかない。ギリシャがEUに加盟したのを、どこよりも喜んだのがポルトガル、というジョークがあるが、これはおそらくジョークではなくて半分以上真意なんだと思う。今までバカにされてきたポルトガルはギリシャの加盟によって最下位を脱出できたため喜んでいるわけである。 そんな国だから、ホテルはかなり安い。去年のギリシャよりも安い感じがする。観光国・ギリシャの夏ベストシーズンはちっとも安くなかった。

ポルトガルとノルウェーのつながりも興味深い。
ポルトガルの名物料理はバカリャウ(干しダラ)を使った料理ばかりだ。この干しダラ、500年前から、輸入をノルウェーに頼っている。
ハンザ同盟、という名を世界史選択者は知っているだろうが、これは乱暴にいえば、現ドイツを中心とした北ヨーロッパの商人が、北でとれるタラと北ではとれない小麦を貿易するための同盟である。
つまり、ポルトガル帝国の名物料理はノルウェーの漁場に支えられていたわけである。 もっとも、タラの値段よりも小麦の方が高く、またノルウェーではつくれないワインの輸入もあったりと、貿易収支は常にノルウェーが赤字だった。その借金の記録が、ノルウェー第二の町・ベルゲンのハンザ博物館には残されている。
田舎者ノルウェー人は都会のドイツ人にとってもポルトガル人にとっても、いいカモだったに違いない。

実はあたしは、今から10年ほど前、ポルトガルに行ったことがある。ポルトガルの入国スタンプもある。
というのは、マカオのことだ。
香港から船で1時間の、その町は、香港とはまったく違っていた。 ちょうどこの前年に香港がイギリスから中国へ返還されたときだった。
あたしは香港に植民地の香りを見いだしたくて訪れたのだが、想像していたよりもずっと中華の文化的威力はでかく、イギリスの香りなんて全然なかった。コロニアルと大英帝国を感じたのは唯一、ペニンシュラホテルの中だけだった気がする。
でも、マカオは違った。コロニアルだった。香港からそんなに離れているわけじゃないのに気候まで違うかのようだった。香港の街中の、あのもわっとしたアジア独特の湿っぽい暑さではなく、抜けるような青空と日差しだった。ただしこれはあたしが行った日の天気がそうだっただけかもしれない。けれど、白や黄色、レンガ色の町並みの鮮やかさは、明らかに香港と違っていた。
人々は中国系が圧倒的なのに、まるでディズニーランドのような感じで、建物が西洋、南蛮、ポルトガルを主張していた。ヨーロッパを感じた。香港よりもずっと、植民地を感じたのはマカオだった。
帝国主義と植民地支配を肯定するわけでは決してないが、でも政治的・人権的なことを抜きにして、「コロニアル」というやつはなかなか魅力的である。
シンガポールや香港、マカオ、あるいはアルゼンチン、モロッコなど、土地の自然な空気、民俗性と、ヨーロッパ文化の人工性が混じりあった文化は洗練されすぎていなくて、それがまたオシャレだ。異国情緒というやつが5割増しになる気がする。

などなど、頭の中の引き出しをあっちもこっちも開けて、いろんなことに思いを馳せながら、あたしは07:00に出発した。
利用するKLMは大好きな航空会社だ。シンボルカラーの水色も、機内食も、アムステルダムのスキポール空港も好き。代理店を通さずにチケットを購入しても値段が変わらない、それどころか、今回なんて代理店よりも安かった、というのも好き。オンラインチェックインができるのも好き。
ところが、そのオンラインチェックイン。前日にチェックインし、好みの座席を確保しようとしたら、まだ24時間以上前なのに、まったくもって空席がなかった。真ん中の席の真ん中ばっかし!
空港でなら他の席が選択できるかもしれない、と思い、チェックインを完了しないまま出発した。しかし、空港でもだめだった。地上職員のおねーさんにきいても無理、とのこと。なんだよ、なんのためのアーリーチェックインなんだよ。
そしてこの、地上職員の感じが非常に悪かった。今までそんなこと感じたことないのに。大して忙しいわけでもないのに余裕がなくてピリピリしていて、まわりにいたおばちゃんたちも「なんなのこの人ー」という感じで、ちょっとひいて見ていた。

バッゲージドロップカウンターのお姉さんはいい感じだった。

パーマンらしき物体の絵が描いてある封筒がカウンターにおいてあったので「かわいいので写真を撮ってもいいですか?」ときくと「どうぞー。それは機長へのお手紙が入ってるんですねー」と言って笑っていた。

恒例行事のねぎと(以下略)である。これがなんと! 10時までの朝食セットに登場。人気があるとみえる。あたし以外にも、4人組の白人が全員ねぎとろ丼を食べていた。

11:15 ほぼ定刻で出発。機体は古く、パーソナルテレビもなし。離陸と同時に上の棚が開いたり、ランプの部分が落ちたりしていた。アエロフロートの国内線みたいだなあ、と思いながら「写真撮っちゃいましょうかね」と、隣の人と話していると、パーサーがやってくる。一瞬ギョッとした顔をしたけど、バチンとたたいて押し込んだら、それ以来全然問題なくなった。力技が通用する機体であった。
右側の日本人女性は、仕事しながら毎年夏にピアノのサマースクール受けにドイツへ行くという26歳の方。今年はハンブルク近郊だそうだ。妹がモデルということや、テレビに出たことがある、ということを自慢そうに話す、つまり、ギョーカイに絡んでます、って雰囲気を発する人があたしは基本的に好きではないのだが、そこにとらわれずに楽しく話せる人だった。
左側のご夫婦は、ドイツのリューベックで音大に通っているピアニスト一人娘に会いに行く、という方々。意外なピアニストつながり! しかも右の女性は従姉妹がノルウェー人と結婚してノルウェーにいるので講習の後に会いに行くらしい。なんという運命的なつながりなのでしょう! と、よくしゃべった11時間だった。途中5時間くらいウトウトして、あっという間にアムステルダムへ到着。

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ごはんは、ますます気合いが入るKLM。パッケージも、カトラリーや食器のデザインも、どんどん変わる。どんどん素敵になる。新しいことをやってる。パッケージに数独つけたときもかっけー、と思ったけど、素晴らしい。
洋食のパッケージはオランダ名物デルフト焼きの白と青。

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中身はチキンのクリームパスタ、かにサラダ、ブラマンジェのようなムース。

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和食はホテルオークラプロデュース(おそらくアムステルダムにあるホテルオークラであろう)で、ごはんと肉じゃが、うどん、炊き合わせ、オレンジゼリー、だった。パンはもちろん温めてある茶色パン。右のピアニスト姉さんと話し合って別のものを頼み、両方の写真を撮らせてもらう。 初めてKLMに乗るという3人に、自慢気に「アイスやヌードルが出ますよ」とか「パッケージは秀逸ですね。外観と中身と、両方写真にとらねば!」とか、キモいKLMヲタクぶりを発揮。

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2回目のライトミールもちゃんとあたたかい。

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ヌードルボックスのような箱に入ったトマトパスタと、ケーキ、フルーツ、唐揚げサラダだった。おいしいなあ!

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機内食の経費削減がどんどん進む他社に比べて、食前酒・食後酒の充実しているのもKLMの特徴だ。あたしの大好きなカンパリやコアントロー、そしてアイリッシュクリームのベイリーズがあるのがうれしい。
食後酒という食文化が、あたしは大好きだ。日本にはない文化じゃなかろうか。ちょっと重くて甘い酒を少しのむ、というのは、あたしの好きなデザートの形態である。
食後ってどうしてか甘いものがほしくなる、あたしだってなるのだが、そのとき、ケーキやフルーツではなく食後酒があると最高。
ピアニスト姉さんは当初トマトジュースから始めようとしていたのに、のめるクチだったらしく、結局二人してビール→ワインときて、フヂマリが食後にベイリーズを注文すると「なんですかそれ」と言うので「のみますか?」と、まわし呑みまでする仲になっていた。

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機内販売にはフェアトレード(発展途上国の製品を安値ではなく先進国と同じ値段で買うことで支援しようとする貿易活動)のチョコレートも登場。

15:30 予定時刻より少し早く到着。
機内でも気になっていた、全身まッピンクの女、そんなに若くない、あたしより1つ2つ下くらいの女、ピンクのカチューシャ、ストレートの黒髪、中肉中背のブス、スカートも靴もタイツもピンク、斜めがけのポシェットも手荷物カバンもピンクの女、が降りてきた。聞き耳をたててみると、ワルシャワに行くと言っている。何をしに行くのか非常に興味がある。

乗り継ぎに5時間を持て余す。
勢いで入国して、電車で中心部へ向かってみた。市街まで20分ほど、電車も10分に1本はあるので、コロッケを食べてビールを1杯くらいは呑めるだろう。

入国管理の兄さんが暇だったらしく、からまれる。
「コンニチワ」 と日本語で言われるのは、スキポール空港、いつものことなのだが、それだけでは済まず。
「なにしにきたの?」
「……5時間ある乗り継ぎの暇つぶしに」
「これからどこ行くの?」
「リスボンです」
「どこのホテルに泊まるの?」
「(お前に言ったってどうせわかんないだろーが)……名前覚えてないけど取ってあるっす」
アムステルダム空港の管理官たちのおもしろいところは、みーんな日本語で話しかけてくるところだ。「こにちわ」「にもつみせてくらさい」「ありがとさよなら」「げんきれすか」とか。あれは日本人だけに対してなのか、それとも他の国の人にもその国の言葉で話しかけるのか、確認するのを忘れた。

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アムステルダムの街をぐるりと散歩して、カフェのテラスでビール1杯のむ。

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たかがそれだけでも、空港の中にいるよりずっといい。

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旅は技術だよなあ、と感じた。ちょっとしたことが可能か不可能か、というのを知る経験値が必要なのは、現実世界でRPGやってるみたいなもんだ。フヂマリは特に経験値稼ぐのがヘタなので10年かかって、ようやくこの程度だ。

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オランダ名物の自販機コロッケと、甘いマヨネーズがたっぷりかかったフライドポテトも、もちろん食べる。

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お金を入れるとガチャリと開く。

街中でフワフワマフラーや、ピンクや紫のカウボーイハット、そしてでっかいサングラスといった、ゲイっぽいコスチュームグッズをやたら売ってるなあ、と思ったら、今日はプライド(ヨーロッパで大々的に開催される愛<と書いてゲイと読む>と平和のパレード)の日らしい。アムステルダムといったら本場! さぞかし華やかな夜になるのだろう。いいなあ。
前にストックホルムとオスロで遭遇したことがあるけど、アムステルダムっていったら大都会だもの。見たかったなあ。
アムステルダムの街にめぐらされている運河にもはびこるゲイ! 船にスピーカー積んで半裸で踊り狂っていた。これを「ズンドコ舟」と命名。とっても素敵だった。
テラスでビール呑んでると、向こうのほうからズンドコとユーロトランスな音がきこえてきて、ズンドコ舟がドンブラコと流れてきて、まわりのみんながそっちを見て、見られると姉さん兄さんたちはますますはりきって踊る。いい天気で、とても平和な光景だった。

空港に戻り、天井が高くて素敵なハイネケンカフェで、またもビール。おつまみの山盛りチーズも頼む。
オランダの、クセのないセミハードチーズに、すっぱいマスタードをつけて食べるという方法は、とてもおいしい。チーズにマスタードがたっぷり添えられて出てくる国を、オランダ以外にあたしは知らない。固有の文化なのか、フランスなどにもあるのか、わかんない。

定刻の21:00を結構過ぎて離陸。リスボンへ。KLMのヨーロッパ内路線を「City Hopper」という。小さな機体を使うことが多い。この名前、軽くてかわいいなあと、いつも思う。

短いフライトなのに、お菓子も配りに来る。

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クッキー、チョコレートバー、飴、クラッカーが、ちょっとかわいい白い箱に並んでいて、好きなだけ取らせてくれる。こういう、ちょっとしたことが本当にKLMはうまい。いやなのは今朝の成田の地上職員のおばさんだけだ。あれはなんだったんだろう。

22:50 ポルトガルはリスボンに到着。
街まで6kmと、非常に近いところに空港がある。着陸態勢から着陸まではまるで不時着の如し。建物のギリギリ上を飛んでいるように見える。
寒い!
タクシーでホテルへ。
下町どまんなかにあるホテル。簡素だが清潔。洗濯物のいいにおいのするホテル。フロントのお兄さんも英語上手なバイト学生風でやさしい、やわらかい、いい感じ。
レストランが開いている地区を丁寧に教えてもらうも、めんどくさくなりマクドナルドへ。土曜なのに食べもの屋が閉まるのが早いのはオスロと同じ、いや、オスロ以下かもしれない。

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マクドナルドでビール売ってるのはいい国。イタリア、スペイン、そしてポルトガル。フランスも売ってたような気がする。北ヨーロッパにはないマクドナルド文化だ。
チキンラップとビールが夕飯。でも今日呑んだ中でいちばんおいしいビールだった。よく冷えていて苦くてさわやか。おいしい!

01:20 道に迷いつつ、清掃後の水まきされた道で滑りつつ、ホテルへ帰宅。

明日へ続く

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30. juli 2009

厭世家と岬①




余談~もちものについて~

ひとの旅の持ち物の話は、ひとの夢の話くらいつまらない、という人も多いが、あたしはわりと嫌いではない。
持ち物というのは、その人の個性がバリバリ出る部分なので、「参考になれば……」というようなことを言ってるやつが嫌いだし、参考にしてうまくいったことがあんまりない。うまくいくはずがないのだ。「季節の服装を参考にしたいから」とか言い訳するやつもいるが、寒いのが大好きなあたしと、あなたと、一緒なわけがないのである。
要は経験値と学習能力である。行き先にもよる。
けれども比べてみるのは面白いから、試しに対象と並べてみた。自分の場合と比較してみると、その人がどんな旅を構成したいのかが、なんとなく見えてくる。
左から、チキュウノアルキカタ、k.m.p.という旅エッセイスト2人組、そしてフヂマリの持ち物リストである。

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では、行ってまいります。

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20. januar 2009

燃えよ甘栗④

30日 火曜日

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今朝も平日の朝から面白い番組がやっている。「漢之演芸場」は、その名のとおり、男しか出てこない雑技で、なぜか全員軍服。観客も全員軍服。その状態で、すんげー難易度の高い玉乗りとか、肩にかついだ竹の棒に人がよじり登って垂直回転するとか、高速帽子投げとか、やる番組だった。これはホンモノの軍人さんたちなんだろうか? 中国国防軍は、人民解放軍は、こんな訓練ばっかやってるとでもいうのだろうか?

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もういっこ、面白かったのは、高齢者スター番組。高齢者ばっかりのダンスグループが次から次へと出てきて、踊ったり歌ったり朗読したり小芝居したりする番組。グループが出てくると、テロップで、そのグループの平均年齢と最高年齢が表示される。それが高齢者だからとバカにするなかれ。かなりキレのいい踊りをするのだ。衣装にもちゃんと凝っていて、宝塚的な羽根を背負ったのや、真紅のセーラー服、スリットの深いチャイナドレスなどなど、それはそれは艶やかなのである。おっかしー!!
この番組、高齢者の保険料を低減するのに、いいかもしれない。歌って踊って、華やかなドレスを着ることに、ジジババが憧れて、「あたしも出たいわ! こういうのやりたいわ! ねえ隣の山田さん、一緒に出ましょうよ~」と励むようになれば、かなり健康的な高齢者が増えるんじゃないだろうか。

本日、快晴ナリ。風がかなり強いために、空気中のスモッグが飛ばされていったのだろう、モンヤリとした視界ではなく、スッキリと晴れ渡っていた。
10:00 出発。今日は市内北方の大好きな町並みを、ひたすら歩くことにする。

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まずは開封の有名な灌湯包屋で朝食。灌湯包は小籠包の仲間で、薄い生地の中に、たっぷりの肉汁と肉餡が包まれている蒸し物。1つの蒸篭に12個くらいのっている。いっくらでも食べられるくらい美味しい。海鮮や肉の餡4種がミックスで包まれているやつと、さっぱりとした野菜と卵の餡のやつを頼む。それから皮蛋の冷菜、胡瓜の浅漬け。お茶は茉莉花。

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うんめー! 包子よりこっちだな、やっぱ。包子は1籠5元ので充分。天津の名店なんて大したことなかったぜ。道端の、なんでもないやつが充分美味いのだ。すんげえなあ中国。中華料理は世界最強だと思う。イタリアンとかフレンチなんてメじゃねえ。
灌湯包にかぶりつきながら外を見ていると、犬が自分で片道3車線の大通りを渡っていった! ちゃんと左右の車の流れを見ていた! すげー!! そして、おしっこして戻ってきた。

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何軒かシュークリームを売る店を、おとといから見かけていたので、買ってみる。レモンクリーム、アンズクリーム?、それから原味(オリジナル)、少し高い特別味と、1つずつ買う。特別味ってやつは、なんだか表面がフワフワカリカリしていて、なんだか牛肉のそぼろ佃煮とかデンブみたいだなあ、と思っていたのだが、一口食べて大爆笑。牛肉でんぶがのってる!! 冗談が本当になった! なんたってたこ焼きにシロップやらチョコレートソースやらかけるような国だからな。何が起こってもおかしくはない。しかしこれ、あたしは意外と好きだ……。甘いしょっぱいの絶妙なコンビネーション……。認めるのは悔しいが、あたし的にはアリ。それよりも、うそ臭いバニラ味のクリームのほうがイヤだった。ちなみにレモンクリームは洗剤の香料のにおい。

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涼宮さんでしょうか。

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包子屋さんでも肉まんを1こ買ってみる。豚肉のいちばんスタンダードで安いやつ。1こ0.6元(8円)。あーのさー。本当にこれでいいんだけど。昨日のやつの1/20くらいの値段で1こが買えるのに味が大して違わないってどうよ。安いものがちゃんと美味い国はすんばらしい!
さらに、イスラム系の菓子屋で、薩摩芋チップスの飴がけを買う。棗や干しぶどう、胡桃なんかも一緒に和えてあって、美味しそうだった。量り売りだったのでお姉さんに「ひとつかみ!」と、ジェスチャーすると、わかってもらえた。

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ラマ寺院前は仏具屋が並んでいる。でも店頭にはクリスマスツリーも並ぶ。平和だ!

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孔廟付近の胡同は、よく残っていて、おしゃれカフェや、ちょっとしたセレクトショップみたいなのが増えていた。こういう残しかたを、あるいは、こういう古い家屋の使いかたを、かっこいいと感じてくれるようになったら、中国は、もっとステキな発展をするだろうに。

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鐘楼のあたりは観光客でびっしり。でも、人力車の客引きには引っかからなかった。あたしが乗らなくても他の人が大勢乗っていたからだろう。

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このあたりは、もともと科挙試験のための大学街だった。今でも、この通りにある小中学校はエリート校だし、こういう小さな塾もある。

故宮の北西に広がる湖・后海のほうまで出てみる。
旧暦で正月を祝う中国は、まだ学校が普通にあって、1月1日だけがお休みなのだそうだ。小学校では1年生くらいが、若い男の先生と、非常に厳しく行進の練習をしていた。「右向けー、右!」「いち、に!」の掛け声は日本と一緒だ。門の前からずうっと見ていると、どこの国のどこの学校にもいる、わんぱく坊主がこっちに気づき、チラチラと見ては笑っていて、先生に怒られていた。

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今どきの日本で、これが何かをわかる若者は、西岸良平のファンか自殺志願者だと思う。
答えはもちろん煉炭。中国では今なお一般的に使われている。

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后海は例年どおり凍結! 平日なのにたくさんの人がスケートやそりをしていた。昔はタダだったのに入場料がかかるようになっていたのだが、あたしも降りてみる。
学校の椅子を改造してつくったようなそりとストックを借りる。他にもスケート靴や氷上用自転車そりなどもある。

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謎の生き物(羊のようなヤクのような何か)がひいているそりもいる。
湖の真ん中には島があり、その周囲にはスナックや駄菓子、おもちゃを売る出店が並んでいる。たーのしー。スモッグじゃない快晴の青空で、少し夕方になりかけていて、鐘楼と鼓楼が見えて、多くの人がにこやかに遊んでいて、なんて美しい風景だろう。

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15:00 老舗乳製品菓子屋でおやつ。この、中国製乳製品が危険だというニュースに溢れている時期に乳製品ばっか食べているな、今日は。
チーズでできた練り菓子、杏仁豆腐、チーズとヨーグルトの中間みたいなものを食べる。うんめー! 伝統のお菓子で華やかじゃないけど、美味しい。練り菓子の中はゴマといちじくの餡。杏仁豆腐のシロップはキンモクセイで香りがつけられている。

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歩いて景山公園へ。
公園内にある小山の上のあずまやから見下ろす故宮は素晴らしすぎる。涙が出続ける。夕方になってモンヤリとした空気が戻ってきたのが、景色によく合う。周囲がどんどん開発され、高層ビルになっていっても、故宮はその雰囲気にのまれることなく、そこに在る。圧倒的な存在感だ。故宮だけが、誰もいないかのように、ひっそりとしていた。屋根が広いために、入場客が見えないからかもしれない。

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ここから見れば、胡同のぶち壊しなんか忘れ、美しい街だと、心から思える。
景山公園は、さすが観光名所、中国人ドイツ人フランス人日本人と、たいそう多くのツアーが入っていた。
いったいどれほど、あずまやにいたか。日が暮れてきた。さあ、予約した北京ダック屋に行かなくては。

下山するも、なかなかタクシーが拾えない。
18:00 前門へ、ようやくたどり着く。店は18時に予約をしているのだけど、まあ、「時間どおり」という言葉を知らない中国人の店だ、大丈夫だろう。と、靴の買い足しを急いでやる。

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結局頼まれた分+自分にもう1足、購入する。
胡同の中にある北京ダック屋へ。
北京ダックを頼もうと思ったのだが、たっかい!!! 老舗の名店と言われる店の1.5倍くらいするのだ。もう持ち金がないので、「この店に来て、ダックを食べないなんて!」と言われながらも、断る。だって、前はこんなにしなかったもん!! 以前の2倍以上の値段になっていた。

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代わりに頼んだのは、海老と胡瓜の塩炒め、胡瓜の浅漬け、アヒルの水かきの芥子和え、アヒルの腸と香菜の炒めもの、茄子のあんかけ炒め、そして食べてみたかった抜糸地瓜(薩摩芋の飴がけ)。
これら料理は、ごく普通の値段ではあるけど、安いわけでもない。他の人の頼むのを見ていると、確かにアヒルは他の店のものよりもでかいけど、でもなあ、すんげえ高いよなあ。
どれもこれも、うんめー。
アヒルの水かきの、コリコリとした食感も良かったし、腸の炒めものの、濃い味も美味しかったけど、いちばんは抜糸地瓜。

