映画帳「王の男」
「いまを生きる」 さいころ4つ
全寮制の有名ガリ勉進学校に赴任してきたロビンウィリアムス演じる国語の先生が、柔軟な授業を繰り広げ、生徒達に影響を与えていく青春話。
ロビンウィリアムスって、本当に、こういう「少し世間一般の人とは違う感性を持ってハズれている人」やらせたら映える。好きな役者のひとり。
出てくる生徒役の子たちが、みんなそれっぽくて、ガチガチだった授業とうってかわっていくのに刺激されて目がキラキラしていく演技とか、受験勉強だけではないのだ、ということに気づかされていく展開方法が自然で、最終的にオトナと世の不条理には勝てなかった時の、落胆と、そして対抗心の出しかたまで、感情の流しかた、キャラクターのつくりかた、すべて素晴らしかった。
全寮制プライベートスクールって、やっぱエロい! 日本人だけでなく世界中が大好きな設定だ。飛ぶ教室とか、ハリーポッターとか。特にあたしが好きなのは、私立のお金持ち校にいる、あんまりお金持ちじゃない子と、そんな彼と、偏見や同情なんてものナシに、ごくごく普通に友だちづきあいしていく、育ちの良い子の関係。
じゃあ、ここまでお気に召したのに、なんでさいころ4つかというと、自殺という素材の使いかたがあんまり巧くなかったから。青春&自殺、なんてありがちなものを最高に生かした「17歳のカルテ」から比べると、格段に劣っていたのが残念。
オチのつけかたは悪くなかったけど。
評価とは別に、もう1つ感じたのは、欧米文化における「詩」というものの位置づけ。日本の「国語」の授業で、あるいは表現文化の中で、詩ってあんまり深く根付いていない。あたしに詩を楽しむ習慣がないからかもしれないけど、でも、中学高校の現代国語の教科書にだって、大して出てこない。自分の好きな詩をいくつか暗誦できる日本人なんて、ほんの少ししかいないんじゃないかしら。それに比べて、アメリカ・ヨーロッパ文学には、1000年以上前から、詩というものが明確に存在している。自国の詩人だけでなく、言語すら超えて、ある。ロビンウィリアムス演じる国語の先生も、詩に重きをおいていた。人との会話の中で、短く引用するようなシーンが、欧米映画にはよく出てくる。ノルウェーで、ノルウェーの文学研究の授業を受けていた時も、この壁に、戸惑ったのを覚えている。それは、フヂマリが、まどみちおと谷川俊太郎を愛する、なんてレベルの「詩」ではなくて、もっと「文学」に近くて、一行が長かったりして、時代によって音読の方法が違うとか、韻の強弱が違うとか、今までに経験したことのないジャンルで、どこを楽しめばいいのかも今いちよくわからず、同じクラスのヨーロッパ人たちが特に苦しむことなく理解しているのをうらやましく思った。詩を楽しむ、好きな詩がある、暗誦できる、って、美しい文化で、憧れる。
「グロリア」 さいころ3つ
ヒスパニック系マフィアの会計係の妻の女友達が、その妻から子どもを預けられて、妻と夫とその子のお姉ちゃんは裏切り者として惨殺されて、男の子だけ、その女友達と逃げる話。逆レオン、みたいな、なんかそういう話。
あたしの愛するニューヨークは、浄化される前の、1990年くらいまでの、初期山田詠美とBANANA FISHの世界で、今、タイムスリップできるなら行ってみたい場所のベスト5にはランクインする。ちなみに第一位は安土桃山時代くらいの堺。二位は唐代の長安。
きったねえ地下鉄、ボロいタクシー、銃とかヒスパニックとかブロンクスとか、そういう、いわゆる「ニューヨーク的なるもの」たちがたくさん出てくる映画で、もうそれだけでさいころ3つ分だ。
女も、美人じゃなくて、でも寝たいって思わせる年増で、脚のラインが美しくて、プラダでもグッチでもないアバズレなファッションもかっちょよい。美人じゃなくてもエロくて強い女、大好き!! ブバババババって何のためらいもなく発砲して、「こっちにおいで、来れるもんなら来てみな」って捨て台詞吐くのなんか、超かっこいい。
すべてのシーンが断片的で、細切れで、ひとつの作品として成立してないので、途中で飽きる。ストーリーが、まったくもって流れない映画なのは、80年代っぽい。面白くないけど、嫌いじゃない。