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これは、中華料理のデザート的一品。つまりは大学芋みたいなもので、ぶつ切りにした薩摩芋を素揚げにし、そのあと飴がけにしたもの。定番である。自分で何度もつくったことはあるが、中華料理屋で食べたことはなかった。だから、ホンモノはどういうものなのか食べてみたかったのだ。大学芋はシロップのような飴をからませるが、抜糸地瓜は表面がカチカチになるような、本当の飴がけにする。そしてとにかくアツアツのまま出てきて、一緒に出される水盆の水に通して、食べるのだ。水に通すことで、表面の飴は完全に固まってカリッとし、そして中はホックホクのアツアツに、なるのである。その食感が、この料理の楽しみの1つ。
料理の皿と一緒に、本当に水盆が出てきて、うわー本当なんだ、と嬉しくなる。
中華料理は飴がけが大好きである。だから、どの料理人も、きっと上手なんだろう。サンザシの飴がけなんていう駄菓子ですら、飴がけの飴が、高温すぎて苦くなったり、低温すぎて固まらない、なんてことは絶対ないし、いつも、どこで食べても、同じく薄茶色のきれいな飴がけになっている。
飴は、ほんの10度の温度差で形質が変化する、超科学的食品である。シロップも、結晶化も、ツヤツヤとした飴も、それから苦くて美味しいカラメルも、全部温度の差だけで出来上がる。こいつが難しいんだなあ。あたしは、なかなか完璧に制御できない。中華の料理人は当然完璧である。
パリッホクホクアツアツ、という食感がやみつきだった。薩摩芋も甘くてうめー。

この店、気に入っていたのだが、外国人多し、値上がり多し。有名な観光地になった。胡同の迷路の中にあって、人を連れて来るには、面白くて美味しくて良いかもしれないが、もう来ることはないかもしれない。他の美味しくて安い店を探そう。
崇文門まで歩いて、でっかいスーパーへ。カードで駄品をさらに買い足す。

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買ったのは、いつもどおり、こういった駄品。
レシートにサインをしたはずなのに、うしろからレジのお姉さんが追いかけてきた。???と思っていると、なにやら言っているが、さっぱりわからない。「あーどうしよう!」とお姉さんは言っているんだと思うが、しばらくあーだこーだとジェスチャーするのから推測するに、あたしがサインするレシートが間違っていたらしい。もう一度サインをして落着したけど、めんどくさいよね、外国人って。ごめんね。
スーパーマーケットに入るには、大きな手荷物をロッカーに預けなくてはいけなかったので、持っていた靴を全部預けたのだが、それを全部忘れてきたことに地下鉄の駅で気づく! 地下鉄に乗る前に気づいて本当に良かった。

21:00 地下鉄で戻ってきて荷造り。
昼間買ったさつまいも菓子は、見ためほど美味しくなかった。夕飯に食べた抜糸地瓜が美味かったからなあ、どうしても劣ってしまう。
またしてもテレビを点けっぱなしにすると、ドラマで「二哥(アルグオ:二番目の兄さん、の意)!」という呼びかけを耳にする。本当に、そういうふうに言うんだあ、と嬉しくなる。創竜伝の世界だ。

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これは「おネエMAN'S」とまったく同じコンセプトのファッション番組。コイツがどうやらおネエ系コーディネーターらしい。

この5日間歩いただけの感触だが、町並みはまだまだ残っている。前門だけが北京なわけじゃないのだ。変化と、伝統と、両方がきちんと同じくらいの力をもって拮抗している街になると面白い。いい街になるといいなあ。



31日 水曜日

6:30 出発。
ホテルのデポジットは、もちろんちゃんと返ってくる。そのときに、184元返ってくるのに「16元ある?」というのは日本人と中国人くらいだ。つまり、16元あたしが渡せば、200元きっかりにして返せますよ、ということなのだと思うのだが、ヨーロッパでは絶対にこんなこときかれない。っつうか、そんな計算できない。まあ、日本でも客に対しては、あまりやらないかもしれない。

最近はだいぶ変化してきてはいるけれど、中国ほど客と店員の関係が適当なのは、なかなかないだろう。投げやりな店員の態度に、初めて北京に来たとき、とっても驚いたのを覚えている。彼らにとってサービスを与えるということは、その場の雰囲気なんかは考えなくていいのかもしれない。客が心地よい空間をつくろう、なんてことは考えないのかもしれない。例えば、皿を片づける、とか、料理を運ぶ、とか、その役割さえ果たせばいいんだろ、だって俺の仕事はそれだけだもん、という空気が露骨に出ている気がする。それは店員の数の多さと関係している気がする。人件費が安いから大勢雇う、雇った人数が多ければそれだけ暇になる。与えられる仕事が暇だったり面白くなければ、自分の存在意義がないじゃん、って思うようになるだろうし、どうでもよくなるだろう。
繁盛している店の人は、どこか生き生きとしているように見える。それはやはり、その店のその場に、その人の存在意義があるからなんじゃないかなあ、と感じる。

北京はタクシーが安いので(政府の政策なのだそうだ)、バシバシ使える。今日も、タクシーで空港まで行こうと思っていたのだが、オリンピックに備えてつくった「エアポートエクスプレス」とやらに乗ってみることにした。地下鉄で東宣門まで行き、そこから乗り換える。新しい駅、新しい車両。ターミナルまで20分ほど。

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ちょうど日の出の時刻で、車窓から美しい朝が見えた。ホテルを出てくるときはまだ真っ暗でわからなかったけど、今日も快晴だ。
空港でのチェックインはするりと終わる。残ったお金をかき集めて、キウイジュースとハムのサンドイッチを食べる。

搭乗ゲートのそばの席に座って食べていると、後ろには日本人の初老の夫婦が座った。おばさんと、その夫は、おみやげを誰に買ったか、という話をしていたのだが、おばさんは「○○さんは一度もお土産をくれたことがないから、あたしも買わなくていい」とか「□□さんはこないだ××へ行ったのに、あたしには教えなかった」とかいう話を延々としていた。こえー!! 笑いをずっとこらえながらきいていた。あたしも、そういうふうに言われているんだろうかなあ。
前にも書いたが、あたしはおみやげをあげたりもらったりするのを中途半端にできなくて、いつも難しいなあ、と思っている。昔は努めて、おみやげを買おうとしていたけれど、最近は、お金もないし、そんなことに腐心する時間があったら見たり歩いたりしていたいので、全然考えなくなった。いいなあ、と思ったものがあれば買うが、チョコレートとか、ご当地ポッキーみたいなのを義理で買うことはない。「貧乏で何もないの」と言うことにしている。おばさんは、そんなあたしを気に入らないんだろうなあ。ま、気に入られたいとも思わないが。
おばさんは、搭乗開始のアナウンスと同時にすばやく立ち上がり、まっさきに乗ろうとカウンターへ向かっていた。夫はごく普通の人だったんだけどなあ。しかしこれが、世の中のマジョリティなのかもしれん。

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まだ少し暇だったので、元バレエダンサー・小林十市の真似をしてジャンプ写真を撮ってみる。彼はブログに、浅草寺とか、池袋駅前とか、スーパーマーケットの入口とか、ホテルのベッドの上でラーメン食べながらとか、いろんな場所でセルフタイマー撮りしたジャンプ写真をたくさん載せている。それがどれもかっこよくて、真似したかったのだ。試しに写した、いちばん最初のやつがいちばんきれいに撮れていた。当然、華麗なるグランジュテ、とはいかないけどさ。

今回持ってきていた本は渡辺一枝の『チベットを馬で行く』だった。これは、今年のあたしのベストオブブックスだ。翻訳部門ならアマンダヘッサーの『アマンダ、恋のお料理ノート』。どちらも今年発売された本ではないのですが。
はからずも椎名誠一家の本に魅了された1年だった。『アマンダ~』の訳者は椎名誠の娘・渡辺葉だし、『チベット~』の作者は彼の妻だ。
自分で行くには、チベットも、大好きな冒険家・野田知佑がよく行くカナダも、まったく興味がないところなのに、旅行記として本を読むなら、あたしはなぜか、そういった辺境を好む。
チベットの本を中国に持ち込むのは面倒なことになるかなあ、とは思ったのだが、表紙だってカタカナで書かれているのを読めるわけないし、大丈夫だろう、ということで持ってきたのだった。

9:30 ほぼ定刻で離陸。90%くらいの搭乗率。
日本語の本を読んでいたというのに、お姉さんはわざわざ中国語版の税関申告書を取りに戻り、あたしにくれた。うーん謎だ。その後も、飲みものは中国語、食べものは英語できかれた。きかれたとおりの言葉で答えておいた。
いっつもそうだけど、啤酒(ビール)が通じない! なぜだ!? 「ピージウ」という発音ではないのか?
飛行機に乗っているうちに悪寒がしてくる。どうやら風邪を引いたらしい。昨晩、ぬるいお湯しか出ないのに風呂に入ったのが原因かと思われる。悪寒と頭痛。頬が火照っている。
エアチャイナは、飲みもののお茶うけというか、スナックが出ない。
食事は、牛丼みたいなあんかけビーフと、同じくあんかけで生姜味のダック。日本語ではカモと言っていたが、たぶんアヒルだと思う。中国料理では、ほとんどカモを使わない。だから中国語で鴨という字はカモではなくアヒルを指す。
前菜は切干大根(としか言いようのないもの)、デザートにチョコレートケーキ。行きも帰りもまずい。

13:30 成田着。東京も穏やかな快晴。
大晦日だというのに風邪とは!

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15. januar 2009

燃えよ甘栗③

29日 月曜日

朝、再びフロントで尋ねてみる。その場でマネージャーに電話連絡を取ってくれ、キャンセル料を払わなくても良いということになった。嫌な空気にもならず、あっさりと話が通った。
さっそく部屋のインターネットでホテルを探す。このホテルと同じ値段で探せば、いくらでもある。日本のツアーでいえば最低レベルのホテルランクだけど、あたしにとっては充分である。
直前予約で安くなっているホテルの中から、王府井の近くにあるホテルにする。
和やかに前金などを返金してもらい、大通りでタクシーをひろって、次のホテルへ向かう。運転手に名を告げ、住所すら見せたというのに、着いたのは一流ランクで似たような名前の「王府井飯店」。こ、こんな高級ホテルには泊まりませんよ! 抗議して再び住所を見せる。
10:00なのに、今日のホテルもチェックインできた。お金と前金を払おうとすると、なんと1枚、100元札が、わけのわからない国の「100」というお札にすりかえられていた。さっきのホテルだ!! 色も大きさもよく似ていたのでわからなかったのだ。
こういうとき、やっぱり気持ちが引き締まる。受け取った金は目の前で必ず確認する、相手に失礼になんかならないからしっかりと数える、ってのは基本ですよね。どのガイドブックにもこの種の被害が載ってるし、注意もある。あたしがぬるかった。うわあ、本当にこういうことあるんだあ、と楽しくなる。
しかし悔しいので、そういうことをするホテルの名前を出しておこう。北京の「CITY COURT HOTEL」です。他の四合院づくりのホテルよりは安く泊まれますが、公共交通機関から遠い、部屋が大変狭い、トイレとバスルームが寒くて臭くて水はけが悪い、そしてお札をすりかえるようなことをするフロントでもあります。
キャンセルへの腹いせなのかもしれないけどさー、うーん、くっだらねえ。

今日からの新しい部屋は少しタバコ臭かったけど、バスタブもついてるし、バスルーム臭くないし、広いし、文句はない。中心地、地下鉄駅から1分で昨日のホテルよりも安いんだからな。
ネットで見ていたときには、日本の格安ツアーなんかでも使用されているみたいだったけど、中国人客のほうが多そうだ。それでもフロントでは英語が少し通じる。
つい1時間前にネットで予約をしたので、フロントできちんと伝わるか不安だったのだが、問題なかった。ネット社会はすげえなあ!
部屋の窓を全開にしておいて外出。

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近くの蘭州ラーメン屋で遅い朝食。小道にある、ちっこくてぼろい店なのに、次から次へと客が入ってくる。相席になったくらいだ。
蘭州ラーメン、黍粥、包子を食べる。うめーなー!! 
蘭州ラーメンとは、いわゆる普通の塩ラーメン。具はねぎがちょびっとと、パクチーの刻んだのがちょびっと。包子は中に肉餡がほんのちょっと入ってるだけの肉まんだけど、うっめえ。これをラー油&黒酢につけてかじりながら黍粥をすするってのは、たこ焼き&ごはん、とおんなじ炭水化物祭りではあるが、美味いのだ。マジ、これで150円足らずだなんて、マクドナルドやピザハットに行く意味がわかんねえな。とは言っても、日本もおんなじではある。うめー納豆があるのに、朝マックとか言ってるのとおんなじだ。

バスで北京南站(南駅)へ。北京のバスは、バス停に停車駅がすべて漢字で書かれているので、乗るのに全然怖くない。
しっかしバスを降りても鉄道の駅がわからない。あるのはバスターミナルだけだった。バスターミナルのお姉さんにきくも、今ひとつわからない。書いてもらってもわからない。でも、「鉄道の南駅なんて、ないよ」とは言われなかったので、どこかにはあるのだろう。

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歩き回ると、目には見えてきた。超近代的な南駅。できたてほやほやの巨大駅である。しかし、どこからもつながっていないように見える。どうやったら、あそこまでたどり着けるのか、皆目見当がつかない。蜃気楼のような駅だった。周囲はまだ工事現場で、なーんにもないのだ。
円盤のような形の駅、周囲は工事でガタガタ、そしてさらにそのまわりには、オンボロの家が立ち並んでいる。これは、いわゆる直訴村の生き残りなのかもしれない。

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北京南站は、今年、オリンピックに向けてつくられた。それまでこの周囲には、「直訴村」と呼ばれる、バラック小屋の村になっていた。「直訴村」とは、地方で、農地を取り上げられたり、住む家をぶっ壊された人たちが、中央裁判所に訴えるために上京し、「直訴」するために宿泊する場所で、1泊50円にも満たないようなオンボロ宿や、きったない飯屋が立ち並ぶ場所である。むろん公的な施設ではない。つまり、そうやって上京してくる人々が多いために、そういう商売が成り立ち、徐々に村のようになってきたというわけで、訴えを起こそうという人々がいかに膨大であるかがわかる。

中国は中央よりも地方が腐っている。地方の共産党幹部は地元の土建屋などと結託し、金さえもらえば家や農地を取り上げることを許可すると言われている。その窮状を訴えるには、地方裁判所では意味がないのだ。裁判所だって結託しているからだ。中央まで出てきて願い出るしかないのだ。ない金を搾り出し、地域の貧しい仲間から金を借り、安いバスを乗り継ぎ、安い宿屋に泊まり、そうやってようやく訴えを起こす。その様子を昨年、NHKはドキュメンタリーにしていた。もう、涙なくして見られないドキュメンタリーだった。涙と鼻水まみれで、あたしは見ていたのを、ここにいると思い出す。
中央裁判所に訴えを起こしたからといって、勝訴からはほど遠い。中央政府は訴えを起こさせはするが、勝訴は絶対にさせない。それが一党独裁下における裁判というものである。政府が敗訴すれば同様の裁判を何千件と起こされる可能性がある。決して敗訴は許されないのだ。当然、裁判所へ中央政府からの圧力はかかる。だから民は、決して勝訴できない。そういう仕組みになっている。それでも、訴えを起こす数は増え続ける。
そういう場所である直訴村は、南駅建設の名目で、いっせいにぶっ壊された。これは政府にとってニンマリすることだったに違いない。一石二鳥というやつだ。
全部がぶっ壊されたのだと思っていたが、ここのように、一部はもしかしたら残っているのかもしれない。
トタン屋根の、戦後東京のバラック小屋のような家と、「1泊5元(75円くらい)」と書かれた宿らしき場所や、麺、パンを売る店、そして大勢の人がいた。
ここからも、あの、どこから入るのかわっかんねえ、でっかい南駅が見える。その姿は幻のバケモノのようだ。いる人たちは、ほっぺの赤い、ぼろぼろの外套を着たような人たちで、でも周囲は賑わっていた。その対比は、絵のようだった。

結局よくわからず、天津へ行くような列車は、こんなにわかりづらいわけがない、北京駅からも出るだろう、と、タクシーで北京駅に行ってみた。
「俺は急いでるんだ」だのギャンギャンうるせえおっちゃんたちに囲まれながらも、窓口のお姉さんはあたしの書いたメモに「ここからは京津鉄道は出ないから、南站へ行け」と美しい字で書いてくれた。やっぱ南なのか!
こうなったら意地である。意地でも南站へ行ってやる。今日、天津に行ってやる。タクシーで再び南駅へ。どこへ連れていかれるのか、ちょっとワクワクした。

フヂマリの中国語は通じるときと通じないときがある。特にタクシーで行き先を告げるとき。通じるときは一発で通じるし、通じないときは何度言っても通じない。そんなにピンイン(中国語のアクセント)は重要なのか、と毎回思う。通じないときは仕方ないので、ポケットのメモ帳に書いて見せる。
中国のタクシーは運転手の垢のにおい、体臭がする。このにおい、中国の飛行機に乗ったり空港に降りても感じる。体臭なのか、それとも、他の何かのにおいなのか。日本のタクシーの、ヘンテコ芳香剤のすっぱいようなにおいよりはマシ。

すると、タクシーでなら、南駅に入れたのだ! さっきまでいたところにタクシーは戻ってきて、その先の道をずうっと進み、超近代的な自動車専用スロープをクルクルとのぼっていったのだった。そうか、歩いては入れない駅なんだね! って、馬鹿野郎。アホか! それは駅なのか! 貧乏人は列車に権利すらないのか! でっけえバケモノに、タクシーの中から、あたしはずっと突っ込みを入れ続けていた。突っ込みを入れながら泣いていた。駅に入っていくのは自家用車かタクシーだけ。バスの姿すら見当たらない。公共交通機関が乗り入れない駅なんて!

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スロープは美しい曲線で、吹き抜けになったプラットホームの上を行き、鉄道の上から、2階の入口に到着した。なんて素敵な駅だろう。
空港のような、巨大で新品で美しい、かっちょいいデザインの駅。プラットホームの上を通って、タクシーが入口に横づけされるなんて、なんてオシャレなんだろう。でも、本当に1回迷ってよかった、と、心から思う。いきなりタクシーで来なくてよかった。観光客はどうせタクシーかなんかで来るから、周囲のボロい小屋や工事現場は見えないとでも思ってるんだろうか。
ツアーじゃなくて本当によかった。あの、工事中の広大な土地と、オンボロ宿街とを見ることができてよかった。
その美しい構内で、涙が出て仕方なかった。

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X線検査があるような駅は、中も、ドーム状の美しいデザインだった。

今回の北京で、ずっと考えているのは「オリンピックの批判は、東京オリンピックのときもあったのか?」ということである。
今回のオリンピックでは、特に欧米各国の新聞において、北京オリンピックの光に隠された影の部分が大きく報道されていた。中国政府のチベット抑圧政策のことから始まって、史上最高金額のお金がかけられているオリンピックであることや、中国の報道規制のこと、人権が確立されていない一党独裁国家であること、地方と都市部の格差、汚職大国の事実、民族差別、農民一揆、胡同のぶち壊しのことなど、次々と批判的なことが暴かれていた。それは、中国だからなのか、それとも東京オリンピックのときも、同じように批判的な目があったのか。
個人的な感触としては「中国だから、こんなに厳しい目が注がれた」というほうに近い。
日本は戦後20年で、焼け野原だった東京を完璧に復元した。もちろんそのときだって、悪どい土建屋がいただろうし、「騙された」と悔しがった民はいただろう。それでも日本は民主国家だった。政府の批判をしたって拘束されないし、死刑によって死んだ人数を隠したりしなかった。工事で死んだ人数だって隠さなかった。欧米各国のやり方にのっとっていたために、批判よりも「よくまあ20年でここまで発展をとげてオリンピックができるようにまでなったな」という賞賛のほうが多かったのではないか、と思うのである。けれども、これは、日本の新聞や記録から感じる感触であるだけなので、アメリカやヨーロッパの新聞報道などを読んでみないと、正確にはわかっていないかもしれないが。
中国では今なお、厳しい言論統制がある。報道規制がある。取材証がなければカメラを入れることができない地域がある。人権弾圧も激しい。言いたいことをすべて言える場所ではないのだ。拘束され、刑務所に入れられることだってある。
中国は世界でも有数の汚職大国である。中央地方を問わず官僚や共産党幹部は利権を私有化している。しかしそれを中央政府は認めていない。
中国では農民一揆の正しい件数や、オリンピック工事での事故数、死刑制度によって刑死した人数などが公表されていない。
中国はアフリカに多くの原油採掘権を持ち、自国から多数の労働者を派遣している。自国から労働者を連れてくるために、現地の経済発展にはつながらず、非常に評判が悪い。それゆえに、おそらく武装組織などに現場が襲われているのでは、と言われているが、そんなことは公表しない。それどころか、採掘による事故すら表沙汰にはしない。中国での報道は信憑性を常に疑われている。
こういった事柄は欧米各国から「前近代的」に見えるのだろう。それゆえに、今回叩かれ続けたのではないだろうか。
こういうことが、前述した共同通信社の本には様々に書かれている。それだけでなく、世界中で報道されている。おそらく事実だろう。
中国は自由の国ではない。それは、今の経済発展の姿からは考えられないくらい悲惨な状態である。
しかしながら、オリンピック期間中のバッシングを、中国政府は理解しているのかもしれないが、政府の報道規制によって中国国民へは、あたかも「欧米諸国は、急激な発展を遂げている中国を妬んでいるのだ」「自分たちで利権を独占しようとしている先進国が批判しているのだ」という印象を与えようとしてるのではないだろうか。立派な、そして完璧な洗脳だ。
なぜ、自分たちが批判されているのか、そのことを中国人の多くは知らないのではないか。そうして欧米各国と中国、お互いの意思疎通は、どんどんできなくなっているのではないだろうか。
北京オリンピックが批判され続けたのは、「アジアで行われるオリンピックだから」ではなく、「人権感覚の淡い中国で行われるオリンピックだから」であることを、わかっているのかどうか。いや、わかっているんだろう。わかってはいるが、その「恥」の感覚ゆえに、認めようとしないのだろう。
しかしそれにしても、いろんなことを比べるたびに、戦後日本の復興と東京オリンピックは奇跡だったな、と感じる。
日本は独特で奇異で奇跡的な例だった。戦後は、みーんな貧乏、それが、みーんなで発展して、みーんな中流となった。
GHQの受け入れにしてもそうだ。敵国を従順に受け入れ、アメリカ軍将校たちを打ち殺したりなんかしなかった。
この2点は奇跡だと思う。
アメリケは日本での、この成功に味をしめ、それが特別な、奇跡的な例であるということを理解せず、ベトナム戦争や現代のイラク問題を抱えることになっている。日本でおこなった方法は日本でだからこそ成功したのであり、国民性や背景を無視して、ベトナムやアフガン、イラクに置き換えることはできなかったのだ。それを理解しなかった。歴史から学ばなかった。

南站からは、北京の南方へ行く列車が出る。今日はこれから、天津へ行ってみることにする。
天津までは、これもオリンピックに合わせて、CRH(新幹線)が開通していて、時速300kmほど、20分で行ける。鈍行でなら1時間半ほどだ。

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この新幹線、開通当初は当日ではチケットが取れなかったらしいが、今日は普通に、15分後の列車が取れた。飛行機と同様に、搭乗時間が決められている列車だった。時間になると「○○番線からお乗りください」と放送が入る。その一つ一つがシャクにさわるというか、「なーに考えてんだよバーカ」という気分にさせてくれる。
同じ列車だった日本人の女の子たちは「すごーい、きれーい」と喜んでいたけれど、全っ然すごくなんかねー! マジ泣けてくる。直訴村の強制撤去が下地にあるのだ。
南站と市内を結ぶ地下鉄の工事は続いていて、近いうちに地下鉄で来られるようにはなるそうだ。あったりまえだ。先にそれをつくっとけ。
隣の席は、すんげー成金の中国人おばさん。わかりやすく真っ赤なカシミアセーターを着、真っ赤な毛皮のコートを着て、座席にふんぞりかえっていた。新幹線は高いので、こういう人やビジネスマンしか乗ってはいない。さっきバラック村で見たような人たちは、安い長距離バスや、鈍行の2等で上京してくる。
13:50 北京発。
車体はドイツ製。内装の木の感じも、ドイツの高速鉄道によく似ている。

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車内ではチベットの水のサービスがあった。それすら泣けてくる。あれほどチベット問題でオリンピック前はもめたんじゃないか。そんなことなど気にしないってことか。
小さなボロい村が窓からチラリと見えるたびに防音壁がその風景を覆う。このことすら、貧村を見せないための策略なのではないか、中国流の忌々しい「恥」の感覚ゆえなのではないか、と疑いたくなる。
しかしながら、考えてみれば、キャッキャと喜んでいる子たちと、ブーブー言いながら座席に座っているあたしと、結局金を払って豪華列車に乗って、豪華駅を利用しているという意味では同じである。そのことにすら落ち込む。
北京を出るとすぐに広大な野原、少し雪のあとがあって、いきなり大都会。それが天津だった。

14:20 天津着。

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いい天気。空気は北京と同じく、モンヤリとしている。駅前は未だ再開発中で、だだっぴろく、北京駅のような喧騒がない。車が入ってこられないようになっているからかもしれない。

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天津駅も新幹線開通に合わせて、すんげー新しくなっている。ホームに降りてから駅を出るまで10分はかかる。ムダに広い。

天津は北京に首都が置かれるようになってから発展した街で、北京の外港として機能している。ただし港町というには、海まで少々遠い。ここから40kmは東に行かなくてはならない。本当は行ってみたかったのだが、訊くと「バスで2時間くらい」と言われたので諦め、街の中を歩き回ってみることにした。
天津ときいて日本人が思い出すものは2つ。天津甘栗と天津飯だが、どちらも実際には存在しない、日本の名物である。
天津甘栗は、ここ天津港から栗が日本へ輸出されたために「天津甘栗」という名前になったのだそうだ。天津は栗の名産地ではない。天津飯は確か、横浜中華街かどこかの中華料理屋が初めて出した料理で、その店の名前が「天津」だったはず。
天津の名物は包子。中に肉餡を入れた肉まんだ。

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天津の街も、ものすごい大開発中だった。北京と同じく古い胡同がどんどん壊されていて、ワッシワッシと高層ビルに生まれ変わっている。

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もっとゴチャゴチャしているところを想像していたショッピング街も、道の両側は小奇麗な店舗になっていて、ナイキとかアディダスとか、あたしが覗きたいとも思わない店ばっかになっていた。
唯一覗いたのは、ちっこい中国菓子屋。杏仁蘇(アーモンドクッキー)や餅などを量り売りにしていた。店内は中華菓子独特のラードとアーモンドパウダーの香ばしいにおいでいっぱいだった。どれも美味しそう。客もよく入っていた。顔の大きさくらいの、でっかくてぶ厚いクッキーを1枚買ってみる。藁半紙にくるまれたそれは、思ったよりも、ずっしりと重かった。中にはアーモンドの粒が入っている。麦こがしのような味がして美味しい!