「プラダを着た悪魔」 さいころ4つ
田舎から出てきたジャーナリスト希望のダサい女の子が、何の間違いか、世界でいちばんファッショナブルな一流ファッション雑誌のデスクに配属されちゃって、周りの人たちからバカにされながらもどんどん洗練されてって、頭はもともと悪くないからどんどんのし上がっていくけど、やっぱり自分を偽っていることに気づく話。
「やっぱり自分を偽っていることに気づく」ってオチがつかなかったら、さいころは5つになっていたかもしれない。強くて冷たい女、大好きだから。
出てくるファッションはまったくもって完璧で、美しくて、「その服買う金、どっから出るんだよ、もらえるのか、そうか、いいなあ」みたいな疑問はちっぽけすぎて忘れるくらいなのだが、フヂマリの趣味からは完全に逸脱しているので、あたしの場合は、欲しくなるアイテムは1つとして出てこない。よって、安心して「キレー」「かわいー」と見ていられる。
プラダも、エルメスも、D&Gも、あたしは全っ然欲しくならないブランドである。これが、イッセイミヤケ、ヨージヤマモト、コムデギャルソン、ケイタマルヤマ、ベルンハルト、ホコモモラなんかだったら、んもう大変なことだったろう。チュウの靴じゃなくてカンペールだったら、出てくるもん全部欲しくなっちゃって、金銭感覚狂ったまま、帰りにビームスで何か買ってたかもしれない。危なかった。よかったよかった。目の周りが黒いメークも、美しいとは思うけど趣味かっつうとそうではないので、「あたしもああいう格好したいの!!」という欲求に襲われることもなかった。
ストーリーも、絶対悪い人出てこないし、誰も惨殺されないし、自殺しないし、安全安全。予想通りで嬉しい。
主人公に絡んでくる男2人が両方とも気持ち悪いのがちょっと気になる。コック志望の彼も、ジャーナリストの当て馬くんも、瞳はとってもきれいで良いのだが、それ以外が……。劇場を出て、いっしょに観に行った3人と最初に声を合わせて言ったのは、「自分の誕生日に彼女が仕事で遅く帰ってきたからってスネてる男なんて、絶対にイヤ!!」ということだった。それにすべてが象徴されるであろう。
当て馬くんもなあ、もう少し裸がシェイプアップされていたら惚れたのに、あのブヨブヨおなかはいただけない。
さいころの内訳は、ファッションアイテムに2、メリルストリープに1、主人公の得意先からの電話対応「ガッバーナ(ドルチェアンドガッバーナ)って、どのようにスペルを綴るんですか?」という台詞に1。あたしがいちばん笑ったシーンは、ここだ。名台詞だ。
登場人物の中でいちばん輝いていたのは当然のことながらメリルストリープだった。完璧な着こなし、細いわけではないけど美しい身体のライン、強くて賢くて冷たい女。と、オフの時の、ノーメイクの表情とのギャップの出しかたが完璧。この人、こういう仕事受けるから、すごいと思う。くたびれた中年女の表情出しちゃうのとか、大好き。
アンハサウェイは共演女優に恵まれているなあ。ジュリーアンドリュースとメリルストリープに育ててもらってると思う。でも目がでかすぎて、ちょっと気持ち悪い。取れちゃいそう。
「王の男」 さいころ4つ
大本命はありえねえことに、初日に観に行くこととなったのである。
ありえねえ!!
初日に韓国映画観に行くなんて!
劇場で先着何名様のプロマイドまでいただいちゃったよ。韓国映画は、今まで大した本数観てないけど、でも、1本として面白かったことがないジャンルなのである。そんなあたしの脚を動かした、財布の紐を緩ませた、オタンビパワーというものは、これほどまでに強いのか。
そう。それほどまでに強いのである。だから感想もグチャグチャある。
まず、観る前の感想。
1.王様・身体を売る芸人・その芸人の幼馴染み、というホモ三角関係をひたすらに熱望していた。できることなら「LOVERS」の金城武VSアンディラウみたいに、恋敵同士が決闘して、両方死んで、両方から愛されていた子だけが生き残って、胸に残る愛情とか後悔とか自己の生への恨みとかでグッチャグチャに苦しむ、みたいなくらーい話がよかった。イタい設定にまみれる美人受バンザイ!
2.「身体売る芸人」の男の子演じる役者の顔も、映画観る前から好みだった。こういう、中村七之助とかミッチーとか女なら山本未来とか外人ならジョシュハートネットみたいな、切れ長の涼しい目元があたしは好き。この映画の彼の場合は、あの目の下の、ぷっくりした部分がなければ、あたし好みの「受っ子」として完璧だった。この目で流し目するとセクシーさ100倍。
で、観た感想。
幼馴染みの芸人2人が王様のことバカにする大道芸やって、官吏に捕まって、王様を笑わせられれば死罪じゃないってことになって、王様笑って、気に入られて、お抱えの芸人になって、王様は女形だった男の子のほうに惚れて、男の子も王様の寂しさに同情して、王様の妾はそれに嫉妬して、幼馴染みの芸人もそれに嫉妬して、幼馴染みが王様の怒りを買って、目つぶしされて、平民たちは芸人なんかと遊んでる暴君への怒りをつのらせる話。ハッピーエンドとは言い難いが、ラストシーンはみんな笑顔。そして死の予感。
1.開始5分で、地方貴族にヤられそうになる受っ子(コンギルって名前)の腹の肉が脱がされそうになってる下帯の上にちょこんと乗っかっている画面に吠えかかるフヂマリ。これは許されないことである。コンギルの体重はあと10kg、少なくとも5kgは少なくなければならなかった。コンギルの細さは絶対必要条件である。中世アジアの、何枚も重ねて着る衣の、その厚い上衣の上からでも腰の細さが想像されるくらいでないと、エロくないじゃん!耽美じゃないじゃん!! そう、あたしがこの映画に求めることはただ2つ、エロ&耽美、であった。あばらが浮いてるけど、でも不健康ではなく、肌は張ってる、腰はあくまでも細く、おしりはプリっと、が理想だったのになー。残念。
2.幼馴染みの男が、もう少し筋骨隆々だとよかったのに。韓国人男の何が嫌いって、この、ぶにゅんってした身体つき。なんでだろう。同じ北アジア人なのに、面白い。日本の男は細く、中国はわりとがっしりしてて、韓国はブヨブヨしてる。スポーツでいったら野球選手の、確かに筋肉なのかもしれないけど、サッカー選手みたいに引き締まってない感じ。水っぽいの。これがイヤ。硬く引き締まった身体が観たかったなあ。
3.エロくない!!! 中国映画なみにはエロくしてほしかった。韓国映画って、やっぱりまだまだ性描写に拙いので、社会的に許されてないからかもしれないけど、おしりの触りかたも、キスの仕方も、中学生の恋みたいで気持ち悪い。こっちが恥ずかしくなる。どうせホモやるなら、とことんこだわってくれ。とりあえず、少なくとも、王様とのキスシーンは、舌を入れろ!顎をひっつかまえてでも口を開けさせろ!! 日本のテレビドラマもそうだけど、もう、その、唇完全に閉じた状態でのキス、やめようよ。だったらすんなよ。キスは唇をくっつけるんじゃなくて、食べるんだよ!
全部脱げとかちんちん出せとか実際にベッドシーン見せろ、とかそういうことではない。ポルノは見せてなんぼ、オタンビは見せないでなんぼである。その、見せないエロさを追究してほしかった。王様の肩の衣つかむ指先の皺で快楽を表わすとか、王様の居室からコンギルが戻ってくる場面で着衣の乱れがあるとか、そういうオタンビが観たいの。腐女子にオタンビ映画撮らせる金をくれ!
男同士のエロシーン撮らせるなら、男の監督より女かもなあ、と思う。ストーリーはわかんないけど、その瞬間の映像美のみを探求できるのは女なんじゃないかしら。
出てくる役者は、全員巧かった。良い役者ばっか。特に北村一輝みたいな王様・仲間由紀恵みたいな妾・芸人の子分の鶏役。レベル高い。衣装も装飾もセットもちゃんとお金がかかっていて安っぽくない。
さいころ評価は4ですが、フヂマリ脳内で勝手に繰り広げられた妄想も含めてなら、文句なしの6だ! 映画を追いながら、あたしは頭の中でまったく違うストーリーを、同じ登場人物つかって繰り広げていた。まあとにかく、すんげえ楽しんだことは確かだ。
これ、エロをにおわせるシーンだけでも、あたしか、ウォンカーウェイに撮らせて!! 俳優が逃げるかもしれないが。
今後観たい映画……墨攻!!!
さ、酒見賢一が実写になるとは。落涙。垂涎。
ついでに流行の三部作化して、第二弾「後宮小説」、第三弾は真打ち登場の「陋巷に在り」で決まりだ!ってのはどうでしょうか。少なくとも「エラゴン」よりはマシだと思う。

観たくなっちゃうじゃないですか。ダヴィンチコード。