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あまりの寒さに、マクドナルド入店。ここで遅い昼食。
昨日CMでやっていた、ピリ辛鶏バーガーのセットを注文。頼んでないのに紫芋パイがきたので「これ わたし いらない」と言うと「セットについてるのよ。ほら!」と、写真を指さされた。そうかそうか。紫芋パイは美味いので良い。カスタードクリームと、ほっくりしすぎない紫芋の角切りが、よく合うので、中国へ来ると1度は食べている気がする。でもどうせなら、新発売の蜜桃派(「派」はパイの中国語の当て字)が食べてみたかった。
ピリ辛鶏バーガーは、ミンチではなくて肉の形の肉がグリルされてはさまっているもの。野菜は日本のマクドナルドよりずっとオシャレで、レタス・人参・紫キャベツがせん切りになってるのがはさまっていた。そして本当に辛い! 美味い!
日本のマクドナルドも国内独自商品が多いなあと思うけど、中国はそれを超える。
ハッピーセットは「カンフーパンダ」だった。中国では遅れて今、放映されているからだろう。それ以外にも、大人用おまけもあって、これは通常のセットメニューに18元追加して払えば、MBAの各チーム名入りベルトがもらえる、というものだった。中国選手が数人活躍しているため、MBAやバスケットは大変人気がある。国内バスケットリーグも人気がある。今いちばん人気があるスポーツだろう。

義和団の変でぶっこわされたフランス教会を探しに行くものの、結局わからず。

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タクシーで中心へ戻り、包子の名店へ……と思ったら、通りの前に教会発見! あれれ~? 方角がぜんぜん違う。これだからマジ、チキュウノアルキカタの地図はあてになんねえんだよ!!

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包子の名店は、他の店よりも客が入っていなくて、なんとなく薄暗い雰囲気だった。その時点で、ちょっと嫌な予感がしていた。料理の写真を撮ったりしている客だけ、ということは、観光客ばかりか。そして客よりも店員のほうが多い。

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6種の包子セット、セロリときくらげの炒めもの、ピーナツの酢漬けを注文。
ピーナツの酢漬けは中国で一般的な酒のつまみ。炒ったピーナツを黒酢で和えただけのものだが、食べ始めると、ピーナツがあまりすきじゃないあたしも止まらなくなる。
その他の味は「「ふつー」だった。

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包子は、伝統味、豚肉、牛肉、野菜、海鮮、海老、と、1つずつが、小さな蒸篭に積み上げられて出てくるのだが、うーん、自分でつくったほうが好みの味つけにできる分、美味しいかもしれない。すんげえ高いし。朝食べた包子は確かに具が少なかったけど、でも、あれの13倍以上のお金出して食べるんだったら、朝のやつのほうがいいな。あれ、皮もフカフカで美味しかったな。
いくら小さいとはいえ、包子は、おなかがいっぱいになっちゃう。皮の薄ーい小籠包のほうが、長い間美味しくたくさん食べられて好きだな。

店員が過剰で、暇でタラタラしている。ヘラヘラしながら同僚の女の子からかってる男とか、皿を下げるのも料理を出すのも機敏ではなく、お店の雰囲気が良くない。

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マークといい、「アルケ」という名前といい、いいのかそれで? かっこいいと思ってるのか? 本っ当に、中国はこんなんばっかだ。

新しくなって活気はあるけど、そんなに面白い街ではなかった。予定よりも早い新幹線で帰ろうと思い、駅でチケットを替えてもらう。ノートに「会改?(変えられる?) ×20:38 → ○19:45」と書いて、持っていたチケットと共に窓口で見せる。愛想が悪くても漢字を羅列したメモをみて理解してくれるお姉さんはいい人。訝しげな顔でメモを見ていたが、「うむ」とうなずくと、シュパパパっと手配してくれた。いつも旅先で思うけど、人として「使える」か「使えない」か、は、言葉が通じる通じないに関係ないのだ。言葉が通じたって、あたしの真意をわかってくれない人はたくさんいるし、言葉なんかこれっぽっちもわかんなくても、瞬時に意図を汲んでくれるひともいる。こういう人は本当の意味で頭の良い人だなあ、と、いつも感心し、感謝する。
チケットは確保できたものの、予定よりも早い電車に乗るためにダッシュ! なんてったって、駅は馬鹿でかいのだ。しかもその待合室は、人で満杯!! こんな時間だから、もう駅にはあまり人がいないかなあ、なんて考えていたあたしは馬鹿でした。電車は夜も、バンバン出る。北京行きだけじゃなく、上海行きとか、もっと遠くハルピン行きとか。

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20:20 北京南站着。
きっとどこか、市内からバスがこの駅まで着ているはずだ、と、バス乗り場に行ってみる。しかしながら中心へ行くバスはなし。北京郊外へ行くバスが2、3本のみ。北京南バスターミナルへは行くようだ。そうか、昼間のおばさんはきっと「ここからまたバスに乗れば南站へ行けるわよ」と、あたしのノートに書いたんだ。あたしはそれを理解できなかったけど。それにしても、不便な駅!
この広大な駅はタクシー乗り場すら広大で、「タクシー乗り場入口」の表示から実際にタクシーに乗るところまでタクシーに乗りたくなるほど遠かった。
タクシーでホテルへ戻る。運転手のあんちゃんに、メモ帳に書いたホテルの住所を見せると「ちょっと貸して」と取られた。しかもチラチラと、他のページも見られた。ひぎゃーっ! ダメ! 見ちゃダメ! と、後部座席でジタバタする。「ビールをください」とか「餃子」「サンザシ」とかしか書いてないのに! しかも、あんちゃんにニヤリと笑われた! はずかしい!

帰ってきて、テレビを見続ける。夜よりも朝のほうが、番組が面白いのはどういうことだろう。
本日覚えた中国語。「はいチーズ」は「はい茄ー子(チェズ)」。チーズではなくナスと言う。音だけやんけ。
「現代梨園三男」という番組を見続ける。これは今どきの京劇俳優3人をスタジオに招き、「オシャレカンケイ」的にインタビューするという番組だった。京劇でも「梨園」という表現をするんだなあ、と思いながら見る。もしかして、歌舞伎よりもこっちがオリジナルかもしれない?
3人とも女形のようで、身のこなしがとっても麗しかった。歌舞伎役者とおんなじなんだなあ。
纏足風の、それはそれは小さな靴をトウシューズのように履くことで、女性らしい、チョコチョコとした足取りになるのを実演したり、その状態でも激しく踊っていたり、面白い番組だった。
中国映画なんかを観ていてもよく出てくる、袖の長ーい衣装で、袖をひらひらさせながら踊る、あれを「水袖」というのだそうだ。あれは美しい! 名前も美しい。昨日見た踊り子の袖は、たかだか50cmほどだったけど、今日、テレビで京劇俳優が実演していたのは3mはあった。ヒラリヒラリと、放ったり、まわしたり、掴まえたりする舞は、なんとも優雅。
0:00 就寝。


明日へ続く!

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9. januar 2009

燃えよ甘栗②

28日 日曜日

薄晴れ。昨日よりも明るい。

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朝食の内容が変わった。高菜の炒めものが入っている包子が美味しい。小さな蒸篭をアルコールランプで蒸し上げているのだが、その蒸篭ごと持ってきて全部食べたいくらい美味い。
Sp9090_130それから、すんごく皮が厚い文旦みたいなやつも、甘くて味が濃くて美味しい。
炒めものやサラダの内容が違うというのは偉い。
粥の鍋の前には、様々な漬物と一緒に、豆腐よう(豆腐のぬか漬、っつうか、腐らせてチーズみたいになった豆腐っつうか、そういうもの。日本では沖縄でよく食べられる)が置いてある。中国では豆腐ようを粥に入れて食べるのか。

このホテルの滞在客は、中国・日本・欧米と、バランスがいい。いろんな人が同じ数くらいずついる。
朝食会場のお姉さんが有能で愛想もいい。中国語と英語を話す人で、誰にでもにこやかに挨拶してるし、コーヒーがないとか、テーブルの皿が片付いていないとかに、よく気づく。
中国の女の子は、この数年で垢抜けてきれいになったけど、男が今イチ。髪型は床屋刈りだし、着てるものもおっさんみたい。それでも、きれいな女の子を連れてるんだよなあ。彼の容姿ではなく、経済力を買うのだろうか。
中国の男女関係は、今でもそうかは知らないけど、「娘と父」のような夫婦が好まれているようなところがある。中国古典の注釈によく出てくるけど、妻は夫のことを「お父様」と呼ぶし、夫は妻のことを「娘よ」と呼ぶ、みたいなことがあって、だからこれは親子じゃなくて夫婦だよ、と注釈には書かれる。それは、女からすれば、夫は年がかなり上でも、経済的に余裕があるほうが良い、男からすれば、若くて幼い妻が良い、ということなんだろうか。今でもテレビCMの夫婦設定が、おっさんと美女、みたいなことが多いので、その考えかたは残ってるように感じる。

あたしの部屋の窓からは、広い庭を持つ軍関係?のおうちが見える。昨日はその庭に放されているニワトリの雄叫びで目が覚めたのだが、今日は鳴かなかった。朝食から戻ると、おもむろに鳴きはじめた。日曜日だから遅いのかもしれないな。
日本のニワトリとは鳴きかたが違う。コケコッコーではなくてコーッケッコーと鳴く。
ホテルのロビーの廊下にいる鳥たちは、中国の伝統的な、竹でできた鳥籠に入れられ、景徳鎮を模した陶器から水を飲むのだが、あまりよく鳴かない。散歩につれていってもらってないからかしら。
中国では、小鳥は散歩に連れて行くものである。目隠しの布をかぶせ、鳥籠を振りながら公園などに持っていく。そして、他の鳥籠と一緒に、木などに吊り下げておく。そうすることで、他の鳥の鳴き声をきいて刺激を受け、鳴き声が良くなるのだという。

10:15 本日で、JTBツアーは終了。ここからは延泊なので、自分で取ったホテルへ移動する。チェックアウトしてタクシーを呼んでもらう。
今回の旅では、天津に1泊しようと思っていたのだが、北京から新幹線で30分と近いこともあり、荷物を持って移動するのも面倒で、結局天津には宿を取らなかった。これから向かうホテルは、古い胡同の中にある、北京の伝統建築である四合院づくりのホテル。
タクシーの運転手とベルボーイの兄ちゃんでもよくわからない場所。ベルボーイの兄ちゃんは、ニコニコしてる、すごくいい奴で、寒い中、薄着で、一所懸命、あたしの見せた住所と地図をタクシーのおっさんに説明してくれた。北京には何千と胡同と呼ばれる、家々の集まり・細い道がある。その全部を覚えてるわけでは、タクシーの運転手といえども、ないのだろう。細い胡同なんて、わかんねえよな。
通りの標識を見つつ、途中で止まって通りかかった人に道をききつつ、タクシーは進む。運転手より先に、あたしが道を見つけ、「ここからはわかるから」と、そこで降ろしてもらった。
鼓楼のそばの、下町らしさがもっとも残る地区にあるホテルは、すぐに部屋に入れた。フロントのお姉さんは、英語がかなり話せる。

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四合院づくりというのは、東西南北に1棟ずつ家が建っていて、その真ん中が中庭のようになっている建築方法。このホテルにも中庭があり、そこにはベンチやテーブルがおいてある。すべての客室は中庭に向いているので、どの部屋も中がのぞき放題、ではある。カーテンはもちろんある。
想像どおり素敵だけど、部屋が非常に狭いのと、あまりきれいじゃない(どうしてもボロい)のと、お風呂が汚くて臭いのが気にかかった。どうしよっかなあ、明日ホテルを替えようかなあ。
そういうものだと、最初からわかっていてなら泊まれる。不潔でもいい。でも結構宿泊費が高かったので、もう少し欧米ナイズされているのかなあと思っていた。正直がっかりした。

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今朝までのホテルにも、でかでかと貼ってあったけど、「マッサージを部屋に入れるな」とか「売春婦・賭博・麻薬は厳禁」といった標識が目につく。よっぽど多いんだな、小娘(売春婦)買う観光客が。

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ベッドは下に墨を入れて温められるようになっている、昔の「臥床」。今はもちろん、エアコンがあるので使われてはいない。

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鼓楼までは徒歩圏。良い天気だ。

11:00 今日は牛街へ行ってみる。
牛街というのは、北京市内南西のほうにあるイスラム街。中国は今、漢族と同様に回族(イスラム族)が非常に力を伸ばしてきている。西方の都市だけでなく、北京でも、広州でも、緑色の看板の「清真(ハラルフード)」の食堂や菓子店がどんどん増えているし、イスラム独特の白いつばなし帽子をかぶる中国人は多い。彼らは、もちろんアラブ系ではなく、漢族に似た顔立ちである。チベットでも彼ら回族はどんどん勢力を伸ばしてきていて、チベット族はそれを脅威に感じてもいるようであると、書物にはあった。イスラム勢力の振興は21世紀の一大特徴になるのだろうか。
牛街の胡同は、ほぼ再開発のためにぶっ壊されていた。高層マンションが立ち並ぶ。それでももちろん、緑色の看板は立ち並ぶ。食堂、茶屋、スーパー、あらゆる店の看板が、イスラムにおいて聖なる色である緑に塗られている。

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中国郵便の看板は、もとから中国全土で緑色なのだけど、それすらイスラムカラーに見える。窓には「牛年来」。来年が丑年なのと、ここが牛街なのとで、二重に面白い。

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北京で見かける小中学校の多くは、1階に商店が入っていて、2階からが校舎になっている。昔からの伝統なのか、それとも国家予算では教育費がまかないきれないから、テナント料を足しにしているからなのか知らないが、ここ牛街にある回民小学校も同じだった。1階は人気の羊肉店。大勢の人が並んでいた。半冷凍の肉塊を機械で、ごく薄く削った、その肉は、おそらく北京名物の羊肉シャブシャブ用なのだろう。クルンと丸めて山盛りになっていた。きれいな色。美味しそう。
北京でいちばん大きいというモスクへ。
モスクと言われなければ道教寺院だと思うだろう。西安の清真寺と同じく、純中国建築でつくられたモスクである。影壁(玄関から魔物が入ってこないよう、家を守る目的で建てる中国建築独特の壁)すらある。道教的感覚を、今なお壊してしまわずに、そのままにしてあるというのは面白い。去年も同じことを言った気がするが、これこそ、宗教的平和の象徴なんじゃないかしら。

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建立は13世紀。本来は、ごく細く、そして高く建つミナレットすら、中国風のボッテリとした塔で代用されている。

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中国建築の色と、コーランの文字は結構似合う。
ちょうど礼拝の時間だったのか、礼拝堂の廊下で世間話をしていたおっさんたちは、白い帽子をかぶりなおし、モスクの中へと入っていった。

牛街一帯も、ぶっ壊し工事中の場所は背の高い柵でグルリと囲ってあり、中が見えないようになっていた。そして他の場所と異なり、柵には、中国が抱える50以上の少数民族の絵が、鮮やかな民族衣装姿で描かれ、「民族団結」と書かれていた。うそこけ!
チベットを旅する渡辺一枝は、その地で「チベット族と回族を争わせることで、中国政府は無傷にして政治的優位に立とうとしているのではないか」というような疑問を抱いていたが、あたしも同意見である。中国政府は、漢民族は、決して少数民族のことを尊重しようなどとは考えていないのではないか。著作権や肖像権に対する意識と同様に、少数民族や稀少文化に対する意識も、中国にはないのではないか。今はただ、オリンピックのために、欧米の真似をしてはみているが、それは表面的でしかなくて、真の意味を理解しているとは、到底思えないのである。

ここで今回1本目の「サンザシの飴がけ」を食べる。いやあいつ食べても美味しいですね。サンザシの酸味と、飴の絶妙なコンビネーションですね。って、ただの駄菓子だがな。
日曜日ということもあってか、通りの食堂・レストランは、どこもよく客が入っている。昼食はそんな中から名前に魅かれて「トルファン」という名の店に入ってみる。

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白菜の浅漬け、セロリのせん切りマリネ、串羊肉、桃仁炒め(胡桃・豆・栗・アスパラガスの炒めもの)を注文。「あたし お茶 欲しい」と言うと、無料のお茶が出てきた。
イスラムのレストランだけどアルコールも多種あり。豚肉の料理はなかった。
注文を取りに来たのは、英語はもちろんわからないけれど有能な優しい美女で、あたしの指さす品を見てはウンウンとうなずき、「いい選択ね」と言ってくれた。
どれもこれも、うめー。どこかで食事をするたびに、中国とはすんごい国だと思う。だって、不味い食べものが出てこないんだもの。どこで何を食べても美味しい。今まで、中国で食べて、不味いなあ、と思ったのは、永和大王という、中華風ファストフード店くらいだ。なんでみんな、あんな不味い小籠包出すファストフードに入るかなあ。きったねえ食堂のほうが100倍美味いのに。
串焼肉は西安の味だ。北京で再び食べられるとは思ってなかった。一口大にぶつ切りにした羊肉に塩と香辛料をたっぷり振りかけて鉄串に刺して焼いただけの、いわばヤキトリなのに、うめえ! 6串頼んでムッシャムシャ喰う。羊肉のにおいと、イスラムっぽい独特の香辛料の味は、ぴったり合うのだ。

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腹ごなしに2キロほど歩いてから地下鉄に乗り、三里屯へ。
三里屯は北京のオシャレエリア。ジャズバーがあったり、ちょっと素敵な洋服屋があったり、という場所なのだが、まあ東京の比ではない。おしゃれ街ではあるけれど、でも、薄っぺらい。

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このあたりも再開発され、ファッショナブルなビルにアディダスやらユニクロやらが入っていたりするのだが、道行く人を見れば紙袋を持っている人は、ほんのわずかだ。みんな見に来るくらいなのだろう。持ってる紙袋だって、ユニクロくらいだし。
もっとかわいい雑貨屋なんかがチマチマとあるのかと思ったけれど、全然そんなことはなかった。
「日本のパルコほど、一気にかわいいものがそろう場所は、世界中のどこにもないと思う」と、ノルウェー人に言われたことがあるが、そのとおりだと思う。日本の渋谷とか池袋はすごいよ。そこに行けばすべてが揃うよ。

タクシーで崇文門へ。

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巨大スーパーで駄品買い。スイカジュースの粉末買ったり。

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隣にある屋内市場へも行く。

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ここはいつも美味しそうな肉や野菜を売っている。客も多くて、見ているだけで楽しい。

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夕食は、行ってみたかった老舗北京ダック屋へ。北京ダックはいくつか有名店があるのだが、ここはまだ行ったことがなかった。この北京ダックは焼く前に一度蒸しているのだそうだ。何が違うのか、食べてみたかった。夕食時ということもあるだろう、大きな店だけれど結構待った。

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ダック半羽、きくらげの冷菜、アヒルの心臓と百合根の炒めもの、からし菜の炒めものを注文。ビールと茉莉花茶も頼む。
ダックを切るのは、職人技である。これ、前に家に真空パックで買って帰り、切ってみたことがあるのだけど、包丁に脂がのっちゃってのっちゃって、すぐに刃先が鈍り、なかなかうまいこといかないのである。しかしプロはシュババババッとやってしまう。

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久々に食べたアヒルは美味かった! 蒸してあるからか、脂っぽさが少なくて、ふっくらとしてる気がする。北京ダックはやっぱり、この脂の味とにおいを楽しむものである。独特の脂の香りは、とっても美味しい。この店の包み生地は今までのどこのよりも薄くて上品だった。

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「じっと我が身を見る」
なにも、こんな器に盛らずとも……と同情したくなる。しかし美味い。

北京の逸品を堪能して、タクシーで戻ってくる。
部屋に入ると、やはり感じるバスルームの臭さ。やっぱり明日、ホテルをかえよう。
「明日チェックアウトしたいんだけど、キャンセルできますか?」ときくものの「明日にならないとわからない」と言われる。さあて、どうなるかなー。


明日へ続く!

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4. januar 2009

燃えよ甘栗①

12月26日 金曜日

参考文献は共同通信社『中国に生きる』。都市部と地方部、「興竜」と呼ばれる富裕層と貧民層への徹底した取材から書かれた本。新聞各社へ送られた記事を編集した本なので、章の1つ1つが、よくまとめられていて面白かった。

東京は快晴。風強し。
10:40 出発。スカイライナーには乗らずに空港へ。

たまたま乗った山手線が、箱根駅伝仕様だった。出場全校の襷が外側に貼られている。
箱根駅伝の、この日の出と富士山のロゴは、とても素敵だと毎年思う。

隣の席には70分間しゃべり続ける男。妻と二人、HISのツアーで海南島へ行くみたいですけど、うっぜー! クソつまんねえ話をベラベラしゃべって、テンションあがりすぎ。こういう男、大っ嫌ーい。

今回利用するのはJTBのツアー。航空券とホテルだけで、なおかつ飛行機の帰国便だけが変更できる、という条件の中で、いちばん安かった。
久々にJTBを使ってみて、やっぱり最大手は違うなあ、と感じた。電話対応ひとつに差がつくのだ。HISやキンツリなんかと違う。3秒でわかる。まず敬語の使いかたを間違えない。馴れ馴れしくない。受付番号がわからなくても、担当者じゃなくても、話がきちんと通じる。素晴らしい。ま、安ければあたしは対応なんかどうでもいいんだけどね。
乗り継ぎには各空港によって最低時間が決まってるっつうのに無茶苦茶な乗り継ぎ便すすめてきたりしても、トランジットを考えない日程組もうとしてきても、あたしがパソコン立ち上げてネットでタイムテーブル調べるよりトロくても、あたしの言うとおりに予約さえ入れてくれればいいんだけどさ、でもたまにJTB様を利用すると、その歴然とした差を感じて少し寂しくなる。
受付カウンターでチェックイン済みの搭乗券を渡してもらえるのはありがたいサービス。長蛇の列に二度並ぶ必要がない。二流代理店だとそうはいかないのだ。らくちんでいい。
あとは、あれだな、液体物機内持ち込み用の透明ジップロックを1枚くれたらうれしいな。企業のロゴが入っててもいいから。自分でいちいち用意するのはめんどくさいのだ。

空港というのは、あたしも含めてかもしれないけど、いっろんな人がいて、いっろんな服装をして、しかもそれはきっと本人の気合が入った「ヨソイキ」なはずなわけで、そういうのを見ているのは本当に面白い。特に、50は越えているだろうオバチャンは勘違い方向が甚だしい。今日も、あたしと同じ列に、20年前から持ってるんだろうなあ、っつうブリッブリのピンクハウス系(この言葉自体がもうすでに死語である)ピンク色フリフリワンピース、意味のわかんないパッチワークとかたくさんのカーディガン、ポシェット、リボン巻いてある麦藁帽子?のおばさんっつうかばあちゃんがいた。いったいどこへいくのか、興味はあったけど確認しなかった。彼女の中にある「海外旅行」とは、そういうイメージなんだろうか。面白いなあ。
今回の利用航空会社は中国国際航空。初めてのエアライン。
荷物の預け入れのために団体専用窓口へ。お姉さんが優秀そうな人で安心する。話が通じる人は優秀な人だ。しかも優秀なだけでなく、愛想までいいときたもんだ。両方がそろっている人というのはなかなかいないんだよな、残念ながら。
来るまでの電車がわりと混んでいたのに、手荷物も、出国審査も、ガラガラだった。

14:55 離陸、の予定が整備のために1時間遅くなって、しかも上空はものすごい向かい風。本来900kmくらいは出てるはずのスピードが600kmも出ず、これでまたしても1時間遅れる。結局、北京まで4時間以上かかった。
搭乗客は7割が中国人。パーサーも1人だけが日本人で、残りはみんな中国人。
あたしとおんなじアジア系のパーサーの場合、あたしが中国語なり韓国語なりを話せない、ということが見ためでわかってもらえないのでめんどくさい。飲みものにしてもミールの選択にしても中国語で当然のようにきかれるわけで、あたしは日本語の本や雑誌を目立つところにおいて、アピールしていた。
ビールは燕京ビール。機内食は牛が、甘いあんがかかった米粉の麺、魚が、から揚げと卵とじごはん。前菜は海鮮と春雨のサラダ、デザートはフルーツとキットカット。
機内食よりも先に免税品販売がやってくる。中国人たちが買うこと買うこと! ギャーギャー言いながら山ほど買っていた。
機内食は、においほどには美味しくなかった。隣の席は中国人のイケメン兄さん。
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翼の下には富士山が見えていた。

19:30 北京着。
氷点下3度。あまり寒くない。帽子がなくてもいいくらいだ。
新しくできたターミナル3はバカでかい。バスに乗り、連絡列車に乗り、延々と歩きして、ようやくバッゲージクレイムに到着する。
JTBのお出迎えはお姉さん。あんまり日本語が上手ではない。

20:45 バスでホテル着。さすが、今まで
の格安ツアーよりもワンランク上のホテルだった。場所は市内北東と、ちょっと不便だけど、設備は申し分ない。バスルームもベッドも清潔で新しい。
一緒にJTBだった中国人のお兄さんが「何か困ったことがあったら」と、部屋番号を教えてくれた。優しい人。

空港から街までの風景は、道路がすんごくきれいになったことと、高層ビルがますます増えたこと以外は、そんなに大きな変化がない。
それを見て安心する自分と、ちょっと刺激が少なくてつまんないな、と思う自分があった。
北京に来るまでは、自分がオリンピック後の北京をどのように感じるか、怖かった。この街で生まれ育ったわけでもないあたしが、もし「ああ変わってしまった」とか「昔はこんな建物なかったのに」とか、つまらないことを比較して悲しく感じるとすれば、それは「昭和のにおいのする町並み」とか「レトロ」とかいったノスタルジーを北京に求めているわけで、そんなのはただの旅人のワガママなのではないだろうか。あたしの中の客観的視点は、そういうことを言うやつを嫌悪しているので、自分がそうならないといいなあ、と思っていた。それらは、ただ表面的に変わったことにすぎないのであって、文化比較でもなんでもないと、わかってはいるのだ。比較して悲しいと感じるとするならば、人柄がギスギスしたとか、子どもの目に輝きがないとか、観光客と見れば騙してやろうと狙っている奴らの増加率とか、そういう、人間に密着した部分であるべきなのではないか、と思うのである。
グチャグチャと考えていたけれども、実際には恐れていたほどショックを受けはしなかった。
世界中の風潮が現代風な、社会システムへ向かっているのだから、北京の胡同だけがボロいまま残されなければならないわけはないのだ。旅人のノスタルジーを満たすためだけに景観保存はあるべきではない。あたしはずっとそう、自分に言いきかせている。ノスタルジーを求めがちな自分が嫌で、戒めているのだと思う。
胡同が壊されることで気にするのは、街の景観ではなくて、そこに住んでいた人々の生活の激変と苦労であるべきなのだ。わかっている。
おととし空爆の如しと表現した、あの前門地区へ行くのは、それでも怖い。たいそう美しくなられたそうで、30年ぶりだかのトラムまで走っているらしい。昔の前門の趣に似せた景観になっているのだという。それはいったいどんなものだろう。上海の租界の再整備のように薄っぺらいものになってなければいいのだが。

ホテルに荷物を置き、とりあえず最寄と思われる地下鉄の駅まで歩いてみる。


一人っ子政策のためか、中国の町角には、こういうお店が、よくある。



大通りに出ると、すんごい食べもの屋さんの数!
一軒ずつのぞいていってみると、どうやら「烤魚」というものが名物の店が多い。蜀の国の食べものなんだそうだ。蜀ということは四川料理だ。
あたしは、和食以外での魚料理があまり得意ではない。魚は鮮度とか調理法が大きく味に影響を与えるので、しかも料金が高いわりに当たり外れが大きいために、好んで注文しない。特に中華では高くて、なかなかありつけない。でも、ここまでいっぱいあるんだったら食べてみるしかない。

で、「烤魚」とやらを食べに、たくさん客がいる一軒に入ってみた。
他の客が食べているのを見ると、これはどうやら白身魚を鍋風にしているもので、味つけや辛さ、魚の種類を選ぶみたいだ。適当に注文してみる。それからビールと王老吉という、以前飲んで好きになったジュースというかお茶も注文する。王老吉は甘い漢方茶。非常にクセがあるけど、あたしは好き。中国で、よく飲まれてもいる。


箸や食器は、このように、完全密封をアピールしながら出されることが、たまにある。中の食器は普通の陶器。こういう洗浄消毒なんかを専門にやる会社があるんだろう。

魚を網に入れ、一度見せに来た。「好(ハオ)」というと調理に取りかかるのだ。メニューには500gから、と書いてあったけれど、どうやら1尾まるまるでなくてはならないようである。今の魚なら2.5kgくらいだろうか。


ステンレスの四角くて浅い鍋?に、たぶん素揚げしてある、淡水魚の白身魚を丸ごと、辛味の油とタレの中で煮てある。
ここに、副菜がいろいろと入るみたいだ。今回は胡瓜しか頼まなかったのだが、他にも麺類、各種野菜、きのこなどが入る。


鍋の下は炭が入れられていて、鍋はグツグツとしている。

こいつが美味い!! 今回の旅でナンバーワンの食べものだった。
淡水魚独特の、鰻のような泥臭さがあるにはあるのだが、そんなの気にならないくらい、しょっぱくて美味い。魚を見せに来たときは「こんなにでかいの食べきれるかなあ」と思ったのだが、楽勝だった。
タレはいちばん辛くないと書いてあった豆鼓味のにした。しかしそれでも唐辛子と花椒がたっぷりで結構辛い。そうなると、いちばん辛いのが食べてみたくなる。
明日もう1回食べよう! 他の店でもこんな味なんだろうか。こりゃ、そりゃあいっくらでも酒がすすむだろ。魚はふっくらと美味いし、もっとたくさん具を入れたいし。

隣の席は号泣し続ける女と、その他の男女というグループ。なんなんだ。ずうううううっと泣いていた。
うっぜー!
ビールや白酒のビンがかなり空いていたので、どうやらベロベロらしいが、仲間の皆さんは優しいなあ。あたし、タチの悪い酔っ払いが大嫌いなので、解散してとっととタクシーに乗せちゃうか、自分の分のお金置いて帰るわ。
一人っ子政策の弊害! という言葉が頭をよぎる。甘やかされて、いっつも構ってもらえて生きてきたんじゃねえの。1時間以上も机に突っ伏したままピーピー言ってるなんて幼稚園児かよオメー。

魚は安いものじゃないのに、結構若い人たちが入っている店だった。
こういうのを見ると、いつも、北京に出稼ぎに来ている農民工のことを思う。彼らが田舎にいて、テレビもインターネットもない時代なら、都会の若者の贅沢のことなど知らなかったはずだ。けれども、テレビもインターネットもあって、出稼ぎに来れば、こんなに身近に、自分よりもはるかに金を持っている若者がいるってのを、彼らはいったい、どんな思いで見ているのだろうか。それも、いかにもボンボンって感じの若者じゃなくて、そこそこの、一見普通な若者が、携帯電話を持ち、外食してるわけで、故郷の自分の娘の姿と重ねて考えるのかなあ、とか、自分は1杯50円のラーメンすら外で食べられないくらいなのになあ、とか、そういうことを考え始めると、もう、いてもたってもいられない気分になる。寒い季節だと、余計に胸がきゅんとする。
ここがインドで、この貧富差はカースト制度に基づいている、とかなら、まだあたしも、農民工本人も、納得する余地があるだろう。「そういう現世なのだ」と。しかし中国は、建前としては、身分制度などない共産主義国家である。国民全員が等しく福祉に甘んじる権利があるはずなのだ。しかしながらそれは現実とかけ離れた理論となっている。学識のない農民工なら、そんな難しいことを考えないとでもいうのだろうか。
これは中国と日本の高度経済成長の決定的な差でもある。
日本はまさしく、総中流階級、って感じで、戦後の混乱から発展まで、全国民が一緒にレベルアップしていった感がある。が、中国の場合は、先富論に裏づけられた経済発展なわけで、年収格差が10万倍以上、なんていう、明らかに目に見える形で貧富の差ができているのだ。それはもはや、都市部と農村部、なんてのじゃなくて、都市部内でも明白になってきている。
「富める者から富み、後発の者へ続けよう」という先富論は、誤っていたのではないか、中国の国民性を読みきれなかったのではないか、という意見が国内からも出てきてもいるようである。中国人の国民性としては、富んだ者が貧しい者に手を差し伸べるようなことはしない、というのだ。現実に、そのとおりとなっている。富んだ者は貧しい者に手を差し伸べるどころか、貧しい者からもさらにむしりとってやろうとする。それが中国の成金だ。共産党幹部が、まずその筆頭ではないか。現在の共産党政権、国家は、国民のためでは決してなく、共産党幹部がいい思いをして国家を私有化するためだけの骨格である、というのはずいぶん昔から言われている。
中国は、もともと飢饉の国だ。5000年前からそうだった。広い平原を持つわりに耕作面積が狭いために、長らく膨大な人口を養いきれなかった。中国で英雄とされる人物は「徳」なんかよりも、いかに多くの民に腹いっぱい食べさせられるか、で評価が決まっていた。
反対に日本は国土が狭いわりに水が豊かで、森が多い。木を切ってもすぐに生える、幸福な土地で、のほほんと暮らしてきた。
今までの飢饉経験から中国人には、「食えない」ということの恐ろしさが遺伝的に身に染みついてるんじゃないかとすら思えてくる。だから今でも、バスや地下鉄はどんなに空いていても我先に乗りたがるし、人より物を1個でも多く欲しがるし、先に富めた者は決して後から来る者に手をさしのべたりなんかしないんじゃないか。
歴代の中国王朝・政府の中で、ひとつとして、国を私物化しなかった王朝はなかった。共産党も同じことになるのではないか。これは司馬遼太郎が35年前に感じたことである。
中国の王朝はいずれも、建国から30年の間に傑人が出きってしまう。それによって最初の30年は素晴らしい国をつくる。でもそこからはもうだめなのが、中国史の特徴ではないか。
大気がスモッグ。街はずっともやっている。夜でも同じだ。建築ラッシュだけが原因じゃなくて、車とか、それから練炭の使用もあるだろうなあ。
23:30 帰宅。

27日 土曜日

薄曇り。
8:30 起床。
ホテルの朝食は中華と洋食のブッフェ。包麺、トースト、粥、豆漿、焼きそば、その他の炒めものなどなど、結構いろいろとある。味は可もなく不可もなく、って感じだけど、その気構えは、かってやる。


香港資本のホテルだけあって、内装が巧い。古い建物をガラスで覆って、中国風の華やかな装飾をして、鳥籠には鳥もいる。鉢には鯉もいる。


綿を入れて刺繍してあるクリスマス飾りがキモかわいい。

9:30 出発。
中国にしては珍しく、英語が比較的通じるホテル。タクシーを呼んでもらって、頣和園へ。ホテルから30分くらい北西へ向かう。
途中の道は北京の名門大学が立ち並ぶ一画だった。北京大学の各学部、電影学院などなどが、とにかく広大なキャンパスを並べている。
中国の大学はキャンパスが1つの街のようになっており、キャンパスの中に学生寮や職員のアパート、商店だってもちろんある。


頣和園は清代初期につくられた離宮で、19世紀末、西太后のときに最大の改築を重ね、今の規模になった。北京にある世界遺産の1つであるけれど、今まで行ったことがなかったのだった。広い敷地の中に湖ありーの、山ありーの、チベット仏教寺院や道教寺院、宮殿、橋、人工の景観がなんでもある。
端から端まで徒歩で1時間、という感じ。すげー広い。そしてすべてがムダに派手。
湖は凍っていた。


京劇を愛した西太后が造らせた、でっかい3階建ての京劇戯楼だってある。ここではちょうど、音楽や踊りをやっていた。
音楽は男性3人による鐘と鼓、踊りは鮮やかな緑の衣装をつけた女の子3人、それから、少年と男性による京劇をちょこっと。


西太后は30mくらい離れた席から見ていたのだが、それって、どうなんだろうか。観光客はみんな西太后の席から見たり、間近から見たりしていたけど、近くのほうがよく見えると思うんだがなあ。
すんげー間近から見て、写真も撮れるなんて、普通の舞台では、なかなかできない。本気のカメラを持った白人男性と二人して、本当の「かぶりつき」で見ていた。

京劇のメイクが、あたしは大好き。目じりを長く引く墨や目のまわりに広がる朱や桃色のぼかしが歌舞伎よりも艶やかで、美しいと思う。中国人の美男美女によく似合って映えるメイクだ。

今ある、この広大な頣和園は日清戦争の代償である。戦費を西太后が使い込んだからだ。すんげえババアだ。
中国史には、あるいは中国武勇伝には、木蘭(ムーラン)とか女性の勇者が多く出てきて男どもをなぎ倒すのだが、西太后を見てると「これだから女には政治とか無理なんだよ」って言われても仕方ねえなあ、と思っちゃう。


湖の北には「長廊」という、8000幅の絵がある廊下だってある。8000の絵はすべて絵柄が違う。三国志だったり西遊記だったり風景がだったりする。


例えばこれは西遊記から。法師に怒られて泣く猪八戒。巧い絵じゃないが、面白い。

豪奢なすべてを見て歩きながら「ムダすぎる……バカじゃなかろうか」と、ずっとつぶやいていた。
イスタンブールの新旧王宮も、それからフランスのルーブル宮とベルサイユ宮の関係も、同じだけれど、ここ頣和園も、「紫禁城に飽きた」西太后が改築し好んで住んだ場所である。あたし、その感覚があんまり好きじゃないんだな。だからここもベルサイユ宮も好きになれないんだな。
貧乏人の感覚なのかもしれないけれど、必要あって建てられた建物のほうが、質実剛健というか、素敵に見える。必要がないのに贅沢のために建てられた建物は、そこに確たる存在価値がないからか、なんだか軟弱で薄っぺらく見えるのだ。あたしは、砦とか城塞都市とか、ゴツい感じのもののほうが好きなんだな。

それでも、人工胡から望む景色は、決して気象的なものではなく、ただのスモッグだという、もやーっとした空に覆われていて、「悠久」的で、美しかった。北京には、中国には、よく似合う。


湖から山を越えて北へ行くと「蘇州街」がある。
ここは皇族たちがお買い物ごっこをするために、運河の美しい街・蘇州に似せて造られた人工の街である。この街専用のお金が流通していて、今もそのお金でお買い物ごっこができるのだけれど、想像していたよりもちっぽけで、冬季のためにお店が開いていないからかもしれないけど、ちゃちかった。もっと広いのかと思ってた。

タクシーで噂の前門へ。


前門は天安門の南の地区。東京の浅草のような、きったないけれど活気がある下町である。
それがオリンピックに向けて一大再開発され、もともとあったボロいビルは全部ぶっ壊され、昔風のレトロな町並みに立て直されたのだった。
中国が狙う「レトロ感」は、ツメが甘いというか、舞台の書き割りのように安くてちゃちいのが常なので、大好きな前門地区がどんなことになっちゃうのか恐れていたのだが、なかなか上手にまとめていた。開発当局の狙いはうまく当たっていたと思う。上海の租界ほど書き割り感がないのは、建築方法や建材に金がかかっているからかもしれない。

しかしながら。

オリンピックから5ヶ月経った今でも、テナントがほとんど入っていないのは、どうしてなんだろうか。大通りの両側にズラリと立ち並ぶ「レトロ風建築物」は、1階も2階も何も入っていない。もともとは、ゴチャゴチャしたおみやげ屋さんとか、普通の地元の眼鏡屋なんかの商店がズラリとあったのに、観光地化されたあとは有名なシュウマイ屋と北京ダック屋くらいが戻ってきているくらいで、他は空き家となっている。おそらくテナント料が高すぎて、もともとあったようなボロい商店は入れないのだろう。
観光客はたくさん歩いているけれど、まるでゴーストタウンのようだった。再開発が、まったく役立っていない。できあがった当初は、この「景観」を見るためだけに、訪問客人数制限があったなんて信じられない。だって、まともにやってて客が入ってるのは、老舗の北京ダック屋とシュウマイ屋だけなんだぜ。アホかよ! 頣和園で感じたばかばかしさと同じものを、ここでも感じる。

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前門の大通りにある建物と建物の隙間からチラリと見える裏通りは、観光客から見えないように、レトロ風建物の絵が描いてある柵でしきられている。
アホか!!
裏通りへは完全立ち入り禁止なわけではなく、ちょっと向こうの脇道から入れば行けるのである。一目瞭然なんである。何がしたいのか、さっぱりわからん。まだ再開発されていない「きったねえ」裏通りは恥だから、外国人観光客には見えないように建前で、そう、文字通りの「建前」で、隠しちゃおう、ということなのだろう。しかしその、彼らにとっての「恥」の感覚が、我々外国人観光客とは完全にずれているために、余計奇異なものに見え、「中国政府って不気味」と感じてしまうことになっているのではないか。

行こうと思っていたシュウマイ屋が、あんまりにもすげえ大行列だったので(そこくらいしか店がやっていないのだから当然だ)、とっととあきらめ、別の、行ってみたかった、天壇公園近くのレストランへタクシーで向かう。

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炸醤麺(ジャージャーメン)で有名な店だけど、それ以外にも、ものすごい数の料理があって、メニューはちゃんと写真つきで観光客にも優しく、早い、美味い、の店だった。
店員はみんな男の子で、仕事中に爪楊枝でシーハーしたりタバコ吸ったりしてるけど、威勢は良い。

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炸醤麺、酢豚、家常豆腐、胡瓜の漬物、にんにく風味の謎のチップスを注文。それから茉莉花茶。花茶は、広東人がいくら馬鹿にしても、やっぱり馥郁と香るいいにおいで美味しいと思うぞ。自分の名前だから好むわけじゃないぞ。
炸醤麺は、豆もやし・枝豆・ピンクの玉ねぎみたいなやつ・その他いろいろな具材がのっている、きしめんみたいなものに、ひき肉とテンメンジャンでできたタレをかけて、ぐっちゃぐちゃに混ぜて食べるもの。生ぬるいのが、ちょっと気になった。去年西安の刀削麺屋で食べたやつのほうが、あっつあつで、タレの味が秀逸で、美味しかった。
胡瓜の漬物は毎食ごとに必ず頼む、あたしの大好きな前菜。叩いてボコボコにした胡瓜を、にんにく塩ダレで和えたもの。酸っぱいときもあるし、唐辛子が入ってるときもある。日本の浅漬けと同じようなもの。
酢豚のパイナップルは、きちんと生のパイナップル。あったりまえだ! 日本のはよく缶詰を使っているけど、あれの意味がわからん。甘みを添えてるだけじゃないか。酢豚のパイナップルには「酵素で肉をやわらかくする」という使命があるのであり、酵素は生のパイナップルにしかないんだから、生を使わなきゃ意味がないのだ。入ってりゃいいってもんじゃない。
すべてを完食。

天壇公園から北西の方向へ、ぶっ壊されたところと、まだ崩れかけて残っているところとの胡同を歩く。

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崩された空き地と、崩れかけた胡同と、その向こうに高層マンションやデパートが見える景色は、圧倒的なこの国の流れを感じさせる。
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ボロ胡同の中にある、好きだった北京ダック屋を探すのに手こずる。前回来たときに、ここも壊されるときいてガッカリしたのだが、最近のyahoo中国のグルメ欄を見ても、まだ載っていたので来てみたのだ。
迷いながらも、おなじみのアヒルの壁絵を発見! アヒルの絵は店の前まで続いているのだ。

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最終日の夜のために予約を入れる。
この店は、もうだいぶ有名になっていて、欧米の観光客も大勢来るのだけど、英語は通じない。メニューは英語で説明があるけれど、注文は取れない。予約も、メモ帳に「12/31 2人 18:00」と書いて伝える。
中国での旅にメモ帳とボールペンは必携である。ポケットに必ず入っている。
書けば通じる、という感覚は、表意文字を持たない欧米人にはわかるまい。「南」と書けば南に行ってくれるし、「青菜炒」と書けば、読みかたがまったく違っても、想像していたような、それっぽいものが出てくる、というのは、表意文字による共通認識の為せる技だ。

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このあたりが、半分ぶっ壊されたくらいで止まっているのは、もしかして、この店が有名になって「自転車タクシーで回る胡同めぐり」みたいなのも増えて、外国人観光客がたくさん来るようになって、それでなんとなく再開発を中止しました、外国人観光客の目を気にしてみました、というような、彼らの、あの「恥」の感覚によって中途半端なことになったからなのではないか、と思えてしまった。中途半端に止まっている、この一画だけが取り残されているという状況が、いかに無残で、「乱開発」という印象を与えるかということには目がいかないのだろうか。アホらしい。「中国人は恥をかくくらいなら死ぬ、という思いが強い。だから表面を繕うことを必死でするし、また決して自分の非を認めようとはしない」と、中国人自らも言うが、それってすっげえ滑稽だよな。
あほらしい! を、ここでも連呼しながら、ほっつき歩く。

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再開発自体は悪くなかった。ものすごい犠牲の上にあるとはわかっているけど、できあがったハコは、悪くなかった。前門も悪くなかった。
でも、そこに連れそうべき中身が、そして住民への配慮が、まったくもって意味のわからないことになっているのが悔しい。
必然性のない建築物は、あるいは村は、いくら人がいようとも、「人がいる場所」としての本来の活気がなく、ゴーストタウンのようである。居心地が悪くて、見ためも気持ち悪い。

前門までたどり着く。

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ライトアップされてキラキラと美しいけれど、夜もゴーストタウンでしかない。

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裏通りには活気あり! 裸電球の下におみやげ品や菓子、安い靴などが大量に並ぶ。それが嬉しくて泣けてきた。汚かろうがボロかろうが、必然性がある場所は明るく、活気がある。観光客もその乱雑さを楽しむのではないだろうか。

韓国でなくしたスカーフと同じようなものを見つけたので買う。スカーフ売りの女は、それはそれはしつこく、1枚でいいって言ってるのに「2枚!2枚!」と迫る。いい加減イラッとして「じゃあ買わない」と、彼女の手からお金を取り上げようとすると、ようやく1枚を売り、釣銭をよこした。

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老舗の茶屋で茶も買う。今回は頼まれた分だけ、烏龍茶と茉莉花茶を買った。やっすい鉄観音と、それより8倍もする鉄観音にしてみた。

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この茶屋は北京の老舗なので、取り扱うのは茉莉花茶が圧倒的に多い。茉莉という字が店内に溢れている。自分の名前の文字が、こんなにたくさんあるのを見る機会ってのは、なかなかないので面白くなってくる。
店員のお姉さんたちは相変わらずの仏頂面。ここでもメモ帳に文字を書きまくる。50gずつ包んで、と、少ししか買わないし、面倒なことを頼んでも、淡々とこなしてくれる。

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中国で贈りものをするときは、偶数になるようにする。このお茶屋さんでも、2包み買えば、このように合わせて紐をかける。この「両包」という包みかたは縁起が良いのだそうだ。ほんの50gしか買ってなくても、少し不格好ではあるが、ちゃんと「両包」にしてくれる。一カ所もシールなどでとめていない包みかただけど、帰国するまで決して崩れない。このテクニックは店員全員に叩き込まれるそうだ。

隣の靴屋で悩む。結局1足だけ、自分に布靴を買った。

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頼まれた分があったのだが、条件を満たすものがなかった。だったらおみやげ屋さんで売ってるようなのでいいか、とも思ったのだが、高いのを見ると、もうおみやげ屋のやっすいやつがダメだった。これだったら日本の宇宙雑貨で買うよ、というレベルだった。仕方がない、最終日までもう少し考えよう。

おみやげというのは、本当に難しい。あたしは、おみやげにチョコレートやらキーホルダーやらを買う感覚がないので、おみやげ=本気で人にあげるもの、である。冗談の品1つでも本気で買う。だから疲れてしまうのだ。
人にあげるのは楽しいのだが、もらうのは、あまり得意ではない。フヂマリの場合、好みが確立されているため、欲しいものと欲しくないものが完全に存在するためだ。
まずよくもらうことが多いものが全般的に「いらないもの」である。ハンドタオルは、手拭いを使うあたしにとっては不用品でしかないし、靴下1つにしたって、ハイソックスか110デニールのタイツしか履かないから、それ以外は不用品。ストラップはつけないのでいらない、服飾品全般は完全なるあたしの趣味の範疇でなければ、「ありがとう!」ともらった帰り道で捨てたくなる。だっていらないんだもん。
ものをもらうのは、あげるよりも難しいと思う。身につけるものは、一度はその人の前で身につけなきゃなんないし。面倒で馬鹿馬鹿しい。
もらっていちばん嬉しいのは、酒か食べもの。これらは、どんなに趣味でなかろうと、どんなにまずかろうと、全然構わない。「あーこれって美味しくないんだ」というものすら楽しめる。
消えものが楽、ってのはわかってるけど、あたしから人にあげるときは、変なものを狙っちゃうんだなあ。人に何かをあげるってのは、それだけで楽しいことである。あげるのはあたしの勝手だし。だから、フヂマリからもらったものは捨てて良い。あげた時点であたくしは満足しているからだ。いらなかったら、どうぞ捨ててくれ。

バスで繁華街・王府井へ。
北京でいちばんのホテル・北京飯店は本当に素敵だ。いいにおいがするし、高級感があって、落ち着いている。こういうのを見ると、シェラトンって、世界中どこでも建築が安っぽくてダサくて全然素敵じゃないなあ、と思う。なんだろう、あの、時代遅れな雰囲気。一般に、アメリケ系ホテルチェーンよりもヨーロッパ系のほうが、洗練されている。
そしてここ北京飯店の自動両替機が、いちばんレートがいいので愛用している。今日来たのも、そのため。24時間やってるし、普通ホテルで両替をすると、宿泊客しか受け入れてくれないけど、ここならフラリと入れば、できちゃう。
王府井書店で、テニスの王子様のイラスト本を買う。ほら、こうしてまた、いらないおみやげができあがるわけである。
京劇の名優・梅蘭芳の映画が公開されているためか、梅蘭芳に関する本がたくさん出ている。彼の若き頃の写真が、めっちゃくちゃ美しい!!

地下鉄でホテルの最寄りまで戻ってきて、予定どおり烤魚を再び食べる。もちろん違う店に入る。

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メニューとか、店員の制服とか同じだけど、味はちゃんと違う。店員のポロシャツの背には「蜀国」の文字が。そ、そのポロシャツ、ちょっと欲しい……。

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昨日と同じやつを注文する。具材は適当に指さすと、モヤシ・えのき・きしめんみたいな米粉が来た。上に乗っているのはセロリの葉。

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おなじみ漢方ジュース「王老吉」と、スモークド酸梅湯も頼む。
酸梅湯は中国の昔からのジュースで、茶色い、酸味のある飲みもの。これがなぜか、燻したにおいのするのと、普通ににおいがないのと、2種類あるのだ。どちらに当たるかはわからない。スモークド、美味しいかなあ……。
愛想のいい店員。よく働く店長。いい店だった。
今日のお店は、魚を持ってきて「良し」と言ったあと、魚の目方を書いたメモも渡された。2.6kgとのこと。鯉のような魚。
味つけは昨日より辛い! 花椒のピリリが効いている。さすが蜀。四川料理だ。中国の白酒や韓国の焼酎のようなアルコールが苦手なので、注文しなかったのだが、酒がすすみそう。日本酒が欲しくなる。
壁には三国志の絵巻物。神棚にはもちろん関帝。そしてメニューの表紙はオカマみたいな孔明が微笑んでいた。孔明って、微笑むキャラかあ? それに、金城武が泣くぜ、このオカマ絵。
魚は本日も美味しく平らげました。

歩きすぎて足が痛い。
21:30 ホテルへ戻って入浴。ホテルにバスタブがあるのはいいことだ。必ず持ってくる入浴剤で遊べる。

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テレビをつけたら温家宝?が地方の小学校を訪れた、というニュースがやっていた。その教室の黒板の文字の美しいこと! そりゃあ主席が訪れるから先生も本気なんだろうが、それにしても完璧にまっすぐな楷書。
中国の教育学部って、文字の美しさを徹底的に教え込まれていそうだよなあ。


明日へ続く!

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6. november 2008

将来の夢


将来の夢
宝くじで5億円当てるか、毎月50万円くれる優しい人を見つけることです。そうしたら持ちものを整理してかばん2つぶんくらいにして世界中を旅して回りたいです。「家」は持たず、毎日安いホテルで暮らします。年に2回くらい日本に帰ってきて、家族や友だちにおみやげを渡したりごはんを食べたりする以外は、ずっと住所不定無職のまま歩き回っていたいです。そしてポルトガルあたりで死んで、日本の新聞に小さく載りたいです。
と、いうことを、あたしは就職活動のとき自己PRシートなるものに書いたことがある。いたって本気で書いた。スチュワーデスになりたいとか、売れっ子役者になってミュージカルテニスの王子様にスミレ先生役で出たいとか、いろいろ考えたが、今のあたしにこれ以上の夢はなかった。この会社は結構変な会社だったので、そんなあたしに内定をくれたのだったが。

5億円、当たってしまった。

兜町のみずほ銀行で、そうか、本当にこのようにして別室に呼ばれ、パンフレットを渡され、今すぐにはお金をもらうことができないことや当選者の心得などを切々と説かれるのだなあ、と妙に感心した。
そして特にお茶が出るとか、そんなことはないのだった。
よく言われるような「世界が変わる」という実感は、まだなかった。これからもあるのかどうか。
誰にも話さなかったので、翌日から勧誘や寄付金依頼の電話が鳴り止まない、というようなこともなかった。
5億円全部現金で用意してもらって、写真撮ろうかとも思ったのだが、そういう興奮状態よりも、あたしの頭のなかは、かなり真剣に今後の人生について考え始めていた。結局言われるがままに、みずほ銀行に口座を1つつくって帰ってきた。

本当に、仕事を辞めて、住所不定無職としてこれから60年の人生をやっていくことを決めるには、結構勇気がいった。
世間から乖離して生きていくことの寂しさとか、異邦人浦島太郎になることへの恐怖感とかが自分にもあるのだ、ということを再確認した。そういうことに対して勢いでカタをつけ、またそうすることがかっちょいいと思っていた思春期では、もうないんだなあ、と思った。
それでも、とりあえず10年くらいそういうことをしてみればいいんじゃないか、それでもしYなんかが言うように「すぐ飽きる」ようであったらやめて帰ってくればいい、もう二度と戻れないわけじゃないんだから、と思うことで、ようやく決心した。

お金が振り込まれると、シティバンクにも口座をつくった。海外からも引き出すのが簡単なのはシティバンクだからだ。それから3つの銀行と郵便貯金にお金を振り分け、んでもってとりあえず100万円をユーロに、100万円をドルにして、加えて100万円を円で引き出してみた。
5億円も持っているのに「この時期でよかったな、レートがめちゃくちゃいいな」と考えるあたしは大した貧乏根性だ。
300万円は普段使っている斜めがけのバッグに、簡単に収まった。なるほど。このくらいなら持ち歩けるわけだな。これから買い物はほとんどカード支払いになるから持ち歩かないけど。

宝くじが当たって、舞い上がって家や高級車を契約しちゃうのと、一生を旅で過ごそうと決意しちゃうのと、どっちが馬鹿な買い物だろう、と、ここのところずっと考えている。
ずっと馬鹿にしてたけど、案外あたしも舞い上がり組の仲間なのかもしれないな、とわかった気がする。
それはいつも考えているのと同じことで、10万円あったらルイヴィトンのバッグ買うか航空券買うかの違いでしかないのだ。価値観の違いでしかない。0のケタが違うだけだ。

旅への準備を始めた。
就職の話も断った。1年くらい勤めてみてから辞めようかな、とも思ったのだが、それではなんとなく機を逸する気もした。辞退の電話を切ると、一気に気持ちが動き始めた。軽くなった。おし、いくぞ!

持っていくのは小さなポチ1こと30リットルのリュックサック、そして小さな斜めがけバッグということに昔から決めていた。いつもの旅装だ。
実家においていく荷物は大きいポチに入るだけ、ということに決めた。卒業証書とか、そういうものと、それからもうこれからの季節はいらない冬物の衣類などで、このポチはすぐいっぱいになった。
ピアノもCDデッキも捨て、一瞬悩んだ本や漫画も捨てた。捨てに捨てた。今まで大切に貯めてきたノートとか教科書、レシピのスクラップブックも全部捨てた。フヂマリ帳は全部画像データにし、OさんにDVDにやいてもらった。未練なくものを捨てるのは快感だった。

部屋のものを全部片付けてから、Mに今後のことを話した。
あたしのやりかたはいつもこうだ。10年前から変わらないのである。申し訳ないが変わらないのだ。そしてMはもうそれに慣れているのかもしれない。
「いつ行くの?」
「4月1日」
「いつ帰ってくるの?」
「わかんないけど、半年後か、夏休みか」
「何をして食べていくの?」
「お金はあるから」
「いくらあるの?」
「すげえいっぱい」
「そう。……まだよく事情がわからないから、後日ゆっくりもう一度話をしましょう」
彼女との話し合いは、ひとまずこれで終わった。

旅の前の買い物を、今まであまりしたことがない。初めてノルウェー行ったときと、それからノルウェーに1年留学するときくらいだ。
久々にやったら、これが楽しかった。
まず安くて小さい4万円パソコンを買った。
ここで「金はいくらでもあるからいちばんいいやつ買おう」とならなかったことで、ああ、あたし一応金銭感覚はおかしくなってないな、とわかった。安心した。これからずっと有り金で生きていかなくてはならないのだから、お金は大切にしなくちゃな。
新しいipodも買った。これはいいやつ。容量のいちばん大きいのを。

持ち歩く本は司馬遼太郎を2冊、酒見賢一と野田知佑と渡辺一枝を1冊ずつ、川原泉の漫画を2冊にした。荷物を詰めてみてまだ余裕があったら、捨ててもいい本を足そう。お金持ちなんだから、読みたい本はまた買えばいいんだしね。
ノルウェーのオスロ大学付属図書館ですら日本語文献として司馬遼太郎全集や椎名誠の本があるのだ。外国の大学図書館に行けば日本語活字への飢えは満たされるだろう。
海外旅行保険にも加入した。とりあえず8月末に一度戻ってくるとして、4ヶ月の契約は7万円くらいだ。大した額ではない。もっとクソ高いのかと思っていた。

その他の持ちものは以下のとおり:
パンツ3枚、ブラジャー、手ぬぐい3枚、Tシャツ2枚、キャミソール2枚、ストール、ジャケット、ズボン、ワンピース半袖2枚、長袖2枚、タイツ2足、靴、めがね、コンタクトレンズの替え、デジタルカメラ、洗濯セット、化粧品少し、コンセント、電子辞書、帝国書院高等地図、ペンとメモ帳、果物ナイフ、爪切り、耳かき

服は少数を毎日洗濯して着倒し、ボロになったら新しいのを買う、ということにした。憧れていた生活だ!
「なかったら買えばいい」というのはあたしの旅の荷物のポリシーなのだが、金銭的に余裕があるというのは本当にいいことだ、今回ほど荷物がないことはない。心から「買えばいい」と思っているので、あれこれ持っていくものと持っていかないものとを悩むことはなかった。おかげで思ったよりもたくさんの本を持っていけそうだ。

Mとは夏にポルトガルで会おう、ということになった。
ホテルなどの予約はメールと電話で話し合えばいい。
そしてMと一緒に一度日本に帰国する、ということにしよう。

では、どこへ行こうか。
今の段階では、あたしには行きたいところが山ほどある。
ポルトガルとモロッコは夏にMと行くからはずしても、
シベリア鉄道に乗る
アイスランド
スピッツベルゲン
ノールカップ
オスロ大学のサマースクールに参加
ウィンブルドンを見に行く
アメリカをすみずみまで行く……サンフランシスコから父の訪れたアラスカ、ニューヨークでニューヨーカーごっこ、ボストン、それからメキシコ近辺、海のないまんなかへん、シカゴ、などなど
ラサ
トルコへもう一度
北海道
ドイツを一周
イギリスの上のほう
英語を学ぶ
ロシアのまんなかへん
アリューシャン列島のはしっこ
アウシュビッツ
前に雑誌で見たノルウェーのフィヨルドのはしっこにある丸太ホテル
パリでパリジャンごっこ

などなど。
これだけで3年はつぶれるんじゃないか?
語学学校をハシゴするのもいいなあ。フランスで料理学校に入るのもいい。

旅に出る直前に、Oたちと食事会をした。
そこで、宝くじにあたったこと、これからしばらくは住所不定無職として生きていくことを伝えた。
一生分のお金なので、計算をしてみたところ全員を豪遊に連れてってあげられるほどのお金はないのだけど、今夜のごはん代の支払いと、それから、今度みんなでドバイに行ったときに、あの有名な5つ星ホテルを奢るくらいはできる、と話した。今年の夏はドバイかもしれない。あるいはスペイン、もしくはモンゴル。今まであたしの貧乏のために近場ばっかりだったので久々に遠くへ行きたいなあ。

さて。
まずはどこへ行こうか。航空券を買わなくてはならない。
やっぱり最初はノルウェーにしようかな、と考えた。
夏の旅のことを想定して、SASではなくてKLMにした。7万円+サーチャージ5万円。
T姉さんに会ってから、ノールカップとアイスランド、スピッツベルゲンに行こう。
宿はもちろん安い定宿だ。とりあえず1週間予約を入れた。

5億円を、あと60年生きるとして、60で割ると約800万。これを365日で割ると1日に約2万円使えることになる。実際には航空券や保険料など大きい支払いがときどき出るのでもっと少ないけど、これがあたしの日々の予算である。いいホテルには泊まれないわけである。ホテル住まいは経済的ではないので長くいたい町ではアパートを借りることになるだろう。




……なーんて

ことは

起こらないのですよ。




仕方がないので北京に行く。1日2万なんてとんでもねえよ。ちなみに去年西安に行ったとき、ホテル代を抜きにして1日の生活費は2000円弱でしたよ。
空爆(の如き都市再開発)後の北京がどうなっているのかを見てくる。







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31. oktober 2008

やきプリッ




本年の三段腹の会恒例夏旅は、フヂマリ赤貧のため、本来は国内・デズニー園へ行こうと思っていたのでした。しかも、Sちゃんの福利厚生で。
そこへテニスが来たのだった! そう、ミュージカ ルテニスの王子様! 全国および海外公演後の東京凱旋公演が、Jさんが朝5時にチケットぴあへ並んでも取れなかったときに、頭のどこかでプツンと音がした。

「ソウルまで観に行けばいいじゃん☆」

こういうときの行動力というか瞬発力は、フヂマリ、誰にも負けない。誇れると思う。エイビーロードからHアイエスにたどりつき、クソ高いサーチャージ入れても32000円くらい。
即決予約! と、本当になってしまったのだった。
ミュージカルのチケットは、まだまだ余っている。 それでも日本発売分はS席がなく、韓国のサイトで取ってやろうとするものの、国民番号のない外国人では不可能で断念。結局A席となった。
それにしても、せっかくの海外公演、しかも楽日なのに残席が結構あるって、どうなんだろうか。海外公演なんて華々しく決めちゃって、どこまでも客の心を読めないエンターテイメント企画である。

こいつに、いつもの夏旅を合体させてしまおうと考えた。 S、O、K、に「あのぅ……デズニーやめてソウルへ行きませんか? もう何度も行ったことあるけど、でも今回テニスのミュージカルもやるし……」と持ちかけると、どいつもテニスのミュージカルを見たことのない人たちだが、「行く」と即答が返ってきた。
この人たちの面白さはここにある。ノリがいい。初陣が海外遠征なんて人は、ソウルの会場にもこの人たちだけなん じゃなかろうか。金持ちOLめ。
やっすいツアー利用、ホテルだってもちろん追加料金払っていないので最低ランクである。トンデムン (東大門)のはずれにあるホテルとのことで、地下鉄の便が良くないが、まあいいだろう。日程も、安いツアーらしく、夜着いて早朝帰ってくる日程。飛行機はJAL。
ソウルは2004年以来、4年ぶりに訪れる。今年はS・O・Kと一緒に海外へ行き始めて10周年なので、やっぱり記念に外国へ行きたかった。安いツアーで申し訳ないけど、願いがかなってよかった。
同行者のゲスト出演は東京凱旋公演のチケットが取れなかったJさん。



10月18日土曜日 日本は晴れ

大学行って荷物取りに家へ戻って、14:40出発。
おだんご頭、工場のおばさんみたいなスモッグワンピースにストールを巻き、でっかいリュックサック を背負った上から斜めがけのバッグを持っている姿は、我ながら奇異であった。しかしながら到着日に大学へ直行するためには仕方がないのであった。ポチ(がらがらとひっぱるスーツケース)で学校には行きたくない。
お金がないので京成の特急で成田空港へ向かう。
最近大変ケチになったので、10分しか変わらないスカイライナーには乗らないのである。浮いた1000円で、ねぎとろ丼を食べるほうが良い。

JALのカウンターは自動チェックイン機。
SASのチェックイン機のように、こいつからバッゲージタグも出てくればもっと便利なのに。搭乗券を発券後、カ ウンターで荷物を預けるのにまた並ばなくてはならないのはめんどくさい。
注文したねぎとろ丼は、史上最多、まさかの5つ。写真を撮る甲斐もあるってものだ。

手荷物検査場はめずらしく空いていた。
そこで、係員のお姉さんに、どのくらいの水分までなら持ち込めるのかをきく。めずらしくギスギスしていない優しい人だった。彼女によれば、ゼリーは駄目、羊羹はOK、ケーキやおにぎりもOK。ゼリーと羊羹の境界線がよくわからないが、そういうことらしい。
「じゃあ水羊羹はどうでしょう?」 と、しつこくきくのはためらわれたため、よくわからなかったが、そのへんのゲル状危険域を避ければ、食品はわりと持ち込めるということがわかった。
つまりあたしが何をききたかったのかというと、「機内食以外の食べものを持ち込むことができるのか 」ということである。離乳食がOKなのは知ってたけど、自前の弁当とか、持ち込めるのかなあ、と思っていた。
激マズアリタリア航空などに搭乗する際の備蓄食料を、あるいはあたしの今年のベストオブ文庫本に輝く『アマンダ恋のお料理ノート』に出てくるアマンダが機内に持ち込んだような、最高の生ハムと有機野菜のサラダ、みたいなマイランチが可能なのか知りたかっただけである。
「はあぁ?」みたいなお姉さんでなくて良かった。とにかく空港の手荷物検査場の人たちはイジワルなので、小心者のフヂマリはビクビクしている。ブログに悪口を書くくらいしかできない。
しかしながら繰り返しにはなるが、国交省は、あの1リット ルジップロックを無料配布すべきである! と今回 も書いておこう。ノルウェーやオランダの空港ではバラまいていたあのジップロックを、経済大国日本ともあろう国が「次回はあげませんからね」とケチケチするのは確実に国際的イメージを悪化する。国民感情も悪化する。

免税店で、夏に好きだったエルメスの香水を探し、ふりかける。
やっと名前がわかった。あたしの旅メ モには「ナイルの底」と走り書きされていたが、これはおそらく「ナイルの庭」かと思われる。底って ……泥臭そう。
トップノートが柑橘系(グリーンマンゴーなのだそうだ)、ミドルで柑橘系の尖った感じがなくなって石鹸のようなやわらかさに変わる、淡い香りの香水。
欲しいけど9000円。こんなにたくさんいらないから、半分くらいのミニボトルで欲しいのだけど、経済観念のないゴージャスエルメス社はミニボトルなんてみみっちい販売方法は取らないのである。
Kはパスポートに香水をふきつける、という暴挙に出る。これは香水をしみこませたムエット(試しにつけるための紙)をパスポートにはさむことを始め たMの上をいく行為であるが、結構いいかも。しばらくの間、パスポートを開くたびにいいにおいがしていた。

パスポートって、どこまで改造することが可能なんだろうか。出入国管理では「パスポートのカバーを全部はずしてください」って言われるけど、においつけちゃいけないとはない。じゃあ表紙は? あたしのパスポートのうしろの表紙には、いつ貼られたのか記憶にないけどすんげえでっかい緑の円形シールがくっついている。でも別に何も言われない。顔写真の、いちばん大切だと思われるページに細工をしなければ、表紙だったら、キティちゃんのシールを貼るとか、ベッカムにサインしてもらうとか、いっそのこと今はやりのラインストーンで表紙の菊マークをデコ盛りにしてやるとか、平気だったりするんだろうか。

18:05 離陸
飛行機は機材がすごく良かった。新しい飛行機で、耳元からニョキッと生えているかっちょいい触手風ライト、大画面パーソナルTV、エコノミーなのにフットレスト、後ろの席の人に迷惑をかけないよう、座席内で倒れるリクライニングシートが標準装備。プラスして、いちばん前の席だったので、足元が広かった。大変快適。
映画はSex And The Cityがやってた。しかし映画の長さが飛行時間に合わない。途中で終わってしまう のが明白なものを見せるって、ちょっとイジワルだ。それでも文句を言いながら、Oと一緒に観る。

軽食はハムと卵のサンドイッチ、デニッシュペストリ、フルーツミックス。ビールはこんなときでないと飲めないのだ。家では発泡酒。世のお父さんたちと同じ悲しみ。

20:20 ソウル着
ソウルは東京より暖かかった。最低気温がもっと低いのかと思っていたのだけど、そんなことはなかった。
4年前に来たときよりもさらにインチョン(仁川) 空港は開発が進んでいた。新しいコンコードができている。

感じの良い入管兄さん。やっぱり入管はその国の顔だからな。夏旅最後に出会った関空のバカ係員を思い出す。バカ親父は外国人用レーンの入り口に立ち「ガイコクジン、こっち!」と指さして指示を出していたのだ。その横柄でイヤな雰囲気の言いかたに、日本人はみんな「なんだアレ」とあきれて振り返っていた。マジ名札を見てくればよかった。
ソウルの入管兄さんの入国スタンプにはキティちゃんのシールが! なんとかわいらしい。そういえばあのスタンプ、みんなで共用するのではなくて係員が一人ひとりマイスタンプを持っているのはなんでなんだろう。手への馴染み具合とかあるんだろうか。
兄さんの押したスタンプの日付は昨日のままで、あわてて手書きで修正される。いい加減!

両替レートが史上最高! この経済危機のおかげで100ウォン=8円。ついこないだまで13円とかだったのに。日本円が一人勝ち、そしてアメリカ経済と仲が良いウォンはかなり値を下げている。1万円両替して12万ウォンももらえるなんて!
お迎えのガイドさんはお話が大変上手なお姉さんだった。ソウル市内まで1時間半、バスの中で話しまくり。
「街で私の名前を呼ぶときは最初に『きれいな』と、つけないといけません。韓国は同姓が多いですから、苗字で呼ぶとみーんな振り返ってしまいますが、『きれいな』と言われて振り返るようなあつかましい人はなかなかいませんから」
「あんまりオススメしたくないツアーもあるのですが、オススメしないと反省文書かされてしまうのです」
「(帰国日のお迎えが)朝早くて大変だと思います。私も大変です。けれども私のスッピン、これは国家機密なのですが、これを見ることができますよ」
などなど。面白い! 眠らせない、車酔いさせない見事なおしゃべりだった。国家機密なんて難しい単語をよく知っている。
同行の客は若い子ばかり10名ほど。我々よりも若い人たちに見えた。それでも、半日市内ツアーとか、カジノツアーとか! 強引にすすめられるわけでもないのに結構ツアーに入るんだな、これが。うーん ……。
北朝鮮国境のパンムンジョム(板門店)行くツアーならまだしも、カジノとかさあ、行きたいなら自分の足で行けばいいじゃん。タクシー乗ってさあ。カジノの店員はきっと日本語しゃべれるぜ。
HISの社長が去年だったか朝日新聞でインタビューに答えていて、「当初は我が社は若者の個人旅行を支える格安航空券屋だったのが、今ではツアーの売 り上げがほとんど、最近では国内ツアー旅行まで商品として売るようになった。若い人が何の苦労もな くツアー旅行することに、抵抗を感じはする。苦労のない旅は思い出に残りづらいから」というようなことを話していたけど、本当だよな。
あたしが、こんなに旅が好きなのに旅行会社や添乗員に就職しなかったいちばん大きな理由はそれだもの。あたしにとって楽しい旅はツアーではなく個人行動なので、そんな思いと「ツアーの添乗員」である仕事内容とに矛盾を感じ続けながら仕事を続けるのは嫌だなあ、と思ったのだ。絶対自分で行ったほうが楽しいって。そしてそれは、今回のように韓国ならば、なんの問題もないだろうに。
途中のホテルで、でっかいダンボールを持った女性客2人が降りていった。窓からその様子を見ながら 「王子様か!? テニプリのミュージカルを見に行く客かもしれん。あのでっかいダンボールはキャストへのプレゼントが入っているのかもしれん!」と色めきたつJとあたし。あほかおまえら。

23:00 ホテル着
ごく普通のホテル。ぼろいけど別に何の問題もない。
フロント兄さんの対応が、やわらかくて感じいいのが良い。
荷物をおいてからフロントでテジ(豚)カルビの店が近くにないかたずねると、「このあたりはもう閉まっています」と言って、トンデムンシジャン(東大門市場)近くの地図にしるしをつけて渡してくれた。日本語が上手。
タクシーでトンデムンへ。
トンデムンシジャン(東大門市場)は衣料品関係の市場が立ち並ぶ一大ショッピングゾーンである。今では高層のファッションビルが連立している。まあ相変わらずすごいこと。今が何時だかわからなくなるくらい明るくて、そして人が大勢いる。夜の街は相変わらずすごいこと! 明日が日曜なので余計なのかもしれない。昼の渋谷の如し。
裏通りは夜遅くまでやっている食べもの屋さん街になっている。明け方5時くらいまでやっているDOOTAなど、ショッピングセンターの中にも、閉店まで開いているフードコートがあるけど、それよりは外のお店のほうが美味しいんじゃないかと判断した。フードコートの食べものは、ハズレはないけど当たりもなかなかない。
看板に出ている写真を見ながらテジカルビのある店へ入る。テジカルビとは豚肉のカルビで、名物は「サムギョプサル」=三段腹。
深夜なのによく入っている店を選ぶ。
サムギョプサルは、斜めにした鉄板で焼肉にする。肉の脂は斜めの鉄板をつたって、テーブルにあいているくぼみの中の容器へと落ちるようになっているので、見た目ほどしつこくない。
大きなまま焼いて、はさみで切ってくれるのは普通 の焼肉と同じ。これを、一緒に焼いた白菜キムチと共にサンチュやエゴマの葉で包んで食べる。あたしはエゴマの葉のほうが好き。少しモソモソしていて硬いけど、香りがとても良いのだ。ただしパクチーが苦手な人の場合、エゴマも苦手だという人が多い。
一緒に注文した梅酒は焼酎ベースの辛口。キムチチヂミも頼む。これは人気のある海鮮チヂミのように具が豪華で食べごたえがあるわけではないけど、パリッとしていて美味しかった。
どの店にも日本語表記のメニューがある。
テーブルいっぱいに広げられる韓国料理名物のサー ビス小皿はお替り自由だ。この店では、歯ごたえの軽い刺身こんにゃくみたいなもの、もやしのナムル、どの店でも必ず出てくる甘いフレンチドレッシングのサラダ、甘酸っぱい冷やしわかめ汁、チョレギ(ねぎ)サラダ、生にんにく、生青唐辛子、だった。
青唐辛子にはやっぱりハズレがある。ちょろっとはしっこを噛んでみて確かめなければならない。今日のあたしは3勝1敗。
韓国人、特に女性は、本当に太っている人が少ない 。これはやっぱり、この野菜たっぷりの食生活に秘訣があるのだろうか。肉だけで食べるということがほとんどないのだ。クイ(焼肉)にしてもプルコギ(すき焼き)にしても野菜でおなかいっぱいになるよな。

韓国の焼肉姉さんはたいてい客席のテリトリー意識があって、あたしたちが手を出さずとも焼いて、食べやすい大きさにはさみで切ってくれることが多いのだが、この店は牛カルビの高級店ではないので、お姉さんが焼いてくれるのか、自分で焼くのか、そこらへんの要領がわからない。ちょこちょこと現れては、やってくれるんだけど、あたしたちの食べるペースと今ひとつあわないので、こっちもちょこちょこと勝手にはさみで切ったり焼いたりしていた。
キムチにしても肉にしてもそうだけど、これ結構はさみで切るのが難しい。フニャリとしていてつかみづらいのだ。
食べものをはさみで切る、という調理文化を持っているのは韓国くらいだと思う。肉もキムチも、カクテキ(大根キムチ)も冷麺も、しまいにはキムパブ(海苔巻き)だってはさみで切っていく。昔からなのか、それとも台所ばさみが普及した最近のことなのか。確かに便利だ。
豚肉って、やっぱり美味しいよなー。脂の味が秀逸。牛肉よりたくさん食べられる気がする。

SちゃんやJの興味は化粧品店。BBクリームなる化粧液+ファンデーションの万能クリームが良いらしいので、化粧品店をはしごする。
韓国コスメはIKKOさんのおかげで大人気だ。
おネエMAN'Sの力はすげえよ! どの店も入口に「IKKOおすすめ」とかポスターが貼ってあるんだもん。
確かに、マスカラが500円くらい、ファンデーションが700円くらいからと、お手頃でパッケージもかわいらしくて、そりゃあ人気があるだろう、 という感じだった。試してみるつもりでいくつも買える。
それから、韓国のコスメショッピングの大きな魅力の1つが「おまけ」である。ちょこっとヨーグルトパックを1つ買っただけでも、袋の中にファンデーションだの化粧水だのの試供品を入れてくれるのだ 。それなりに高いものを買えば、化粧ポーチだの鏡だのまでたっくさんついてくる。とってもお得な気分になれる。初めて来たときはびっくりした。
とはいうものの、フヂマリは化粧をしないので出番がない。購買意欲がないのが全身から伝わってくるからか、お店のお姉さんもあまり寄ってこない。仕方がないので、彼女の買い物を待つ男の隣であたしも待つ。
ただ、やっぱり気になるのは、どんな店も、かわいらしいオシャレショップでも、KENZOそっくりの香水ボトル、資生堂のポスター写真と同じアングルで撮った口紅の広告、ベリーベリーそっくりのパフケース、アナスイそっくりのラインなどなどなどなど、そういうことに抵抗がない、ということだ。
けなしているわけでは断じてない。ただただ不思議なのだ。韓国を代表するコスメティックメーカーであるTHE FACE SHOPなんて、店名も内装もTHE BODY SHOPじゃねえかよ!
こういうことを、売る側も買う側もダサいとか、格好悪いとか、思わないってのが不思議なのだ。
これは韓国や中国に非常によく見られる傾向である 。善悪で言っているわけではない。
日本人は、あれれ?ナニアレかっこわるーい、と感 じる。滑稽さを感じとる。ヨーロッパの場合はもっとパクリに嫌悪感を抱きやすい。
この差はなんなんだろう。単に文化的成熟の度合いの違い、つまり、韓国や中国が後進国だから、商標権の意識が低いから、未発達だから、感性が幼稚なのである、というだけではないんじゃなかろうか。この人たち、あと何十年経っても、このままな気がするのだ。面白いなあ、と思う。
街で見かけた「R25」そっくりのフリーマガジンとか、バーガーキングの隣に軒を連ねる「スムージーキング」とかな! ロッテリアの「24時間オープ ン」表示はマクドナルドのやつのパクりだし、とにかくそういうことに抵抗がないんだよなあ。

韓国で耳にする、あたしの大好きな日本語は「かんぺきなバッタもん」「まぼろしのにせもの」である 。素敵だなあ。悪びれることなく大声で呼び込みをするもんだから思わず笑ってしまう。

4年前にきたときよりも、ファッションが進歩している。昔は「品物はたくさんあるけど、日本で着られるものなんてない」と感じたのに、ますます日本のトレンドに近づき、いいな、と思うようなアクセサリーがあったりする。もう少し時間とお金があったら、じっくりと買い物をしたいのだが、今回は無理だ。

タクシーで帰ってくる……ものの……すんげえボッタクリ!! 史上最大級である。途中で降りた段階で行きの10倍!
運転者証を確認しなかったんだなー。いつも見ているのに。ソウルで、大きめの車体の黒塗りのタクシーには絶対乗ってはいけない。トンデムンシジャンとホテルが近くて何よりだった 。
「あたしたちが一緒に乗ると、タクシー運が悪いよねー」とSちゃんと言いながら歩いて帰ってくる。あたしたちは去年ヴェトナムでも、同じようにボッタクリタクシーに乗ったのだ。

ホテルの向かいは、いかにもラブホテルなのに、駐車場入り口にイカソーメンみたいなビニールも下がっているのに、いかがわしくないタイプの女の子2人組とか、男だけの3人客とかが入っていく。ずんぐりむっくりなおっさんのホモ3Pかなあ…… 麗しくないなあ。

2:00 帰宅



10月19日

良い天気。気温が低い。
9:00 出発
ホテルの周りは高層マンションがあったりする、繁華街のはずれ。日曜だからかお店はあまりあいていない。
ホテルのそばで朝食にソルロンタンを食べられたら、と思っていたのだが、けっきょく駅から地下鉄に乗って、有名なソルロンタン屋へ食べに行くことにする。
昔風の居酒屋や「伝統茶店」が並ぶインサドン(仁寺洞)に近い、チョンノ(鐘路)にある老舗ソルロンタン屋は、ソウルの「外食店」第一号の店である。ソルロンタン愛好団体としては行かないわけにはいかない 。

話は変わるが。
韓国の茶を飲む習慣や文化は、茶が伝来して間もなく廃れた。中国や日本、あるいはイギリスのようには根づかなかった。
韓国で飲まれるのはもっぱらトウモロコシ茶や麦茶などといった茶外茶で、これらも、生活に不可欠なもの、というわけではなかったようである。現在でも、韓国の食堂やスーパーマーケットに行けばわかるように、日本や中国でいうところの「茶」、つまり緑茶や花茶のようなものはあまり見かけない。あるのは香ばしいトウモロコシ茶と、それからせいぜい紅茶である。
インサドンでよく見かける「伝統茶」というのは西瓜の鮮やかなピンク色をしたオミジャ(五味子)茶や、柚子のジャムを湯に溶かした柚子茶など、これらも茶外茶で、この20年ほどで流行した、歴史の浅いものである。
韓国の食文化を記した本を読んでいても、ごく近年の記述に少し出てくる程度だし、韓国で教鞭を取ったことのある四方田犬彦の本にも「2000年に久々にソウルを訪れ、そのようなものがあるのを知って驚いた」と書かれている。
それでも、柚子茶は美味しい。今回飲みに行けないのが残念だ。

ソルロンタン屋は、そびえ立つ国税庁ビルの裏手に、オンボロくあった。
メニューには並と特とがある。何が違うんだろう、と、両方注文してみるが、両者の違いは入っている肉の量だった。
ソルロンタンは、牛の背骨・骨髄・内臓から取った真っ白いスープ。これにごはんとカクテキとねぎを入れ、ぐっちゃぐちゃに混ぜて食べる、韓国では定番の朝ごはんの1つである。

この店の場合は、味付けがまったくされていない白いスープに、そうめんと、肉片と、最初っからごはんが入っていた。これに塩・ねぎ、そしてカクテキとキムチを入れて食べる。カクテキもキムチもねぎも山盛りになって出てきて、食べたいだけ食べられる。
ソルロンタン屋のキムチやカクテキは古漬けのように酸っぱいものが多い。こういうののほうが浅漬けのキムチより、あたしは好き。
つい最近アメリカ牛の輸入が再開された韓国、骨髄といえば狂牛病だけど、くそくらえだぜ。おーいしー!
フヂマリはどうせイギリス滞在歴があるので狂牛病の可能性があるらしい(実際には牛肉及び牛製品を口にしてはいないが)し、献血できないしさ。先日久々に献血してやろうと思って行ったら、禁止期間がかぶっていてできず、ピカチュウみたいなキャラクターの絆創膏をもらって帰ってきたのだった。

地下鉄でスウォン(水原)へ。どこまでも空かないコミコミ電車で1時間ほど。
「みんなどこで降りるのかね」と話していると、みーんなスウォンで降りた! なーんだ。
スウォンは100万人の大都市。京畿道(韓国における「道」は「県」の意)の県庁所在地。駅舎は新京都駅みたいだ。この街にはファソン(華城)という城があり、ユネスコ世界遺産に指定されている。
18世紀末の李王朝の王様が、この街に遷都しようと思って築城したもので、実際には完成直後に王様が死んだので結局遷都の話は流れたのだそうだ。石垣を用いた東洋風の築城法とレンガを用いた西洋風の築城法とが合わさっている珍しい城壁のため、世界遺産となっている。以前、写真でこの城壁を見て、来てみたいと思っていたのだ。

駅からは少し離れているのでバスで行こうと思ったのだが、うまいこと見つからず。文字に手がかりがないってのはめんどくさいなあ。次来るときまでに読めるようになろう。
タクシーで行くことにする。
城壁にはいくつか門がある。南門にあたるパルダルムン(八達門)で降ろしてもらう。
八達門という名前のとおり、中国からの影響が李朝文化には大変大きい。日本は「吐くよ(894)ゲーゲー遣唐使廃止」で中国への朝貢貿易をやめたが、朝鮮はその後もずっと朝貢貿易を続けたため、日本以上に中国文化の影響が色濃い。中国以上に儒教の国だし。ただし、でも、李王朝独自の色も充分すぎるほど濃いが。食べものや服装が独特だ。エイの発酵刺身とか、どんぐりの麺とか、キムチ、上に具をのせた混ぜごはんビビンバなど、これほど珍しい食べものがある民俗は、なかなかない。
運転手に「パルダルムン」の発音を散々なおされる。「ル」の音が日本語よりももっと小さくて鋭いのが、難しく、できないと笑われる。

八達山を少し登り、城壁内をまわる「ドラゴン列車 」に乗ろうと思っていたのだが、ちょうどいい時間のものがなく、結局歩く。

城といっても、すべてが完全に残されているわけではなく、城壁の名残がところどころにあるのと、それから新しく立て直された行宮があるくらいで、場内には普通に一般道路が走り、教会があったり民家があったりと、市内の一区域と化している。

韓国はキリスト教、特にカトリック勢力が強い。空港から市街への車窓からも教会の十字架が山ほど見える。この十字架がどれもネオンで彩られていて、他のキリスト教国より派手で面白い。
ここスウォンにも、すんげえでっかい大聖堂があるのが八達山から見える。

行宮はドラマ「チャングムの誓い」の撮影のために立て直されたとかで、ショーのようなものが催されたりしていた。


トイレにはパンダが!


残存する城内でもっとも美しいといわれる、北の長安門そばの華虹門まで歩く。


小学生が社会科見学に来ていた。日曜なのに先生が引率。すげー。
入場料は行宮しか、かからない。のどかな日曜の昼下がりだった。緑や紅の美しい色の柱を持つあずまやには靴を脱げば誰でも登れるし、中でごはん食べてもいい。

広い公園のようになっている場所でも、多くの人がお弁当を広げていたり、あるいは伝統の弓射ができたりする、いい場所だった。

スウォンは「スウォンカルビ」といわれる、大きくて塩味ダレのカルビでも有名。
タクシーで、そんなスウォンカルビの老舗へ。
広い駐車場があるような、でっかい店。
カルビは高級品だと昨晩のガイドさんも言っていた。「1年に1回、親孝行のために『牛カルビを食べに連れてってあげる』と言っても、私の親は遠慮するくらい、高価なものです」と。もっぱら豚肉のカルビ(テジカルビ)や鶏(タッカルビ)を食べることのほうが多いと言っていた。たしかにそうだと思う。日本人からしても、韓国のカルビは高い。1人前200gくらいに、まあ確かに韓国らしく、さまざまな小皿料理がついてくるといっ ても、3500円って、焼肉としては高いよな。物価は日本の1/2くらいだとして、日本で7000円の肉食べるって、結構すごいもん。
しかもあたしは牛肉よりも豚肉や鶏肉のほうが好物なので、テジカルビで大満足なのだ。
それでも、美味しかった。甘口のヤンニョム(薬味ダレ)に漬けられた肉は、サンチュにくるんで食べると本当に美味しい。この店はエゴマの葉を使っていなかった。サンチュしかなかった。
この店で出てきた小皿は、サンチュ、青唐辛子、白菜キムチ、カクテキ、キャベツとあさつきのサラダ、定番クリームドレッシングのサラダ(辛さをやわらげるため好まれるのだそうだ)、カンジャンケジャン(生蟹を甘辛いヤンニョムに漬けたもの)、しめじのおひたし、こんにゃくの田楽のようなもの、ブロッコリのマリネ、水キムチ、白い白菜キムチ、など。どれももちろんおかわりができる。
無愛想なお姉さんは黙々と焼いていく。我々は彼女のペースを崩さぬよう、一所懸命ついていく。山盛りの肉はあっという間になくなった。
どのカルビ屋でも、味つきの肉のほうが安くて味のついていない「センカルビ(生カルビ)」のほうが高いのはどうしてだろう。あたしは味のついているやつのほうが好き。
蟹がマジうまい! こんなに美味しいのを初めて食べた。生臭さがまったくないとKか言うとおり。生の蟹なので良いものでないと、生臭くて、おなか壊しそうな感じのものになるのだが、この店のはとっても美味しかった。殻ごとバリバリかじる。ああ、日本酒呑みたい! これさえしゃぶっていられるのなら、酒を何杯でも呑める。ただし今夜はこれからミュージカルを見に行くので、酒は慎んでおいた。寝そうなんだもん。
デザートは丸ごとの黄桃のシロップ漬け。

15時という微妙な時間帯なのに、お客さんはわりといて、後からも入ってくる。「牛カルビは高級」というだけあり、確かに、お客さんは金持ちそうな格好をしている人が多かった。もちろん、あたしたちのような若者だけで来ているようなのは少ない。だいたいが家族連れだ。
Sちゃんが「お母さんはそうでもないけど、お父さんの格好見ると、お金持ちってわかるよね」と言っていたとおり、着ているものがラルフローレンだったり、髪型が中国床屋風ではなく現代美容院風だったりと、パリッとしている。そして子どもも、最新のゲーム機を持ってたりして、ボンボンっぽさを全身から発信している。
タクシーでスウォン駅へ戻ってくる。乗りたかった国鉄特急の「セマウル号」でソウルへ帰ることにする。これだとソウルまで30分ほど。
切符を買う窓口のお姉さんが頭の良い人だった。まあワールドカップとかもあったし外国人客に慣れてるのかもしれないけど、でも、紙に書いた行き先しか手がかりがないのに、画面を見せてくれて「何時のがいい?」と教えてくれたりと、時間の指定までスムーズに理解してくれた。英語なんか話せなくても大丈夫な人だ。こういう人に会うと旅先で安心できる。理解力とは頭の良さだよなあ。
少し遅い時間の特急を予約し、駅のまわりをぶらつ く。

よしながふみの「アンティーク」こと「西洋骨董洋菓子店」は韓国でもドラマ化しています。こちらは小野がちゃんとゲイ設定だという噂が。本当かな。ポスターはちょっと気持ち悪い。

前にソウルを訪れたときにも書いたが、つい30年前 まで厳戒令が敷かれるような、日本からの観光客なんて妓生(キーセン・売春婦)目的の男だけだったような、岩波書店の本イコール共産主義的だとして空港の税関でビリビリに破かれたような、そんな状態だったのに、これだけ発展を遂げた韓国の、経済格差は大きい。大都市のまんなかで、爪の汚い、日焼けした農民が、ゴザに野菜を売っていたりする。 売っている野菜はとっても新鮮で青々としていて美味しそうだったのが救いだけど、でも、その様子はスウォン駅前の雑踏にはそぐわなかった。
ノルウェーは養子縁組をする家族や夫婦が多い。
その子どもはだいたいノルウェー人ではなく、世界の貧困国の子どもで、白人だけでなく、黒人も南北アジア人も多かった。
養子縁組をした人に「北アジア系の子どもは、どこの国の子なの?」ときいたことがある。「中国の農村部や、コリアが多いわね」という答えが返ってきた。「コリアというのは北朝鮮ということ?」ときくと「ううん、南コリア(韓国)だよ」と言われ、ええー、あんなに発展したように見える国なのに、と驚いたのを思い出す。
世界でいちばん携帯電話とパソコンの所有率が高い国の1つである韓国だが、国内の格差は相当でかい。

16:58 スウォン発
ホームの電光掲示板には、電車が入ってくる直前まで表示が出ないので、はたして自分の待っているホームが正しいのか正しくないのかわからず、ちょっと怖い。
17:33 ソウル着
時間が意外となくなってしまった。
急いで地下鉄を乗り継ぎ「ミュージカルテニスの王子様」の会場へ。
ソウルを東西に流れるハンガン(漢江)の南、カンナム(江南)は、30年前まで農業地帯だった。ソウルという街はハンガンの北までだったのだが、今は大オシャレ地区で、ここの超高層アパートに住むことは成功の証ともいわれる。
そのカンナムにあるでっかい会議場&ショッピングモールでミュージカルを見る。コンベンションセ ンターをどうやって舞台にするのか、と思っていたけど、上手に照明を釣っていた。
A席なのに、中央の前のほうで、とっても良い席だった。原作者のCOOL許斐センセエと、脚本を書いた三ツ矢センセエが前の列にいた。いやあ許斐センセエはCOOLだった 。ピタピタレザーパンツが今どきあれほど似合う人はなかなかいない。
客層は日本人4割、韓国人6割、という感じか。座席 は満席ではないものの、予想よりは入っていた。入れている人数がそんなに多くないこともあるかもしれない。

ちょっとここからイケメンばっか出てるヘナチョコミュージカルについて気持ち悪い感じで熱く語りますが。

役者の役への思い入れが空回りせずに、しっかりと 演技の上に乗っかったとき、というものを久々に見た。
「この役は俺がやったときがいちばんなんだよ!」という勝ち気さや気持ちの強さが全開で発揮されたときの役者と役とのシンクロは、本当に身震いするほど面白い。これが芝居の面白さだよ。
加藤和樹のセリフの一言めだけで、その思い入れがわかった。背筋がゾクッとして泣きそうだった。
彼はこの舞台公演の最初っから出ていたわけではな く、いわばスペシャルゲスト出演的に、ほんの少しの回数だけダブルキャストで出ているのだが、はっきりいって、もう2ヶ月くらいやってきているオリジナルメンバーの中に現れると、オリジナルメンバーを喰っていた。彼が出てくるだけで、客の視線が、これは彼がイケメンだからとかそういうのを抜きにして、ちゃんと釘付けになっていた。
巧いわけじゃないし、正直この役以外の彼はあまり良い役者であるとはいえないけれど、でも 、この跡部景吾という役はすごかった。跡部にしか見えなかった。オーラがあった。
ろくでもねえ舞台だけど、「芝居の面白さ」を見せてくれる役者がひとりでもいてくれたのは救いだった。
ストーリーとしては、ただのテニス試合シーンが2時間続くので、最初から全公演を観ていないS、K、Oはつまんなかったと思う。そういうろくでもない公演である。初めてのお客さんに優しくない。
あーいいなー、あたし生まれ変わったらイケメンに生まれて、こういう舞台やりたいなあ。んでもって出てきただけで窓ガラス割れるくらいの音波でキャーキャー言われたい。

舞台は日本語で、上手と下手に韓国語の字幕の電光掲示板が出る、というものだったのだが、キャストの中に1人、韓国系の子がいて、その子がカーテン コールでちゃんとハナをもたせてもらっていた。
韓国語で挨拶を始めたときにもうグジュグジュに泣 いているのを見て、本編では泣かなかったのに! もらい泣きをするフヂマリ。いやー、そりゃ泣くよね! まさか海外公演があって、しかも母国でできて、拍手もいちばん大きくもらったら、そりゃ泣くさ。楽日だしさ。良かったねー。
初めて観たKも言っていたけど、劇自体のみでなく、キャストの裏話やイケメン度、成長の過程、および笑えるくらいの歌の下手さ、演技の下手さ、それから、ろくでもねえ歌詞、そして何よりファンの子たちや会場の空気、物販に客が走る異例のインターバル、後ろから飛んでくる怒号のような黄色い声援まで、すべてをあわせた、そういう意味での複合エンターテイメントとしての面白さ、四方八方三次元で面白い、という状況こそが、このミュージカルの面白さである。

精気を吸い取られたようになって、ヘロヘロで出てきたのは21:30。おかげでストールをなくしてしまった。会場で探してもらったけど見つからず。あとかたづけが進む会場からは、ファンからのプレゼントが入った山積みのダンボールが運び出されていた。すげー。日本に持ち帰るのめんどくせー。


カタールでもポカリスウェットが売っていて驚いたのだが、海外でポカリスウェットを見かけるたびに思い出すのは「ポカリスウェットを知らない日本以外の国の人たちは、これが売り出された当初、その商品名を見て「なにかの動物の汗の入った飲みものなのか」と大変不気味がり、まったく売り上げが伸びなかった」というエピソードである。大塚製薬、がんばったね。

ロッテワールドのそばにある、巨大スーパーロッテマートは24時まで営業。おみやげを買いに行く。
ガラクタを2000円ほども買えれば、あたしは満足。

結構クタクタで、トンデムンあたりでサムゲタン(参鶏湯、鶏にもち米や朝鮮人参を詰めて煮込んだ薬食スープ)を食べようと思っていたのをあきらめて、スーパー前からタクシーに乗って戻る。
4人はミニストップで何かを買うくらいでいいと言うのだけど、あたしはなんとなくおなかがすいていて、夜食を探して歩きに行く。
フライドチキンやキムパブ(海苔巻き)なんかを探しながらお店できく ものの「閉店だからもうない」と断られてしまった 。仕方なく、セブンイレブンでキムパブと肉まんなんかを買って戻ると、ケーキが待っていた。誕生日を祝ってくれたのだ。S、K、O、J、ありがとう。

買ってきたキムパブと肉まんを食べる。肉まんは、野菜肉まんは美味しかった! 日本でも売れるかも しれない。でもピザまんは、日本の山崎のすごさを感じた。断然日本のやつのほうが美味しい。味が薄い、と思ったら、そうだ、チーズが入っていない。 トマトの味も薄い。キムパブは、ずっしりと大きく、しかも2cmごとくらいに切り目が入っていて、恵方巻きみたいにかぶりつかなくても指でつまんで一口大に切りながら食べられるようになっているのだ! これすごい。 とっても食べやすくて美味しい。
キムパブは韓国の食文化の重要な1つ、日本でいうおにぎりだ。スーパーでは、キムパブの具となる、たくわんやカニカマなどが、ちゃんと、海苔巻きサイズ、つまり30cmくらいの長さで売られている。ごはんは酢飯ではないことが多い。でも海苔は胡麻油の香りがこうばしい韓国海苔で、あたしは好物だ。具は魚介類ではなくて肉や漬物。

夜中にJとKで、ホテルの隣にあった24時間営業の食 堂へごはん食べに行く。
外に貼ってあった看板の写真を指さして、何が出てくるかと待っていたら、出てきたのは3つとも、食べたことがないものだった。しかもこれ、写真と違うんでないかい?
ハングル文字はまったくもって手がかりがないので、かなり闇鍋が楽しめる。

出てきたのは、

薄切り豚肉に衣をつけて揚げ、トマトケチャップ味が強いデミグラスソースをかけた「とんかつ」に、ごはんとキャベツと缶詰のチリビーンズが添えてあるもの、+コンソメスープ
辛い味噌汁(こんにゃくかと思った具は、牛の血をかためたもの)
辛い味噌汁2(牛の背骨の肉が山ほど入っている)

であった。
店の人は愛想の良いおばちゃんで、深夜の営業だと いうのにギスギスした雰囲気じゃなかった。
あたしたちの後からは、若い男の人が結構たくさん入ってきた。
どれもわりと美味しい。牛の血の灰色のやつは、まったくもって臭くなく、食感はゼリーみたいなポロポロとした寒天状で、美味しい。二日酔いに効くらしい。
Se25会計の横のところには小さな紙コップのコーヒー自販機があって、出て行く前に買っていく人が多い。
あたしたちも真似して買ってみる。ボロい機械から出てくるやっすいコー ヒーだけど、クリープと砂糖がすでに入れられちゃってるけど、デザート感覚というか、駄菓子的というか、意外と美味しい。

旅先での食べものは、食べようと思って期待しているものと、それから予想外のものと、両方が体験できると、最高に楽しくなる。空気、気候、においや客、そして旅人の精神面がミックスされた状態で食しているので、おんなじものを日本で食べても、絶対に同じ味だとは感じない。
そういう体験を、やっぱり、行きの送迎バスの中で一緒だったカジノツアー頼んでたような人たちにも、してほしいんだよなあ。
だからあたしはツアー旅行の添乗員にはなりたくないのだ。個人であたしをやとってくれる人がいるなら、ぜひそういう仕事をしたいけど。一緒にきったねえ市場の片隅で地元ごはんを食べることなら 、喜んでしたい。
今回も、とっても短い旅だったけど、闇鍋プレイができてよかった。

2:30 帰宅。朝の集合は5:20なので、このまま寝ないでしゃべったりトランプをしたりする。



10月20日

まっくら。
5:20 ホテルにお迎え。
バスに揺られて「韓国特産品店」へ連れて行かれる。
このシステムは、韓国格安ホテル&航空券ツアーの場合、なくならないんだよなあ。
外は霧。すっごく霧。そんな中を結構なスピード出して走るもんで、ちょっと怖かった。
さすがのガイ ドさんも今朝はしゃべらず。みんな爆睡。

特産品店は空港のすぐそばにあり、高いキムチやお茶を試食させられて、おみやげのぞいてる間中店員のおばちゃんがついてきて買わされる、という場で、恐怖なのだが、今回のツアーで寄った場所は、今まででいちばん大きくて同行の人も大勢いたので、全然品物を見ないで出て行ってもとがめられなかった。
バスを降りたときから目をつけていたコンビニへ。ガムやら飴やらを物色して戻ってくる。

7:15 空港着
JALカウンターはなんでだよってくらい混雑。おかげで、ロッテリアでプルコギバーガーを食べることができなかった。
国立博物館のミュージアムショップを空港の免税店に置く、というのは、どこの空港から始まったことなんだろう。アムステルダムやロンドン、台北や北京にもあるけど、これ、すごく良い。成田もやればいいのに。今、各国のミュージアムグッズはどんどんレベルが高くなっていて、しかもメモ帳とかポストイットとかマグネットとか、ちまちましたものが手頃に買えるので、あたしは免税店の中でいちばん好き。

この霧じゃ飛行機飛ばねえだろ、と思っていたのだが、電光掲示板は強気の「登場準備中」。管制塔の判断は正しく、便が出るころには視界がかなり改善されていた。時差が日本とないけど、かなり西にあるため、7時半を過ぎてもまだ朝日が出ない。


インチョン空港の職員のお姉さんの制服は、とても上品な色だ。卵色と薄い水色を基調としていて美しい。頭には不思議なかんざしリボン。
搭乗口のそばでダンキンドーナツを購入。機内で食べる。チーズクリームがたっぷり入ったドーナツで 、美味しかった。
我々の座ったレーン担当のスチュワーデスさんがこええ! 日本人女性で、大変な美人で仕事もできるのだが、「愛想は売らないの!」というかのようにツン! としている。しかも我々の前の席に座っていた韓国人観光客の男どもが、これまた「韓国人って、これだからイヤなんだよね」というのを具現化したみたいなおっさんどもで、機内でガンガン電話かけるわ、うるさいわ、酒のみまくって頭いたくなって頭痛薬くれって言い出すわ、やりたい放題で、ますますスチュワーデスさんはこめかみをピクピクさせることになっていた。
フヂマリは機内食も食べずに爆睡。
途中、乱気流のためシートベルトをしてください、とアナウンスがあったときに、隣に座っていた韓国人母子のお母さんが、眠っている(そのときは目をつぶって起きていたのだが)フヂマリのシートベルトも、チョイチ ョイっと引っ張ってみて、締まっているか確かめてくれた。こういう世話焼きの感覚を、あたしは見習いたい! おせっかいおばさんと呼ばれてもいい。 良い意味のみならず悪い意味でも個別化・孤立化している、日和見主義的な傾向の強い日本人に今足りないのは、この、他人にズカズカ入り込んじゃう感覚である!

11:20 定刻どおり着陸。
寿司食べてから大学へ直行!

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26. september 2008

最終章 満腹寝殿

17日(日)

晴れております。
7:30 起床。エロシャワーを浴びてから、とりあえず一度、荷物をまとめてみる。
自分の持ちものはほとんどないのにも関わらず大荷物なのは、すべて買い込んだガラクタのせいである。今回、特に箱に入ったお菓子が多いので納まりきらないかと思いきや、ギュウギュウピッタリだった。一発OK!
9:30 朝食を摂りに行く。

トルコの朝ごはんといえば「トースト」。通常はチーズとハムと卵あたりが入っているのだが、今朝食べたのは「スーパートースト」なので、フライドポテト・ポテトサラダ・チーズ・ソーセージが入っていて、上からマヨネーズとケチャップをかけたものだった。なんかポテト率高いなあ。トーストっつうかパニーニみたいで、うまーい。
生絞りのジュースを頼んだらお金が足りなくなってしまったので「ごめんなさい、やっぱいらない」とお姉さんに伝えながら財布の中身を全部見せると、ナシにするんじゃなくて、ちょっと安い缶ジュースのオレンジジュースに替えてくれた。いいお姉さん。機微ってものがある人はいい人だ。「トーストにはマヨネーズとケチャップ、両方かけるの?」と言われたので「はい」と答えると、「いいねー」と、親指を立てて笑っていた。こういうのもうれしい。

ケバブの肉が運ばれてくるところを、初めて見た!
グルグル回るドネルケバブの肉は、薄切り肉を重ねて重ねて筒状にしてあるのだそうだ。巻きつけてあるわけではないのだそうだ。
で、これは絶対、卸業者があるはずだと思っていたのだが、そうか、やっぱりこうやってくるのか。
ビニール密封されて、中芯ごと納入なんだな。すげー。

新市街はジェノバやヴェネツィア人の居住地だったのでカトリック教会もある。オスマン帝国は、っつうかイスラムはもともと異教徒に寛大だった。キリスト教のほうがよっぽど、十字軍とか、異教徒に冷たいのだ。
日曜なので、せっかくなのでミサに行く。ミサは英語。黒人系の家族とか、普段イスタンブールの街中ではあんまり見かけない人たちが多種類集まっていた。
日曜でも郵便局が開いてる! 素晴らしい! 切手を買う。
散歩して11:20に戻ってくると、空港への送迎がお迎えに来てた。部屋のチェックを受ける。
S297
ヴァレンス水道橋に行きたいと思っていたのに時間がなくて行けなかった。
と、思っていたら、空港へ向かう車は、この下を通り抜けていったのでした。美しい!

アパート会社のおっちゃんがフツーの車でブオーッと飛ばして、11:55 アタチュルク空港到着。大混雑!

空港の名前は当然ながら、建国の父・アタチュルク空港。写真だってでっかく飾ってある。

ここにもトルコセル(トルコのdocomoみたいな大手携帯電話会社)のあいつがいっぱいいた。これ、かわいいんだよなあ。

チェックインして、出国。すんげえ金持ちそうな、ボディガードとかお付きの人が一緒にいるようなアラブおっさんでも、出国手続きは並ばなければならないということがわかった。俺の自家用ジェットで来るなら別の窓口があるのかなあ。
ベビーシッター連れてる人は結構いる。ベビーシッターも一緒に飛行機に乗るんだ。お金かかるねー。お父さん白オバQ、お母さん黒オバQ、でもベビーシッターは、スカーフ巻いてる人も、そうでない人もいる。中国系の人とか、フィリピンっぽい感じとか。そこは異教徒でもいいってことか?
イスラムの女性たちが、異教徒のことを、あるいは、自分よりもカジュアルな服装をしているイスラム女性たちを、どう思っているのか興味がある。やっぱ、頭っから爪先まで黒オバQの人のほうが「あたし、あの人よりも信仰に篤いわ」って思うのかなあ。一度ぜひ、じっくりとお話をしてみたいものだ。なかなか出会う機会がないからなあ。
S301デューティーフリーの内装が素敵。
天井に近い部分が360度、イスタンブールの風景の影絵になっている。空港は全体に開放的で、いい感じ。
デューティーフリーとかセフォラみたいな店で香水つけるのが好き。自分では買ってつける習慣がないのだけれど、かたっぱしからクンクンするのは好き。で、いちばん気に入ったのをつけて店から去るのである。今回のベストは、エルメスのグリーンっぽいパッケージの香水。超いいにおい! トップノートが柑橘系の爽やかさ、ミドルで柑橘系のカドがとれて石鹸っぽいやわらかさに変わる、甘ったるくなくて淡いにおい。ちょっと欲しくなるくらい、いいにおいだった。でもエルメス、高いからなあー。

カフェのコーヒーがアホみたいに高い! 街中だとコーヒー1杯100円なのが500円、あたしが飲んだ「アイスホワイトチョコレートフラペチーノ」なんか1杯1000円だぜ! あたしの前に注文したおばさんも、後にきたおじさんも、「えええっ」と言っていた。アホか! 1杯1000円は、今までに経験した空港史上最高額のソフトドリンクだな。
13:20 離陸。日本人のパーサーが乗っていた。へええ、日本~カタール便でなくても日本人が乗るんだ。
カタール航空の機内食は、やっぱり美味しい。今日はチキンのソテーかビーフシチューみたいなものに、さくらんぼのタルト、ポテトサラダ。パンはホカホカ。

隣と前の席が、アラブ系の、3人奥さん連れてる人の家族だった。子どもは5人。大変だー! 甲斐性がないと務まらんわ。
カタール人というのは基本的にお金持ちであり、サービス業に就いている人は少ない。よって自国の航空会社であっても労働者の多くは外国人であり、機内の言語はアラビア語ではなく英語である。しかしながら前の席の奥さんたちは英語ができない。そのため、父ちゃんは通訳して、1人ずつちゃんと面倒をみるのだ。「この人にはチキンとコーラを、この人にはチキンと水を」とか、いちいちスチュワーデスさんに伝えてあげていた。エロティックな幻想は、そこにはなかった。1人でも大変なのに、3人連れてるなんてさ。
コーランによれば、妻たちのことは平等に扱わなければならない。肉体的にはどうしても、そりゃあ、偏るだろうけど、経済的には絶対平等。だから誰か1人だけを連れて旅行、とかはありえないのだ。小さな娘がシートベルトをするのを嫌がって泣いたらスチュワーデスさんに「どうしてもしなきゃだめか?」とか、奥さんが飲みもの欲しいと言えば「この人に水を」とか、せっせと気配りする父ちゃん。偉いなあ。
妻たちは2人が、黒オバQに黒いベールで、眼だけを出していて、1人は頭っからスッポリタイプだった。あの、頭からすっぽりかぶるブブカじゃなくて、鼻の頭と額から吊るすような顔隠しベールって、オハナシの世界だけじゃなくて本当にあるんだー! と感動した。あれ、エロい。しっかしあれ、どうやってメシを喰うのか、と、ずうっと見ていた。そしたら、ごはんを食べるときははずす妻、ベールのはしからササッとフォークを入れて、中でモグモグする人、様々だった。なるほどねー。奥様同士でも、ベールのかぶりかたに差があるんだなあ。

アラビア語は右から左へ書くので、日本語と同じく左開きの本となる。
美しい字だなあ。漢字が硬の美だとしたら、アラビア文字は柔の美だ。

18:15 ドーハ着。
到着と同時に、機内の空調から一気に白い煙が。またしても加湿器状態。機内はすんげえ乾燥してて、外気の湿度は100%近い、この差でこうなるのだと思われる。
前回申請したビザが1ヶ月有効なのだと思ったら、1回使ったら終わりなんだとさ。買いなおさなくてはならない。安いものではないので、ちょっと迷ったのだが、6時間トランジットエリアにいなければならないんだったら、ディズニーランドの入場券買うつもりになって払ったほうがいい。
今回は黒オバQでも、感じのいい入国管理官だった。ニコニコしてくれた。

行きにはいていたズボンは捨てちゃったので、もうない。仕方ないので半袖ワンピース。でも、行きのときの感じだと、あたしは見ためもアジア人だし、変な目で見られそうもなさそうだった。
相変わらずの、うだるような暑さ。日没後でも気温は45度。華氏じゃないよ、摂氏だよ。
ドーハ、っつうか蒸し風呂。昨日入ったハマムそっくりだ。じっとりと暑い。1分表に出ると、汗かくよりも先に、表皮に水滴がつく。サンダルと足の裏の間が水っぽくなって、ツルツル滑る。
タクシーで22時まで開いてる巨大ショッピングモールへ行ってみる。ドーハにショッピングモールは確かに必要だわな。この暑さは購買意欲なくなるもん。街をそぞろ歩く、というような気候でも、街でもないし。
タクシーの兄ちゃんは、あたしが乗ってからクーラーを入れていた。マジかよ! 慣れというものは素晴らしいものだ。クーラーを入れると、窓の外側に結露ができるのでワイパーは必要である。雨が降らなくても車にワイパー必要。日本の冬の家の逆状態になるのだ。
信号待ちしてるときに隣に停まった車のおっさんが、なんかニヤニヤしながらあたしを見て、ちょっかい出してきた。それを見て、「あいつ狂ってる」と、タクシーの運転手さんが怒ってくれた。まともなタクシー兄さんだ!
ドーハの町は、すんげえ高層ビルばっかだけど、何にもないところもあるし、誰も歩いてないところが多いし、とにかく街灯が少なくて暗いので、土地勘のないあたしは悪いタクシーの運転手に、どっかに連れてかれて身包みはがされたりしそうで怖い。このとき「狂ってる」と運転手が怒ったことで、彼を信用できた。
海岸沿いの公園をジョギングしたり散歩したりしてる奴らがいる。男女問わず。これこそクレイジー!!

あ、カルフール(フランス資本のスーパーマーケット)がある! と思ったら、そこがショッピングモールだった。
S303
マジ巨大。
こういうものに見慣れてる日本人が言うんだからマジでかいんだよ。しかも1階にはアイススケートリンクあり! ああ、チームマイナス6%が遠のいていく……。あれは砂漠に見える蜃気楼だったのかもしれない。
映画館もフードコートも、そして巨大カルフールもある。

カルフールでナルトのシリアル発見!
スーパーの商品を見るかぎり、物価は基本的に安い。しかしながら買うのは駄菓子ばかりなり。


フードコートでイチゴのフレッシュジュースとペプシコーラ飲みながら観察。
館内には、いろんなファッションの人がいた。この街に、こんなに人が、ちゃんといたんだ。オバQたちのいろんな種類の他に、白人、黒人、アジア系、服装もいろいろで、半袖短パンの人もいる。だからあたしが半袖のワンピースにサンダルでも、当然、誰も振り返ったり、嫌な目を向けたりしない。ただし写真を撮っていると、嫌がる女性はいる。一所懸命「あたしはあなたを撮ってるんじゃありませんよー」と身体でアピールする。
この状況こそ、あたしの考える平和というものである。カタールはその意味で平和の象徴だった。共存してた。
ベールつき黒オバQと、カラフルスカーフだけ頭に巻く派のイスラム女性が、一緒におしゃべりしながらマクドナルドのハンバーガーを食べている。白人のTシャツ着た家族と白黒オバQ家族が同じ映画館で、お互いを特に意識せずにおんなじ映画を観る。たとえ心の中では「異教徒」と思っていても特に介さない、その共存こそ、オトナの平和というものだ。

わりと女性だけで来ているお客さんを見かけたけれど、それでもイスラム女性は家族や親族の男性と共に出歩くことのほうが多いようである。
そのため、だいたいどのショッピングセンターも「ファミリーデイ」というのがある。
この日は、ショッピングセンター全体が規制され、男性だけで来店のお客さんは入れなくなる。
イスラムの女性が安心してお買い物できるようにするためだ。根本は男尊女卑の思想なのかもしれないけど、でも、すごくよく配慮されてる。

22:00 たぶんショッピングモール専属のリムジン? で空港へ戻る。出口を出ると外気と館内の空気の温度差から、突風が起こる。
出口には係の人がいて「タクシーですか?」ときいてくる。「はい」と言ったら、その人が運転してくれるのであった。お値段はタクシーと変わらず。スーパーの袋シャラシャラ言わせながらベンツのAクラスのリムジン乗っちゃったよ。
ショッピングモールの駐車場もそうだったけど、街を走る車が、とにかくゴージャス。ベンツのAクラス、トヨタの上級車がバンバン走ってる。タクシーだって結構いいトヨタとかとかだぜ。
表に出ると1秒でめがねが曇るぜ。

空港でサンドイッチ食べる。レジの兄ちゃんに「どっから来た?」ときかれたので「日本」とこたえると、「俺はスリランカ、こいつがインドで、こいつがパキスタンだ」と突如自己紹介された。はあやっぱり外国人労働者多し。
0:40を1時間半過ぎて離陸。どうやら乗り継ぎ便を待っていたみたいだ。
乗客は半分日本人、残り半分がいろいろ、もう半分が韓国人で満席。この便は大阪経由ソウル行き。
パーソナルテレビが起動せず。だが問題はない。爆睡だからな。
夕飯は牛丼という名のあんかけごはん、チキンのトマトソテー。もう1つビーフもあった。日本食には羊羹、洋食にはマンゴーのムースケーキがつく。

昼間、飛行機に乗って、夕方着くなんて初めてなので不思議な感じ。窓を開けても夜明けじゃなくて真っ昼間! でも時差ぼけにはならない。
時差ぼけってどうしてなるんだろう? 治療法はただひとつ。とりあえず現地時間を信じるんだ! 今が16時だと言われたらハイわかりました、と言うんだ。単細胞never die!

17:30 関西国際空港着。
入国カウンターのところで案内をしてるおっさんが超!! 感じ悪くて唖然とする。名前見てくればよかった。
そいつは日本人以外用の窓口への案内をしていたんだけど、英語で喋るわけでもなく、でっけー日本語で「外国人! こっち!」って、指さしてんの!! 何その言いかた!? 日本人はみんな、ちょっとびっくりして振り返っていた。国辱とはこのことだ。なんなんだ、あいつ。何様のつもりだ?
入国して荷物をいったん受け取ってから国内線にチェックイン。ドーハからの同じ便に乗っていたリビア? から帰りのツアー客が、国内線のキャンセル待ちをしていた。なんで? 日程変更だったのか?
これがまた、ギスギスした雰囲気のツアーだった。1人で参加している客が3人いたんだけど、こいつら同じツアーの人が書類を探してマゴマゴしてても無視なんだよ。そりゃあ、ちょっとツアー中ずうっとウザそうな、ダメそうなおっさんだけどさ、ガン無視ってどうよ。ヤダヤダ。しかもその1人参加客、誰もが、ちょっと変な、クセのありそうな奴らだった。クラブツーリズムの皆さんであります。中年女性の1人客は、キャンセル待ちだってわかってるのに、あーだこーだ文句つけてたりとか。あたし、ああいう独身おばさんにだけはならないようにしよう、と心に誓う。ツアーは同行のメンバーに完全に左右されるなあ、ということを確認する。

関空のフードコートが羽田第二よりずっといい。とりあえず1人800円で食べられる。お好み焼きとか自由軒のドライカレーとかぼてじゅうとか蓬莱の中華とかいろいろある。そうだよ。こうでなくちゃ。
本当は関西けつねうろんが食べたかったのだが、なかったので、ぼてじゅうでモダン焼きを食べる。ぶっとい焼きソバが美味しい!

19:40 を30分遅れて離陸。遅れたのは羽田上空の混雑によるらしい。管制に「まだ飛んじゃだめ」って言われたんだとさ。
21:00 羽田着。それにしてもANA、行きも帰りも着陸がメッチャクチャヘタだった。ドーンドドーン、みたいな。左右にブレすぎだろ。おなかキューッてなる。比べてカタール航空は、大変上手だった。着陸衝撃がほとんどなかった。寝てる人も起きない着陸。

荷物なかなか出てこず。国内線なのに、なぜこんなに遅いのか。
ピカチュウモノレールで23:30帰宅。

自爆テロとかに巻き込まれなくてよかった。

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22. september 2008

第十章 清真襲来

14日(木)

晴れである。
トルコ語は、文法が似ているからか、韓国語に響きが似ていると思う。語尾変化が、膠着語のために一定だからかもしれない。
そしてオリンピックの実況はアナウンサー一人でしゃべり続ける。解説とかいなくて一人ぼっちなので、なんだか独り言みたいだ。北島さんが金メダルを取ったのか。そしてナダルは勝ち進み、フェデラーさんは負けたのか。
トルコに来てからもオリンピックしかテレビ見てない。TRT(国営放送)3チャン、愛してる。朝から晩までオリンピックやってる。TRT3とユーロスポーツを交互にカチャカチャやっている。

ホテルの朝食ルームは8:30にならないとにぎやかにならないのに、ボーイさんたちはたくさんいて、しかもマネージャーがたまに見回りにくる。こういうときの管理職って、どうして大迷惑な感じなんだろう。洋の東西を問わない。ちょちょっと余計なことして、「あー来ちゃったよあいつ、うっとうしいなー」って感じにボーイたちがなって、仕方なく、なんとなく仕事してる雰囲気つくったりするんだよね。おんなじおんなじ。
9:30 ホテルをチェックアウト。
さっきのマネージャーに「いかがでしたか?」って声かけられたのに、よくきこえなくて無視しちゃった。すまんすまん。
マネージャーがかわいそうになって「素晴らしく良いホテルでした」と言ってあげた。事実だしね。朝食の種類、立地、部屋、文句ない。

今日は14:00に、今度は旧市街を抜け、金角湾を渡って、新市街と呼ばれる地区のアパートに移住する。

ホテルに荷物を預け、地下宮殿へ。
S234
階段を下りていくと、いきなりドーンとあらわれる。
地下宮殿は貯水池としてつくられた場所。各地の遺跡から柱を持ってきて再利用していて、100本以上の、いろんな建築様式の柱が連立している地下室である。奥にはメデューサの顔が台座についている柱もあって、名物となっている。
S235 S236
ここ、マジRPGダンジョン!! FFだ!
ゲームをつくってる人たちってのはすごいなあと思う。オタクっつうより博識だ。こういう、どっかの国の、ミステリアスだったりエキゾチックだったりするものをたっくさん知ってるんだろうな、ってずっと思ってた。神話に登場する名詞とか超詳しいよね。
S237
S239
こういう行き止まりに宝箱があるはずなのだが、ゴミ箱しかなかった。
このダンジョンのラスボスはメデゥーサ2体ってことだ。でも親切に、マップ拾わなくても「メデューサ→」という標識が出ています。初心者に優しい!

スルタンアフメット地区をぐるりと散歩。アヤソフィアの裏にあるフォーシーズンズホテルを見に行く。あたしの泊まりたかったホテル。でも1泊6万円は出せないだろー。あたしにとって、この旅全泊分の宿泊予算だぜ。
ここはもともと監獄として使われていた建物を改装したホテルで、チュラーンパレスをのぞいて、イスタンブールナンバーワンだろう。でもベルボーイがカジュアルな人だった。お高くとまってなくて、あたしが中をのぞいてたら「ここが何か知ってる?」と声をかけてきた。「素晴らしいホテルでしょ。昔は監獄だったんでしょ」と言うと「今でも監獄みたいなもんだよ」と言っていた。面白いこと言う奴。
お店にしてもそうだし、街を歩いてる奴らにしてもそうだけど、とにかく人と話すのが好きだ。物怖じというものをまったくしない人が多い。もちろん商売のため、というのはあるだろうけど、でも、それを抜いても、こちらが「買いませんよ」という意思表示を比較的はっきりとしても、「別にいいよ暇だから話そうよ」という感じになるのが、いい。
もちろん、悪い奴がいるのはわかってる。100%善意で話しかけてくるわけじゃないかもしれないってものわかってる。それを抜きにしても、その警戒を100%解くことはなくても、それでも、なんとなーく話しかけてきて、なんとなーくくっついてくる、みたいなおっちゃんたちが非常に多い。そしてそのことで、怖い気分になることが、今のところは、まったくない。フォーシーズンズのベルボーイにしてもそうだし、次に話しかけてきた絨毯屋のおっちゃんにしてもそう。絨毯屋のおっちゃんは名古屋に住んでたんだってさ。

ブルーモスクの前でも、グアムに住んでいたというおっちゃんに話しかけられた。真っ黒に日焼けしているあたしを見ておっちゃんは「ハワイとかグアムとかから来た人みたいだ。日本人なの? 本当に?」と言った。このおっちゃんもみやげ物店を経営してるから、よろしく、と言っていた。
話しかけられたり、おみやげ屋に誘われたりするのはめんどくさいけど、でも、情報を得ることができることもある。
朝から街に、すんげえたくさん警官がいて、鉄柵をたっくさん並べていたのが気になっていたのだが、グアムのおっさんによると「明日、イランの偉い指導者がイスタンブールのブルーモスクにお参りに来るから」とのことだった。
「彼を殺したい人がたくさんいるので、警備しなければならない」とおっちゃんは言っていた。なるへそー。「だから明日はブルーモスクもボスポラス海峡クルーズもできないし、このへんのお店も閉まっちゃうよ」とも言っていたけど、本当かなあ。大変だ。

それにしても、昨日のグランドバザールでも不思議だったけど、絨毯屋って、そんなに儲かるんだろうか。っつうか日本人観光客って、そんなに簡単に絨毯買うほどお金持ちなんだろうか。貧乏なあたしには想像もつかん。
絨毯は、そんなに安くない。安売り家具屋IKEAで売ってるやっすい絨毯だって、1枚2万円はする。
旅の途中でちょいと見かけて「あ、いいかも」と思って、呼び込みのお兄さんもお上手だし、買おうかな、って買うようなものでは、あたしにとってはないのだが。「今度イスタンブールに行くから、よおし、絨毯をこの機会に買おう」と決めて、寸法とかはかってきてるなら別だけどさ。フラリと買うもんじゃなくね? でもまあ、こんだけ大量に絨毯屋があるんだから、儲かるんだろうなあ。
S244
スルタンアフメットのお墓に行ってみる。
白いターバンがかかっているのが男の子の墓。大きいのがスルタンので、小さいのは、暗殺された皇子のもの。
オスマン帝国は王位継承者による兄弟の暗殺が認められていたので、小さい棺が、どのジャーミィにも山ほどある。

キティですらない、NEKOと書かれたバッグ!
黒オバQたちにも人気があるのだなあ。

港から船で、アジア側のカドキョイ地区へ渡ってみる。15分くらい。
ドイツ皇帝ウィルヘルムからオスマン皇帝に贈られたハイダルパシャ駅に行ってみたかったのだ。名探偵ポワロが『オリエント急行殺人事件』で、バグダードでの仕事を終えて列車でたどり着いた、冒頭のシーンの駅はここだ。ポワロはここから船に乗って、ボスポラス海峡を越えて、ヨーロッパ側の対岸にあるスルケジ駅からオリエントエクスプレスに乗ってパリを目指すのだ。スルケジ駅のほうが有名だけど、あたしとしては、美しいドイツ建築の、ハイダルパシャ駅のほうが憧れだった。

冬に西安へ行って始まったシルクロードは、ローマではなくここ、イスタンブールへ続く道であった。シルクロードの始点と終点に、1年の間に訪れることができたなんて。素敵。
オスマン帝国内での鉄道の権利はドイツに与えられていた。バグダードまでの鉄道もドイツが敷いた。ハイダルパシャはそのお礼だったんじゃないかな。違うかな。バグダードも行ってみたいなあ。世界の中心の1つだもん。でもいまやイラク。行くことできねー。
駅構内の表示には「ヨルダン行き5番線」と書かれていて、ああ、本当にアジアサイドなのだ、と実感した。かっけー!!

駅の中はステンドグラスと、高い天井、そして天井に施された装飾で、駅とは思えない美しさだった。木と古いガラスでできた待合室やキオスクなど、想像してたよりずっと素敵だった。
東京も、関東大震災と東京大空襲がなかったら、新橋駅とか、江戸城とか! ちょっと素敵な古い建物がたくさん残っていたのかなあ。

トルコのトイレのスタンダードはこんな感じ。
右にある黄色いコップでおしりを洗い、流す。
入るときにお金を払うと、ちり紙をくれる。
観光地だと洋式トイレが一般的。

ヨーロッパ側へ戻る船着場で待っていると、トルコ人の女の子とお父さんがあたしのうしろに並んだ。女の子があんまりじいっと見てくるので、その場しのぎに「メルハバ」と言うと、ニコニコしながら「この人メルハバって言った!」とお父さんに報告していた。お父さんが「日本ですか?」ときくので「はい、日本人です」と答えると、お父さんは「この人は日本から来た旅行者なんだよ。ずいぶん遠くからだねえ」と娘に話し、娘はますます目をキラキラさせながら見つめるので、ちょっと照れてモジモジしていた。いや、自分、そんなにすごくないッス。恥ずかしいッス。虎屋の羊羹のひとつでもあげればよかった。でも持ってなかったんだなー。

ヨーロッパ側の旧市街に戻ってきて、ガラタ橋のたもとで名物のサバサンドと、すんげえ食べたかった漬物を食べる。
サバサンドは小さな船の上で売っている。もともとフライがメジャーだったけど、火災事故があってから、グリルに変わった、ってきいたけど違ったかなあ。
さばの塩焼きとレタス、玉ねぎ、トマトを柔らかめのフランスパンにはさみ、塩とレモン汁をふりかけて食べるのだが、これが美味い! まったく臭くないサバで、ペロリと食べ終わってしまう。焼きサバはパンにも合う!
このサバサンド屋のそばには必ずといっていいほど漬物屋の屋台が出ている。
漬物はトルコでメジャーだ。いわゆるピクルスなのだが、キャベツ、きゅうり、青唐辛子、赤カブ、人参、セロリなどがあり、これを透明のプラスチックのコップにきれいに盛りつけて、たっぷりの漬け汁をかける。
トルコ人にとって大切な「漬物」は、この、漬け汁の部分なんだそうだ。赤カブの汁と、透明のやつの汁とをうまーく混ぜて、それはそれはきれいなグラデーションになったコップは、まるでパフェのようだ。
なんたってこの漬け汁、野菜ナシで、汁だけでも売ってるのだ。こっちを頼む人も多い。ピンク色のジュースかと思いきや、ピクルスの汁。書物で読んで、これを食べたくて、ずっと探していたのだけど、ここで出会うとは運命だ。
こいつがすっぱくてしょっぱくて辛くて美味い!! 大酒飲んだ後のシメ、っていうのがよくわかる。さっぱりして美味しい。サバの脂っぽさをきれいにしてくれる感じ。塩分摂取量はたぶんすっげえ高いけど。グイグイいけます。
だんだんイスタンブールでも美味い食べものに出会えるようになってきた。よかった。一時はどうなることかと思った。
屋台の前のきたねえテーブルで食べていると、うまい具合にガキがウェットティッシュ売りに来るんだな。商売うまいなー。しかも値段はスーパーで売ってるのと、そう変わらない。ぼったくってるわけではないのだ。こういうガキを、お店の人もまわりの人も邪険に扱わないのがイスタンブール。どこでも、何を売っていても、まわりの大人は頭をなでたり、話しかけたりしていて、追い出したり怒ったりはしない。アテネでの店員とジプシーのガキの大喧嘩、みたいなのはありえない。
イスラム圏の人って、かなりガキを甘やかす気がする。電車の中とかレストランとか、全然叱らない。ジャーミィで走り回ってても怒らない。躾というものを重視するキリスト教文化のヨーロッパの母ちゃんたちは、かなり怖く怒るけど、イスラム母ちゃんたちはあんまり怒んないんだな。子どもが宝物だからかなあ。

そんなことしてたら、アパートの人との待ち合わせの時間になってしまった。ホテルの荷物は夜、取りに帰るとして、急いでガラタ橋を渡り、トゥネルと呼ばれるミニ地下鉄で新市街のアパートへ。
新市街といっても16世紀くらいにできたもので、本当に新しい高層ビルなんかは、もっと北のほうの地区にある。ジャーミィのミナレットが見当たらないので、雰囲気はますますヨーロッパだ。
大変な人ごみ。旧市街に比べて観光客度が低い。ナイキとか、それから古いお菓子屋さんとか、たくさんお店があって大賑わい。
昨日トプカピ宮殿で出会ったカップルも言ってたけど、確かに2、3日の滞在だと、旧市街の、スルタンアフメットと呼ばれる中心地だけで精一杯だよな。イスタンブールは見どころが多すぎる!

アパートの地下が管理会社のオフィスで、ここに鍵をもらいに行く。隣は警察署。安全だ!

すんげえ天井が高い部屋だった。窓が小さくてちょっと開放感に欠けるのが欠点だけど、何の文句もありません。素晴らしく広い。

エロいブルーの明かりがついてラジオが聴けて三方向からお湯の出るシャワーだってあるのだ。
イスタンブールは、昨日までのホテルもここも、トイレに紙を流していい。ゴミ箱に捨てるクセがついていたので、なんだか変な感じ。

近くのスーパーでお買いものしに行く。
新市街もやっぱり坂の街。すっげえ急な坂道だらけ。だから海から見たときに、きれいな丘状になってるんだわ。横浜、神戸、ベルゲン、ジェノバと同じ。坂と海のある町はなんて美しいんだろう。だけど重いものを持ってるときは大変。水は近くのカフェで買うことにする。

柔道の放送を見かける。柔道の専門用語はすべて日本語なので、どこの国のテレビで見ていても、みんながヘンテコな日本語で「ワザーリ(技あり)」とか「ユーコ(有効)」とか言ってて面白い。

名門・ガラタサライ高校校門。かっけー。
この高校は15世紀くらいからある。授業はすべてフランス語。かっけー。
日本に、こんなにかっけー校門を持つ高校ってあるだろうか。大学ならまだしも。
由緒正しい男子校である。
S263
トルコ菓子の安いのをスーパーで買う。
綿飴みたいなやつが超美味い!! ふわっふわで、少しだけピスタチオの香ばしさがあって、やばい、これ、買って帰る。おみやげ屋で売ってるような高いやつ買わなくても、これ、すっげえ美味い。
ソウルで昔、似たようなのを買ったことがあるけど、それの100倍くらい美味しい。ソウルのは、あんまりフワフワじゃなかったんだもん。

粉ジュース・濃縮ジュース文化が日本にはない。駄菓子でしかない。ヨーロッパやアジアには、水で薄めて飲むジュースが、粉末やシロップ状などでよく売ってるのに。粉ジュース美味いのになあ。今日買ってきたのは、さくらんぼ味と桃味。うめー。
19:00 再度散歩。
旧市街のホテルに預けてある荷物を持ってこなくてはならない。
途中、夕飯。キョフテ、チキンのシシケバブ、ピーマンのごはん詰め、ピクルス、さくらんぼソーダを頼む。
今風のオシャレファストフード屋風だったけど、どれも美味なり。おんなじように薄味で、塩はかけないとなんないんだけど、それ以外は美味しい。
うーんわかんねえなあイスタンブールのレストラン事情。っつうか最初の2回が悪すぎたのかなあ。まずかったもんなあ。

ブルーモスクの「光と音楽で綴るトルコの歴史ショー」はたいしたことなかった。毎日順番に、トルコ語、英語、スペイン語、フランス語で上映されててタダで見られるけど。
夜開いている市場にも行ってみる。

絨毯より、こっちの、刺繍が一面にしてある薄手のやつのほうが欲しい。
これは、1m×1mくらいのが5000円くらいから買える。

ゲイではない。一般的トルコ人である。
トルコの男の人たちは女の人たちよりもベタベタしてる。男同士でも道で知人に会うと頬にチュッてするし、腕は組むし。
ゲイもいるにはいるらしい。
ハマム(風呂屋)とかだと、ゲイのハッテンバがあったりするみたいだ。日本のサウナ事情とおんなじだな。

ホテルで荷物をもらう。さま~ずの大竹に似た兄さんが、こっちからお願いしたわけでないのにちゃんと「タクシーは必要ですか?」と言ってくれた。親切ー。この兄ちゃん、最初っから、愛想はないけど仕事できる。ちゃんと気を配れる奴だった。いい奴。タクシーが来たらいちはやく気づいて、荷物持ってってくれるし、行き先をちゃんとタクシーの運転手に伝えてくれるし。いい人ー。
タクシーのおっちゃんもいい人だった。警察官のことをMと話してたら気